七話 少女が奏でる葬送曲
クートと出会い、ごちそうしてもらうことになった。
二人で屋台に行き、好きな物を購入する。ワタシは飴でクートは肉の串焼き。
串焼きといっても、ワタシの拳大ほどもある肉が三つも刺さっている。ほとんど肉の塊だ。
当然、串自体も太く、ちょっとした武器になりそうである。
見ているだけで吐き気が……
「若い男のくせに、なぜ飴なのじゃ?」
「……たいして空腹ではないからね。これで十分だよ」
「食わぬから、そのように痩せ細るのじゃ。まるで骸骨ではないか」
ワタシに忠告しつつ、クートはソースがたっぷりかかった肉を頬張る。
端正な顔に不満の色が浮かんだ。
「まずい。ソースのせいで、肉の味が台無しになっておる」
「ただの屋台に求め過ぎでは?」
「まずいものはまずいのじゃ」
屋台から離れて食べ歩いているので、店主に聞かれる心配はない。
クートも、一応配慮したのだろうか。
それに、まずいと言いつつも全部食べ切った。
よくもまあ、あの肉の塊を食べたものだ。小柄な体のどこに入ったのか。
クートは、串を口に含み、上下にプラプラ揺らしている。
ワタシも飴を舐め終わっているし、これでごちそうしてもらうのもおしまいか。
視察ではなく、遊んだだけになってしまったな。
しかし、クートと一緒にいるのは落ち着く。
人と関わるのが恐ろしく、誰も信じられなくなっているワタシなのに、クートとの時間は苦ではない。
出会ったばかりなので、信用しているかと問われれば首を横に振るが、少なくとも恐ろしいとは思わない。
裏表がないからだろう。自分に正直になって、好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと言えるのは羨ましい。
久しぶりに楽しいと感じたひと時だった。
名残惜しいが、帰らねばならない。クートを家まで送って行くか。
「クート、君の家まで送るよ」
「ふむ……何を企んでおる? これが世に聞く、送り狼というやつかの」
「どこでそんな知識を得たのか……」
クートは美しいが、ワタシは小児性愛者ではない。
少なくとも、あと五年分は成長してもらわなくては。
「五年?」
「どうしたのじゃ?」
「い、いや、なんでもない」
今、何を考えた? 五年後であれば、クートを娶ってもいいと?
ワタシも男だ。美しい女性は嫌いではないし、性欲もある。
クートなら申し分ないが、彼女でなければならない理由はない。
貴族のご令嬢には、幼く美しい少女はいくらでもいる。その中の誰かを、五年後、十年後に妻にすればいいだけの話だ。
他の女性を妻にしたいと考えたことはない。
なぜクートを? 昨日今日知り合ったばかりの、素性すら明らかでない少女を?
性格を好ましく感じているのは事実だが……
「見つけたぜぇ」
ワタシが考えにふけっていたせいで、彼らの接近に気付かなかった。
昨日の冒険者たちだ。ワタシとクートを取り囲んでいる。
「昨日は逃げられちまったが、今日はそうはいかねえぞ」
「おっさんも懲りないな。あれだけボコられといて」
まずいな。逃げ出すのは難しそうだ。
ワタシはどうでもいいのだが、クートが危ない。
昨日以上に、クートをこいつらに渡したくないと思っている。
だが、どうやって切り抜ける?
「懲りないのはどちらかの。やはり、見逃してやったのは失策じゃった」
ワタシが逃げる算段を考えているのに、クートは男たちを挑発した。
口に含んでいた串を突きつけつつ、言葉を続ける。
「面倒事は嫌いなのじゃ。ゆえに、昨日は手出しを控えたが、ゴミはゴミらしく掃除せねばならぬか。我の失態は、我が償う」
「いい度胸だな、お嬢ちゃん。生意気な口を叩けなくしてやるぜ」
「さて、生意気な口を叩けなくなるのは、果たしてどちらかの」
そう言った瞬間、クートの姿がかき消えた。
否、消えたように見えるほどの速さで攻撃したのだ。
気を失い倒れる男を睥睨しつつ、残る男たちに告げる。
「人間風情では、我の敵ではないの。死にたいのであれば叶えてやろう」
「こいつっ!」
抜剣した男たちがクートに襲い掛かるも、彼女は涼しい顔だ。
華奢な腕を一振りするたびに、男たちは地面に倒れてゆく。
ただの串で鉄製の剣を両断するなど、人間業ではない。
悪夢のような光景だ。およそ、現実味があるとは言えない。
勝てないと判断したのか、逃げようとした者もいたが、それすら許されなかった。
「逃すと思うか? 男であれば、勝てずとも最後まで抗ってみせよ」
男の逃げ道を塞ぎ、クートが淡々と言葉を紡ぐ。
相変わらず可憐な声音だが、それは死神が奏でる死の葬送曲にほかならない。
「ひっ……ま、待ってくれ。俺が悪かった。もうこんなことはしねえから……」
必死で命乞いする男を、クートは虫けらでも見る目つきで見下す。
「無様じゃな。昨日、勝てぬのにお主らに立ち向かった骸骨男の方が、まだしも見込みがある」
最後にそう告げて。
クートは、一分とかからずに男たちを全滅せしめた。
屈強な冒険者の男たちが、たった一人の少女の手によって全滅……
おそらく、死んではいないと思うが……
「クート……君は一体……」
上ずった声で問うワタシに、クートは向き直った。
「改めて、名乗っておこうか。我はクギャートカレドァ。魔物の王である」