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9. 遊戯

 少女はふふんと胸を張りつつ、ロビンを右手で掲げ、自らの腰に左手をやる。


「ケリー……どうしてロビンは首だけなの?」

「肩車をせよと言っただけなのじゃが……うむ。取れてしまったものは仕方がないのう」

「この機体は頚部(けいぶ)の接続が不安定になっておりまして……」


 ケリーと呼ばれた少女は、外見に似つかわしくない老人のような口調で話す。

 その言動から、リチャードは二人とそれなりに親密であると判断した。研究所の仲間かもしれない。握手をしようと手を差し出す。


「俺はリチャード、これからよろしくな」

「お主とよろしくするとは決めておらぬぞ?」

「へ?」

「わしはあくまで、アイリスと個人的に仲が良いだけじゃ。『ケリー』という愛らしい名も共に考えたものじゃぞ!」


 リチャードは対応に困り、視線をさまよわせる。ロビンと目が合い、「勧誘の方は前向きに行っております」と告げられた。


「……それにしても……ケリーは結構大きいわよ? 肩車なんて、難しくて当然だわ」

「報酬を頂けるとのことでしたので」


 ケリーの掌の上に乗ったまま、爽やかな笑顔でロビンは語る。


「と、まあいつもの如く遊びに来ただけではあるのじゃが……せっかくじゃ。新入り、何か面白いことをせよ」

「……お、おう?」


 突然の無茶ぶりに、リチャードは目を点にする。


「ほれ、早くせんか」


 アイリスの方を見ると、すっと視線を逸らされてしまう。

 ケリーはニヤニヤと笑いつつ、赤い瞳を輝かせていた。




 ***




「絶対『傲慢(ごうまん)』の悪魔だろ、あんた……」

「け、結構面白かったわよ」

「個性的なユーモアセンスでした」

「……これ、スベってたよな」


 仲間たちのリアクションに肩を落としつつ、リチャードは恐る恐るケリーの方に向き直る。

 ケリーはロビンの頭を片手で弄ぶように投げたり受け止めたりしつつ、何事か考えていた。


「……なるほど、今のは『ハット』と『パット』と『ハッと』をかけたということで良いのかのう?」

「解説すんのやめて」

「ふむ、理解できた。もう一度見せるのじゃ、笑ってやろう」

「勘弁して」


 意外にも、ケリーは真剣な表情で提案してくる。

 その態度がリチャードの心に、余計に深々と突き刺さった。


「しかし、察しが良いのう。わしが『傲慢』だとなぜわかった?」

「今まで会った中で、一二を争うほどわかりやすいっつの……」


 とはいえ、クリスもパットもレヴィアタンもそれなりにわかりやすくはある。

 ……と、いうより、特定の欲望が突出する時点でわかりやすくなるのも仕方はないのかもしれない。

 リチャードはため息をつきつつ、「……ん?」と首をひねった。


「その子、まだ『仲間』じゃないのに人間の名前があるよな? ……じゃあ、レヴィアタンにもあんの?」

「……まあ……それを認める性格だったら、そうなってたかもしれないわね……」


 アイリスは気まずそうに視線を逸らす。


「アレは群れるのを嫌うからのう。勝手に名前を付けられでもしたら、本気で殺しに来かねんぞ」

「気難しい方のようですので」

「お、おう……」


 一口に悪魔と言っても、それぞれ個性があり、フレンドリーな者もいればそうでない者もいる。

 その辺りは如何にも「元人間」らしいと言えるが、人間であるはずのリチャードにとっても、「性格の差」という概念はあまりピンとこないものだった。

 争いをなくすため、そして痛みを消し去るため、人類から「個性」という概念は排除されたのだから。


「……ふむ。リチャードとやら、暇ならば共に集落に行かぬか」

「集落? 要処置者……じゃなかった。『フリー』の?」

「そうじゃ。わしと共に、遊びに行くのも悪くなかろう?」


 ケリーの提案に、アイリスは険しい顔をする。


