六話 気高き女王のような
満身創痍で帰宅したワタシを見て、使用人たちは慌てふためいていた。
「転んだだけだ。気にする必要はないし、君たちが咎められることもない」
苦しい言い訳だが、ワタシを一人で行動させた罪を負わせては申し訳ない。
ここは、転んだということで通し切る。
一応、傷の手当てはしてもらった。
酷い目にあったな。少女は大丈夫だっただろうか。
気になって仕方のないワタシは、翌日も視察に出向いた。
使用人たちは反対したが、押し切って一人で。
視察なのだから、ありのままの様子を見なければならない。護衛がいては、人々は取り繕った姿しか見せてくれなくなる。
という建前を使い、半ば無理矢理黙らせた。
本音は、みっともないと感じるからだ。
ワタシは弱い。戦闘能力という点では、鍛えている子供にすら劣る。
弱者が強者に袋叩きにされたので、翌日は護衛をぞろぞろ引き連れて闊歩する。
それはみっともないだろう。身を守るためであれば、昨日の時点で護衛を連れている。
結局、ワタシは一人で出歩き、昨日男たちがいた場所へ。
さすがに二日続けて問題が起きているわけはなく、何もなかった。
空振りだったかと思い、別の場所へ移動しようとしたのだが。
「お主、昨日の男じゃな」
ワタシに声をかけてきたのは、例の少女だった。
「やあ、君か。その様子だと、無事に逃げられたようだね」
「おかげさまでの。一応、礼は言っておこう」
礼と言いつつ、不遜な態度だ。
もしかして、貴族なのかな。他者にへりくだることに慣れていないのだ。
しかし、貴族にしては平民のように粗末な服を着ている。
正体は不明だが、貴族であろうと平民であろうと、礼儀は必要だ。
「お嬢さん、お礼を言う時は『ありがとうございます』だよ」
「ふん、我一人でも問題はなかった。弱いくせに出しゃばっただけの男が、生意気な口を叩くでない」
「辛辣だね。もっとも、ワタシが弱いのは事実だが」
「弱いと言われて、怒りもせずに受け入れる奴がどこにおる」
「ここに」
「お主、阿呆じゃな」
少女は呆れた顔になり、ワタシをジロジロと見た。
そして発せられたのは、またしても辛辣な言葉。
「なんじゃ、気味の悪い顔をしおって。痩せ過ぎて肉がなくなり、さながら骸骨の化け物のようじゃぞ。しかも陰鬱で、生気というものが感じられん」
「間違ってはないけどね。でも、目上の者にそういう言い方はよくないよ」
「嘘は好かん。我を見よ。美しいであろう? 昨日の男たちが手を出したがるのも当然の美しさじゃ。一方で、お主は醜い。残念かもしれぬが、これが現実じゃな」
なんというか……凄い少女だ。
この年齢であれば、多少なりとも常識をわきまえているのではなかろうか。
大人ほどとはいかなくても、本音と建前を使い分けられる年頃だ。
「君は変わっているね」
「お主に言われとうないわ」
「はははは、確かに。おっと、自己紹介がまだだったね。ワタシは……」
名乗りかけて、言葉を止めた。本名を名乗るべきか悩んだのだ。
アテニルザの名は、ジアノース家の嫡男として、それなりに知れ渡っている。
子供でも知っているかもしれない。
「ワタシは、ニルザだ」
結局、偽名を名乗ることにした。咄嗟だったので、単純な偽名になったが。
「ニルザ……化け物らしくない名じゃな。我はクギャートカレドァ」
「クギャートカレドァね。立派な名前だ」
「特別に、クートと呼ぶことを許そう。光栄に思うがよい」
クギャートカレドァ――クートと名乗った少女。
なぜだろう。ワタシの目には、彼女がとてもまばゆく映る。
クート流に言えば、生気に満ちている。
子供ならではの無邪気さや朗らかさとは、少し違う。
彼女は……そう、確固たる自分を持っている。
誰にも跪かず、頭を垂れず、へりくだらず。
十歳程度の子供に対して使うには、いささか不釣り合いかもしれないが。
彼女は気高い。
傲慢や不遜とは少々異なり、気高いのだ。あたかも女王のように。
不思議とそう感じる。
「我をジロジロと見るでない、無礼者め」
「これは失礼。淑女にすべき行動ではなかった」
「素直なのはよいことじゃ」
君もワタシをジロジロ見たよね。
という言葉を呑み込むあたり、ワタシは貴族社会に毒されている。
波風を立てるような発言ができないのだ。
「ふむ、昨日の礼も兼ねて、我が食い物でも馳走してやるか」
「馳走って、子供に奢られるのは……」
「これを見ても、そのようなことが言えるかの?」
クートが手持ちの革袋を開いて見せてくれた。
中には金貨や銀貨が詰まっている。子供が持ち歩くには多過ぎる額だ。
「このような大金を、どこで?」
「使うあてがなく、貯まる一方での。たまには使おうと思ったのじゃ。我が馳走してやると言っておるのじゃぞ。感謝するがよい」
「……では、ごちそうになろうか」
子供に奢られるのは気が引けるし、食欲もないが、無下にするのも悪い。
お礼と言ってくれるのであれば、ありがたく受け取ろう。
高価な物をねだろうというわけではなく、屋台で少し買えばいい。
「ついてくるがよい」
「よろしく、クート」
ワタシはクートの手を取った。小さく柔らかな手を。
子供の彼女だと、はぐれてしまわないか危惧したのだ。
「なぜ、手を?」
「クートがはぐれないようにね」
「我を子供扱いするでない!」
クートは嫌だったようで、振りほどかれてしまった。
「無礼な奴じゃ。我はこれでも三……」
年齢でも言おうとしたのかもしれないが、クートは途中で言葉を止めた。
三? この見た目で三十歳以上のはずはない。
十三だろうか。それにしては幼いが、個人差を考えればなくはない。
「……まあよい。とにかく、お主は黙ってついてくればよいのじゃ」
「承知しました、お嬢様」
気高き女王から、一転してわがままな子供のように。
不思議な少女だ。