21 エドアルド国王陛下との会談準備
翌朝、ショウはメルトがエルトリア号で早々に航海に出るのを見送ると、カインズ船長に会いにダリア号へ向かったが、酒の匂いで酔いそうになる程だったし、二日酔いでぐったりとしている。
「少し寝た方が良いよ」
ショウと迎え酒を飲もうと言い出したカインズ船長の世話をインガス甲板長に任せて、酔いが醒める頃に出なおす事にする。
カリンはサンズ島からの短距離の航海では無かったので、乗組員達に交代で1日ずつ休暇を与えていた。出航準備が整うまで大使館で骨休みをしようと思ったが、エリカに捕まって武術指導をさせられる羽目になった。
エリカとミミとメリッサは、元々護身術を身に付けてはいたが、剣や弓は習った事が無かった。
「剣を持ってみろ」
大使館には護衛の武官が何人もいるので、訓練用の剣も用意してある。カリンは女の子には少し重いかもしれないなと思ったが、三人は意外にもクルクルと剣を振り回す。
「剣舞を習っていたのか。だが、武術の剣と剣舞は違うぞ」
カリンはミミとメリッサを組ませて、打ち合いの練習をさせたが、余りの激しさに驚いて、これでは怪我をしてしまうと止める。何故なら、食事の時にショウの隣の席をかけての果たし合いになっていたからだ。
常にエリカが片方を独占するので、一つしか無い隣の席を巡って激しい争奪戦が食事の度におこなわれていたので、それを掛けて打ち合いを始めたのだ。
「剣の稽古は喧嘩と違うぞ! 真剣にしないなら、稽古は止めだ」
厳しいカリンに叱られて、メリッサとミミは反省して謝る。カリンはこの二人を組ませるのは危険だと思い、ミミをエリカと練習させて、自分はメリッサと練習することにした。
「カリン兄上、剣の稽古をつけて下さっているのですか?」
ショウはメルトの見送りと、カインズ船長と話してくると出掛けたのに、早々に帰って来たのでカリンは驚いたが、丁度いいと剣の稽古をつけてやると言い出した。
「ひぇ~、カリン兄上の強さは身に染みてますよ」
「昔は、お前はチビ助だったからな。今は私と同じぐらいの背になった。レイテでは武術指南を未だ受けているのだろ?」
レイテにいる時は、フラナガン宰相にあれこれ叩き込まれている他は、武術指南を受けていたが、武官のカリンとは稽古したくないなと渋々メリッサから稽古用の剣を受け取る。
「ショウ様、頑張って!」
メリッサ達の応援を受けて、ショウはかなり善戦したが、やはりカリンの方が数段腕がたつ。
「少し稽古不足だな」
確かにユングフラウからニューパロマと外交に社交に忙しかったのもあるが、エリカと許嫁達に振り回されて剣の稽古をサボっていたとショウは反省した。
「久しぶりに稽古をつけてやる」
それから、びっしり2時間、カリンから稽古をつけて貰ったショウは汗をかいた。
「何だかモヤモヤしていたのが、飛んでいきました」
昔はカリンに稽古をつけて貰うのが嫌で仕方無かったが、剣だけを考えて汗を流すのも悪くないとショウは笑う。
「何か悩んでいるのか? 私は外交など不案内だが、聞くぐらいはできるぞ」
ショウは庭の東屋で、カリンにローラン王国のアレクセイ皇太子から庶子の妹ミーシャの縁談を持ち掛けられている件と、スーラ王国のアルジェ女王からゼリア王女の婿の一人にと申し込まれた件を相談した。
「ローラン王国の庶子など貰っても、こちらの利益にはならないだろう。だが、スーラ王国はゴルチェ大陸で力をつけて来ている国だし、ゼリア王女は跡取りなのだから考慮する価値はあるな」
ウッとショウは言葉に詰まってしまう。
「カリン兄上~、スーラ王国には蛇がいっぱい飼われているのですよ。僕には無理です」
