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海と風の王国  作者: 梨香
第五章 王太子への道 ゴルチェ大陸編
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29  新たな火種

「チェンナイを出航して17日が経つのに、カドフェル号がサリザンに到着しないだなんて……」


 レッサ艦長を神とも仰ぐワンダーとバージョンは朝からずっと港に詰めて、入港する船にカドフェル号の消息を聞いている。ショウもレーベン大使も心配して、午前中の交渉を終えると、港でワンダーとバージョンに合流する。


「どうだい? カドフェル号の消息は?」


 ワンダーは首を横に振ったが、バージョンが半泣きになるのを厳しく注意する。


「バージョン士官候補生! レッサ艦長を信じるのだ」


 バージョンはハッと弱気になっている自分に気づいて、申し訳ありませんでしたと敬礼する。ショウもレッサ艦長の優秀さは信じていたが、何か問題が起こったのではと案じる。


「あれ? 何だか船が少なくない? 出航しても、すぐ入港していたのに……」


 ショウの言葉に、カドフェル号の消息ばかり気に掛けていたワンダーは、碇泊しているのが自国の商船ばかりで、しかも護衛船が付いている商船隊だけだと気づく。


「イルバニア王国の商船がいない! サリザンに到着した次の日には、イルバニア王国の商船も数隻いたのに……小麦やワインを運んでいる船が入港していない! レーベン大使、イルバニア王国の大使館に動きはありませんでしたか? アルジエ海で何か問題が起こっているのです」


「いや、イルバニア王国の大使館にも今の所は動きは無いと思うが……自国の商船が入港しないのに、ベントレー大使もすぐに気づくだろう」


 毎日、カドフェル号の到着を待って港を見張っている自分達が先に気づいたが、イルバニア王国も不審に思うだろうとショウ達は顔を見合わせる。イルバニア王国大使館付きの竜騎士を調査に派遣するだろうが、海の上の調査は難しいと眉を顰める。


 ショウと東航路の航海に出る前に、アルジエ海のパトロールをしていたワンダーは、マルタ公国が怪しいと考えたが根拠が無いので口には出さない。


「商船隊に入ってない我が国の商船は無事なのだろうか? 同じ時期にメーリングやラグーナを出航した商船で、入港していない船が無いか確かめよう!」


 ショウの命令で、碇泊していている東南諸島の商船に、同じ時期に出航した商船で着いていないのは無いかと尋ねて回ったが、サリザンへの航路をとった自国の商船は無事だと確認が取れた。


「メーリングや、ラグーナから、サリザンは定期便になっているので、我が国は商船隊で航海しているみたいですね。どうやら、個別に航海しているイルバニア王国の商船の数隻が行方不明になっているみたいです。ベントレー大使は、今頃真っ青になっていますよ。いや、怒りで真っ赤でしょうな。不確かな事は言えませんが、マルタ公国のジャリース公がぷんぷん臭いますなぁ。恐ろしい海軍や護衛船の付いていないイルバニア王国の商船のみを狙うなんて、小心者らしいですよ」

 

 不確かな事は言えないと言いつつ、マルタ公国のジャリース公の名前を出したレーベン大使を誰も咎めなかった。全員が同じ事を考えていたからだ。


 ショウは海賊のアジトになっているマルタ公国には前から腹立ちを感じていたが、人質の交換場所になっているので下手な攻撃も出来ないのだった。それにマルタ公国はアルジエ海の要とも言うべき絶好の位置にある公国で、嵐に遭った時の退避場所、水や食糧の補給基地として、怪しいけれど東南諸島としては攻撃を控える理由の一つになっていた。


「でも、それとカドフェル号の遅れは関係あるのかな? スーラ王国までの寄港先で、何か別の指令を受けたのかな?」


 ショウはカドフェル号が海賊討伐の指令を受けたのではと言ったが、レーベン大使はそれなら此方にも何か報告が入るでしょうと否定する。


「カドフェル号はショウ王子をユングフラウに、そしてローラン王国にお連れする指令を受けています。他の指令など受けませんよ。海賊討伐なら、アルジエ海をパトロールしている軍艦に命令が下るでしょう」


 ワンダーもレーベン大使の考え方に賛成する。


「じゃあ、何故カドフェル号は……ワンダー! バージョン! あれはカドフェル号じゃないか?」


 沖に見えた小さな船影をワンダーは望遠鏡で確認する。


「カドフェル号です! ショウ王子、カドフェル号に連れて行って下さい!」


 最愛の恋人に再会したように飛び上がって喜ぶワンダーとバージョンを、レーベン大使は少し待てば入港するのにと止めたが、ショウもレッサ艦長に会いたくてサンズと飛んで行く。




「レッサ艦長! よくご無事で!」


 サリザンに向けて航海していたカドフェル号にサンズが降りるや否や、ショウ王子、ワンダー、バージョンが甲板に飛び降りる。ワンダーとバージョンが、迷った子犬が親犬にやっと巡り会った様子なのに呆れて、レッサ艦長はビシッと叱りつける。