「私も同行するわ。……だって、ケリーはまだ」

「皆まで言うでない。わしがリチャードに何か悪さをせぬか、警戒しておるのじゃろう?」


 にやりと不敵な笑みを浮かべつつ、ケリーはロビンの首をアイリスに投げて寄越す。


「安心せよ。『リチャードには』、何もせぬぞ」

「……やっぱり……まだ、『人間で』遊ぶのは続けているのね」

「別に、殺しているわけでもなし……少しくらいは良かろう?」


 赤く染まった瞳が、爛々と輝く。


「人間ごときが、わしの歓びの糧となるのじゃ。むしろ、光栄というものではないか」


 愛らしい外見に、気さくな態度。

 明確な殺意を向けるレヴィアタンと表面上は異なるが、彼女も「悪魔」であることに変わりはない。

 肥大化した自らの「欲」を、満たすために行動している。


「もしかして、人間が憎かったり……?」

「ほう、面白いことを言っておるのう」


 リチャードの言葉に、ケリーはからからと笑う。


「餌に憎しみを抱く者が、どこにおる?」


 少女の姿をした悪魔は、(たの)しそうに語る。


「お主らは他の生物を喰らう時、何を考える? 罪悪感を抱くか? そこに悪意があるか?」

「……まあ、そうだよなあ。『悪魔』って時点で、人間の常識の外側だし……噛み合わねぇよなあ」

「ふふ。お主もここで働くならば、いずれぶつかっていた壁よ。強欲、色欲、怠惰……これらはのう、『特に、他者の犠牲なく満たせる』欲望じゃ。強欲は他者に利益を還元できる。色欲は合意の上で愉しむこともできる。怠惰はまあ……言ってしまえばもっとも困るのは本人じゃ」


 そこまで聞いて、リチャードにも見えてきた。

 ケリーがアイリスを気に入りながらも、決して仲間にならない理由。……いや、「なれない」理由を。


「わしの欲は、他者との比較なくしては満たされぬ。ひれ伏し、弄ばれる存在無くしては、腹を満たすことすらできぬのじゃ」


 ケリーはニヤニヤと笑いながら、爛々と赤い瞳を輝かせる。


「……わかった」


 リチャードはゆっくりと頷き、一歩前に進み出た。


「一緒に集落に行こう。そんで、どんなふうに『遊ぶ』か見させてもらっていい?」

「ほう? 止めぬのか」

「要するに、欲を満たせたら存在できるんだろ? 本当に犠牲が必要なのかどうか、俺も一緒に考えようかなって」


 リチャードはケリーを真っ直ぐ見つめ、手を差し伸べる。


「それに……アイリスを『餌』にしたくないんだろ?」

「……ふむ。人間にしては頭が回るではないか」


 リチャードの分析に目を丸くたのは、ケリーだけではなかった。

 アイリスも「えっ」と驚いた声を上げ、ケリーの方に問う。


「そ、そういうことだったの!?」

「お主は機械ゆえピンと来ぬじゃろうが、友人とは、犠牲にしたりされたりするものではないぞ」

「ゆ、友人……だったの、わたし達」

「わしが友と言ったら友なのじゃ!」


 胸を張るケリーに「そ、そう……」と狼狽えつつ、アイリスは困惑を隠せない。

 感情があるとはいえ、顔を青くしたり赤くする機能はないらしいが……表情の変化は雛乃よりわかりやすいかもしれない。

 少なくともリチャードは、その動揺を「可愛い」と感じた。


「では、私は先に向かっておきます。後ほどお会いしましょう」


 ロビンはそう告げ、アイリスの腕に抱かれたまま「現在の体」の目を閉じた。

 首だけなので、どうにも死んだように見えてリチャードの心臓に悪い。


「えーと……接続が不安定なら、修理したほうが良くない?」

「何を言うておる。ロビンの『体』は数百体では済まぬ。そんなことをしていたらキリがなかろう」

「お、おう……そっか……」


 呆れたようなケリーの指摘に、リチャードは冷や汗をかくしかなかった。

 ヒトならざるものの感覚を掴むのは、リチャードにはまだ難しいようだ。

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