カリンはそういえば、ショウは蛇が嫌いだったと笑う。
「何を子供みたいな事を言っているんだ。それにあんなに巨大な竜に乗っているくせに、蛇など恐れるに足らないだろうが」
「カリン兄上、蛇と竜を一緒にしないで下さい! あっ……でも、アルジェ女王の蛇のデスは話していましたね。話せる蛇には近寄らないように言えるから、未だマシかもしれません」
蛇と話す弟とはねと、カリンは笑うしか無いなと呆れる。
「明日はエドアルド国王陛下との会談なのですが、こちらからも庶子との縁談では無いかと思い、気が重くて困っているのです。これ以上、許嫁を増やしたくないし、外国の紐付きの姫など御免です」
カリンはつくづく後継者に指名されないで良かったと思う。
「旧帝国三国の姫など、東南諸島の後宮でやっていけるとは思えないな。我が国の女は怖いぞ~。特にお前の許嫁達は王家の女だからな、外国の庶子の姫などいびり殺されるぞ」
6人の妻達の争いで帰宅拒否症になったカリンの言葉に、ショウはゾクゾクと背中に悪寒がはしる。
「パシャム大使には縁談をその場で断ってはいけないと言われましたが、やはり無理なので断ります。これでエドアルド国王陛下が気を悪くされても仕方ありませんし、未だシェリー姫は10歳と幼いので傷をつけた事にもなりませんから。アレクセイ皇太子にもきっぱり断ろう!」
ショウの決断に口を挟むつもりはカリンは無かったが、そう簡単に相手が納得してくれるかなと疑問は持った。
「まぁ、スーラ国の件は考えてみるんだな。夫人が増えるわけじゃ無いし、もしかしたらお前の娘が次次代の女王になれば、東南諸島には有益だからな」
それくらいはショウにも理解できたが、蛇がやはりネックだった。
「蛇ごとき恐れてないで、一度スーラ国を訪ねてみれば良い。ゴルチェ大陸では一二を争う国だ、交易相手としても有望だぞ」
「僕としては、豹好きなサバナ国を訪問する方が気楽ですけどね……」
そう言いつつ、一夫多妻制のサバナ国を訪問したりしたら、沢山の王女が居そうだと身震いするショウだ。
カリン兄上と話をして気分がスッキリしたショウは、夜のレキシントン港での酒盛りも楽しんだ。
「カインズ船長、一緒に航海に出よう!」
かなり酔っているショウを竜で帰すのは不安だとカインズは引き止めたが、明日はエドアルド国王陛下との会談だからとサンズと帰っていく。しかし、酔っ払ったショウをサンズは無事に大使館には連れて帰ったが、竜舎に着くなり寝てしまった。
『ショウ、そろそろ起きた方が良いよ。今日はエドアルドと会談があるから帰って来たんだろ』
サンズに起こされて、ショウは大きくのびをする。
『う~ん、サンズ、竜舎で寝たのか……』
髪の毛についた藁を頭を振って落とすと、自分の酒臭さにウンザリして、お風呂に入らなきゃと大使館に急ぐ。
熱めのお風呂でスッキリしたショウが食堂で朝食を食べていると、パシャム大使が会談前に打合せしておこうと書斎へと引っ張り込む。
「ショウ王子、少しエドアルド国王陛下の会談の内容を調べて来ました。あっ、勿論シェリー姫の件を持ち出されるかもしれませんが、それどころじゃ無いみたいです。カザリア王国の北西部の村や町を海賊が頻繁に現れて、襲撃をかけているみたいです。何だか嫌な予感がしますよ」
「まさか、その海賊が東南諸島の人間だとか?」
ショウは顔色を変えたが、パシャム大使も辺境の北西部の事情には詳しく無い。
「ザハーン軍務大臣が東南諸島の周辺の海賊を徹底的にやっつけたので、移動したとも考えられますが……。めったな事は言えませんが、ローラン王国が怪しいですね」
「まさか! アレクセイ皇太子はカザリア王国で育たれたのに」