「ショウ王子? 何事ですか? ワンダー! バージョン! 常に武官として冷静に振る舞いたまえ!」


 レッサ艦長に叱られて、ピシッと敬礼をしながらも、尻尾があれば振り切れんばかりに振っている様子の二人に、副官のクレイショー大尉からも雷が落ちる。


「お前達、何か変な物でも食べたのか? シャンとしろ!」


 クレイショー大尉の怒鳴り声も、今は甘美なアリアに聞こえる二人だ。ショウはカドフェル号が四日も遅くなったから心配していたんだと、レッサ艦長とクレイショー大尉に説明する。


「ご心配をお掛けしました。ゴルチェ大陸の北部を東に航海中に嵐に遭遇しまして、港でやり過ごしていたのです。その後、北の大陸とゴルチェ大陸の間で嵐に遭った商船隊の救助をしていたので、遅くなりました。ワンダー! バージョン! このくらいお前達にも予測できるだろうに」


 自分の艦を信じられないのか! と、怒鳴られて、ワンダーとバージョンは悄々とする。


「レッサ艦長、二人を叱らないで下さい。ちょっとアルジエ海では問題が起こっているみたいなのです。それで、カドフェル号の到着が遅れているのを、余計に心配してしまったのです」


 アルジエ海で問題が起こっていると聞いて、レッサ艦長はショウ王子達を艦長室に連れ込む。


「何が起こっているのですか?」


 今回の任務の前はアルジエ海のパトロールをしていたレッサ艦長は、真剣な顔で尋ねる。


「まだ推測なのですが、イルバニア王国の商船がサリザンに着いてないのです。我が国もサリザンには商船隊の定期便が多く、護衛船もついているから今の所は無事を確認できていますが、カザリア王国や、ゴルチェ大陸の北部へ向かった船までは確認できていません」


 レッサ艦長は武官なので、余計な事は口に出さなかったが、こんな姑息な遣り方はマルタ公国が怪しいと考えた。


「イルバニア王国は、黙っていないでしょうな」


 これほどコケにされて、イルバニア王国の海軍が黙っているわけがないとレッサ艦長は考える。


「イルバニア王国の海軍って……」


 ショウが失礼になるので、発言を途中で止めたのを、レッサ艦長は苦笑して答える。


「カザリア王国よりはマシな艦を所有してますよ」


 レッサ艦長は言外に竜騎士隊はピカ一だが、海軍は艦に見合った人材が不足していると示唆する。


「まぁ、イルバニア王国は農業王国だしね。それに、数年前までローラン王国と敵対関係で、国境線の警備に全力を投じていたからなぁ」


 ローラン王国との国境線にバロアの長城を築き上げたりしていたので、竜騎士隊と陸軍だけで予算も人材も使い果たして、海軍まで行き届かなかったのだろうとショウは考える。


「でも、ローラン王国にアリエナ王女が嫁がれて友好的な関係になれば、国境線の警備に掛けていた予算を海軍に回せるようになる。こんな時に海軍力の不足を指摘するような馬鹿なことをしでかして!」


 ショウは海賊に襲われた犠牲者に同情して怒りを感じていたが、それと同時に冷徹な為政者として、イルバニア王国の海軍強化のきっかけを作るのではないかと、ジャリース公を殴り飛ばしてやりたい気分だ。


「イルバニア王国の海軍になどに負けはしませんよ。それより、カザリア王国の二番煎じにならないか、そちらが心配です。我が国に海賊討伐の協力を、申し込んでくるのでは無いでしょうか? マルタ公国の遣り口には腹が立ちますが、あの補給基地を敵に回すのは拙いのです。それに、イルバニア王国の代理戦争など御免ですからな」


 マルタ公国に屯している海賊達が、海の覇者の東南諸島の商船を襲わなかったのは、護衛船が付いていたからだろうが、全面戦争になるのを避ける為と、周辺の海のパトロールを外して貰いたいとジャリース公が指示したのではないかと疑う。


 この数年、マルタ公国に逃げ込む海賊船を東南諸島の軍艦が待ち構えて拿捕していたので、海賊のアジトとしての旨味を搾り取れなくなったジャリース公が、他の国の商船なら良いだろうと姑息な作戦を考えたのだ。この強欲な小心者のジャリース公を、どうしたものかと全員が溜め息をつく。


 そうこうする内にサリザンに無事に碇泊したカドフェル号だったが、イルバニア王国が自国の商船が入港していないのに気づいて、竜騎士やベントレー大使が港でレーベン大使と話していた。


「何だかヤバそうな雰囲気だなぁ。スルーして大使館に行きたいけど、レーベン大使をほって行けないし……あっ、ワンダーとバージョンは船で港まで来たんだよね? レーベン大使を乗せて帰ってくれる?」


 普段は感情を表に出さない外交官なのに、怒りを露わにしているベントレー大使に近づきたくないと、ショウが逃げ出そうとするのを、レッサ艦長も同じ気持ちではあったが制する。


