五話 金髪金眼の少女
ジアノースの町を視察して感じたのは、人が多いだけあり揉め事も起きているということだ。
大抵は個人同士のケンカなどだが、稀に窃盗や恐喝なども。
ワタシでは力にはなれないため、治安維持を行っている者に任せる。
平和でも争いはあるか。人の世の常と言えばそれまでだが。
達観したことを考えつつ歩いている時だ。
「邪魔じゃ! どかぬか!」
穏やかではない声が聞こえた。
女性……いや、幼い少女のように可憐な声音。
それにしては、妙に年寄り臭い口調だが。
声のした方向を見てみれば、想像通りの年齢の少女がいた。
十かそこらの年齢だろう。一桁の可能性すらある。
幼いが、外見は飛び抜けて美しい。見目麗しい貴族のご令嬢を見慣れているワタシですら、思わず目を奪われてしまう美しさを誇る。
そう、美しいのだ。
十歳程度の年齢であるにもかかわらず、可愛らしいではなく美しい。
金髪金眼で、一流画家が描いたように整った顔立ちをしている。精巧な人形と言われれば信じてしまいそうだ。
そして少女は、数人の男たちに囲まれていた。
剣や鎧で武装しているが、兵士ではない。おそらく冒険者だろう。
要は、チンピラやゴロツキの類だ。
冒険者。冒険する者とは名ばかりであり、実態は社会不適合者の集団だ。
まともな職に就けず、冒険者に身をやつすしかなかった者たち。
やむを得ない事情があって職に就けないなら、同情の余地はある。国の責任とも言えるかもしれない。
ワタシなど、病気療養を名目に、自堕落な生活を送っているのだ。
金を持っている貴族だからできる真似であり、冒険者を悪く言う資格はない。
国の安寧を維持すべき貴族の一人であるにもかかわらず、この体たらく。
それについては申し訳なく思う。
だが、冒険者には血と暴力に飢えた野獣も存在するからたちが悪い。
彼らは野獣であろう。子供に手を出すほど落ちぶれたか。
幼女趣味の者が集まっている……というよりも、少女が美し過ぎるのだ。
あれだけの美貌であれば、多少幼くても構わないというわけだ。
このままでは、あの少女が危ない。
周囲の者たちは、武装した冒険者に怖気づいている様子だ。
ワタシはどうする? 助けるべきか?
ワタシは、荒事には向いていない。貴族のたしなみとして剣は習ったものの、才能はさっぱりだ。
今は武装すらしていないし、武装していたとしても男たちには勝てない。
だが、見捨ててもおけない。
ワタシは子供が好きだ。決して怪しい意味ではなく。
子供は、よくも悪くも純粋だ。裏表がなく、善意も悪意もむき出しにする。
腹に一物抱え、二枚舌どころか五枚も六枚もありそうな連中と比べれば、子供は天使のよう。
少女を冒険者たちの毒牙にはかけさせない。
「やめないか。大の男が、寄ってたかって幼い少女を」
「なんだ、おっさん」
お、おっさん……ワタシは二十二歳なのだが。
痩せ細っている今のワタシは、実年齢よりも老けて見えるかもしれない。肌にも髪にもつやがなく、不健康極まりない状態だ。
これでも、容姿には自信があった。
貴族のご令嬢方からは「銀の貴公子」と持てはやされていたし、ジアノース家嫡男の肩書きだけではなく、ワタシ自身の容姿も人気の理由だった。
それが今や、無残なものだ。
まあ、ワタシの容姿は置いておこう。
「君たちが何者かは知らないが、少女を無理矢理手籠めにするのはいただけない。解放したまえ」
「ははっ、カッコイイこと言ってくれるじゃねえの。正義の味方気取りか?」
「弱そうな奴なのに、口だけは達者だぜ」
男たちはワタシを小馬鹿にするが、一度首を突っ込んだ以上は引き下がれない。
彼らと睨み合う。向こうも引き下がる気はなさそうだ。
そして。
「ぐっ!」
ワタシは腹を殴られた。胃液が逆流しそうになる。
膝からくずおれるが、彼らは手を止めてくれず袋叩きに。
ああ、痛い。ジアノース家の嫡男に暴力をふるう者などいなかったし、痛い思いをするのは久しぶりだ。
昔、嫌々ながらに剣術の稽古をした時以来か。
痛いのは嫌いだ。暴力は嫌いだ。
平和主義者ではないが、自分が苦手だから嫌いなのだ。
痛みから逃げるように、的外れな思考にふける。
殴られ過ぎて気が遠くなり。
ふと、視界の端で、少女が逃げ去るのが見えた。
男たちも気付き、ワタシに構っている場合ではなくなって追いかける。
こちらは助かったが、あの少女はどうなる? 無事に逃げ切ってくれるか?
しかし、ワタシも限界だ。もう動けない。
逃げ切ってくれることを願おう。