「いえ、アレクセイ皇太子やルドルフ国王が関与しているとは思いませんが、ローラン王国で食いつぶした難民と、東南諸島を追い出された海賊が、サラム王国辺りで結集したのでは無いかと……」
ショウは結婚式の後の何件かの話し合いで会ったサラム王国のヘルツ国王を思い出して、あの方ならと疑念を持った。カザリア王国の北西に浮かぶ島国サラム王国は、旧帝国の流れをくんでいるものの貧しい国土しか持たない小国だ。会談でもヘルツ国王の東南諸島は金持ちで羨ましいと言わんばかりの態度が鼻について、ショウは余り好意を持てなかった。
「確か、サラム王国との交易をもっと盛んにして欲しいとかなんとかだったな。しかし、輸出する程の価値のある生産物が無ければ、商船は一方通行では寄りつかないと思ったのだけど……」
パシャム大使もヘルツ国王の要請を変だと感じていた。
「少し調査をさせてみます。気になる噂を思い出しましたから……」
不快そうなパシャム大使に、ショウは噂の内容を問いただす。
「う~ん、噂にすぎませんが、どうもサラム王国はローラン王国の難民や、カザリア王国北西部の農民を売買しているのでは……。ニューパロマの娼館には前からローラン王国の食い潰した難民の娘や、カザリア王国北西部の貧しい農民の娘が親に売り飛ばされていましたので、確信は持てませんがね」
ショウは東南諸島にも娼館があるので厳しい事は言えなかったが、海賊にさらわれて売り飛ばされるとは聞き捨てならないと思う。
「まぁ、そんなに怒らないで下さい。アルジエ海のマルタ公国なんか、人身売買の拠点じゃありませんか。あちらは前からの制度で、こちらが口出す問題ではありませんし、海賊船に襲われた人質の交換場所になっていますがね」
ショウはマルタ公国にも眉を顰めて、海賊船の拠点じゃないかと怒りだす。
「まぁまぁ、マルタ公国のジャリース公は我が国とは友好関係を望んでおられますし、偶々海賊船が逃げ込む事が多いというだけでしょう。あの国は小国ですが、アルジエ海の交易には欠かせないですから、此方も我慢しているのですよ。それにマルタ公国の港に逃げ込む海賊船を待ち伏せすれば良いだけですから」
海賊船の上前を分捕っている東南諸島の遣り口にも、各国から非難が集中していて、今回も自国の商人の被害品の返還の際に補償金を取る率が高すぎると話し合いでも持ち出された。
「これだけ海賊討伐しても、何故海賊は減らないのだろう。海賊船だって補給する港が無ければ、やっていけないのに!
マルタ公国や、サラム王国が海賊を庇っているからじゃないか。ヘッジ王国も、食いつぶれた国民を海賊に提供している」
ヘッジ王国はイルバニア王国の東北にある島国で、此方も貧しい国土に苦しみ海賊船に乗り組む男達が多く、東南諸島の商船を襲う事が多かった。ただ、サラム王国のヘルツ国王と違い、ヘッジ王国のルートス国王はケチだから海賊討伐はしないものの、税金も納めない海賊を擁護もしなかった。
イルバニア王国は自国の領土を海賊に襲わせる事は許さず、竜騎士隊に沿岸をパトロールさせていたが、どうにもお粗末な海軍で海賊船を逃がしてばかりいたのだ。
そのお粗末な海軍のお陰で東南諸島はイルバニア王国の小麦のローラン王国への輸出禁止をかいくぐって、密輸をしていたのだが、粗悪なダカット金貨を掴まされた商人達は余り儲けにならなかった。
ショウは何度か海賊船に襲われた商船の残骸を目撃して、その悲惨さに目を背けたくなったので、キリキリと奥歯を噛み締める。
「ショウ王子、熱くなったらエドアルド国王陛下の思う壺にはまりますよ」
パシャム大使に諌められて、ショウはその通りだと深呼吸する。