「あちらはショウ王子に気づいてるのに、無視したら後が面倒ですよ。でも、海賊討伐の協力には、言質を取られないようにして下さいよ。我が国はマルタ公国の港に碇泊している船には攻撃をかけませんからね。海賊も港に碇泊している商船には手を出しません。あくまで、港に逃げ込むまでの海賊しか討伐しないということで、マルタ公国を補給基地として使用しているのですから」


 マルタ公国の一定の距離内では、海賊行為も海軍討伐もしないという暗黙の了解事項を勝手に変更はできませんよと、レッサ艦長に釘を刺されたが、ショウはそろそろジャリース公との関係を見直す時期なのではと感じる。


 港にサンズでレーベン大使の近くに降り立ったショウとレッサ艦長に、ベントレー大使は感情を必死で抑えて挨拶をしたが、怒りで額に青筋が立っていて、ショウは挨拶しながら及び腰になる。


「ショウ王子、今、ベントレー大使から大変な話を聞いたのです。イルバニア王国の商船が何隻か、サリザンに到着していないみたいです。我が国の商船も調査する必要がありますな。では、ベントレー大使、私もこれから調査致します。ショウ王子、レッサ艦長を大使館にお連れ下さい、長旅でお疲れでしょうから。私は残って港で調査してから帰ります」


 そう言うと、レーベン大使はベントレー大使に一礼して、自国の商船の調査に向かった。


 ショウは自分達が下手な事を言わないように、とっとと大使館へ引き上げさせたレーベン大使の演技の旨さに、役者になれるのではと感心する。ショウすらも、レーベン大使がベントレー大使から初めて話を聞き、驚いて自国の商船を心配しだしたと勘違いしそうになった程の演技だ。




 レーベン大使がベントレー大使の手前、自国の商船に調査している振りをしている間に、大使館ではレッサ艦長にゴルチェ大陸横断の報告をしたワンダーとバージョンは、ピップスの件で根ほり葉ほり質問されて汗をかく羽目になった。


 レッサ艦長はピップスを自分の眼で確かめて、ショウ王子の側に置いても大丈夫だと確認する前に、あらゆる可能性を考えておきたかった。そして本人を見て、長年、大勢の部下を育ててきたレッサ艦長はピップスの話に嘘は無いと確信する。


「ピップス君、ショウ王子の側に居るには武術はもとより、外交の知識も必要になる。必死で勉強しないと、ショウ王子の足手纏いになってしまうぞ。その覚悟が無いのなら、ショウ王子の側に君を置いてはおけない」


 歴戦のレッサ艦長の迫力にピップスは圧倒されたが、命を助けてくれたショウ王子に一生尽くすという決意は変わらない。


「ゴルザ村に居た時は、ショウ様が王子だとは知りませんでした。でも、僕の気持ちは変わりません。あの時、何の義理も無いのに、僕の命を救って下さったショウ王子のお役に立てるように頑張ります」


 サリザンに着いてから、連日、忙しそうにレーベン大使と交渉に向かっているショウ王子の姿を見るだけで、何の役にも立てない自分を歯痒く感じでいたピップスは、必死で勉強しないといけないと実感する。


「レイテから、その内に君の扱いについて指示が来るだろう。それまではショウ王子の側で身の回りの世話をしながら、武術と勉強に励みなさい。カドフェル号では、士官候補生達と武術訓練をすれば良いだろう」


 ゴルチェ大陸横断の報告を受けたレッサ艦長は、きな臭いアルジエ海に思いを馳せた。


「ショウ王子、レッサ艦長、大変なことになりそうです」


 レーベン大使が自国の商船の無事と、行方不明のイルバニア王国の商船の名前をベントレー大使に報告して大使館に帰った。


「レーベン大使、イルバニア王国のベントレー大使が何か言って来たのか?」


 レーベン大使はベントレー大使の手前、実際に全商船に同じ時期に出航したイルバニア王国の商船で到着していない名前を調べ上げたのだ。


「今、調べただけでも四隻が襲われていますね。積み荷と船を奪うだけにして、乗組員達を身の代金で解放してくれれば良いのですが……行方不明の四隻の名前をベントレー大使に告げたら、まるで私が襲わせたみたいに睨まれてしまいました。まぁ、一応は調査の御礼を言ってましたが、あれは何か此方に問題を押し付けてきそうです」


 マルタ公国近くの海賊は襲撃の際に抵抗した相手の命を最低限にしか取らず、人質にして身の代金を取る事が多かった。その交換場所をマルタ公国が提供していたのだったが、東南諸島の軍艦に海賊行為を邪魔されていたので手早く襲撃を終わらそうと皆殺しにした可能性もあるとレーベン大使は考えた。


「この件は後を引きそうですね。マルタ公国とイルバニア王国は、一悶着有りそうです。巻き込まれないように注意しませんと」


 これからイルバニア王国に向かうショウは、気分がずど~んと重くなる。


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