表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/19

四話 病気療養

 ワタシは、結婚相手を見つけられなかった。

 女性はいくらでもいる。ワタシが声をかければ、二つ返事で了承してくれる女性が。

 より取り見取りだ。年齢も外見も、ワタシの望むがままの相手が手に入る。

 贅沢な話ではあるのだろうが、見つけられない。どうしても無理だった。


 期限の日まで、残すところあとわずか。

 ワタシが結婚相手を見つけられなければ、父が選ぶ女性と結ばれるであろう。

 父も目星はつけてあるらしい。


 しかし、ここにきて問題が生じた。ワタシの病状が悪化したのだ。

 何年前からだったろうか。ワタシの体がおかしくなっていた。


 最初は食欲が落ちた。食べなければいけないと思い、無理矢理食事を詰め込んでいたが、それすら徐々にできなくなった。

 食べれば吐く。食べ物を見ただけでも吐き気がある。

 そもそも、空腹を覚えない。

 ワインを飲み、酔っていれば、なんとか食べられなくはない。少しだけだが。


 このようなやり方が、体にいいはずがない。

 当然のように体は衰え、わずかに動くだけでも体力を切らすようになっている。

 病気を治療しようと、高名なお医者様に診察してもらったが、体のどこにも異常がないと言われた。


 食事を碌に食べていないので痩せてはいるが、それだけだ。

 病気ではない。食べれば、おそらく治る。だが食べられない。

 見事なまでの悪循環だ。


 必死で取り繕い、我慢していたが、我慢すらきかなくなりつつある。

 最近は、動くのも億劫、人と会うのも億劫。


 いや、億劫どころか怖い。人が、貴族が怖い。

 ワタシに近付く者全てが、裏で何か企んでいるように感じられ、信用できない。

 結婚どころではなくなってしまった。





 ワタシは、王城で文官として働いている。

 名誉ある仕事だ。人々のためになると誇りを持っている。

 人間関係が良好であれば、もっといいのだが。


 ジアノース家の人間であるワタシにすり寄る者、疎ましく思う者。

 ウェルサウスやベンウェストの人間とも付き合わなければならず、頭が痛い。

 夜遅くに帰宅する頃には、疲弊し切っている。


「アテニルザ様、もうおやめになられた方が……」


 帰宅後、ワインを飲んでいたワタシに、使用人の一人が進言した。


「いや、もっと持ってきてくれないか」

「しかし……」

「頼む」


 繰り返し命じれば、渋々といった様子でワインを一瓶持ってきてくれた。

 いいワインだ。本来は味わって飲むべきそれを、ワタシはただ喉に流し込む。

 飲まなければ自分を保てないのだ。酔っている時だけは気持ちが楽になる。


 酷い有様だとは、自分でも思う。改善すべきだとも。

 最後通牒の日をとうに過ぎ、二十歳になった今も結婚はしていない。

 一人で飲んだくれているのは、誉れあるジアノースの嫡男にあるまじき行動だ。


 理解していてもやめられない。

 ワタシは何も食べず、ワインだけを飲み続けた。酔い潰れて眠るまで。





 それから一年以上の月日が流れ。

 ワタシの病状は、悪化の一途をたどっている。

 仕事にも支障をきたすようになったため、病気療養のためにジアノース家の領地へと赴くことになった。


 父は悩んでいたが、今のワタシを王都に置いておくよりも、遠くへ飛ばした方がよいと判断した。

 ジアノースの嫡男が病気など、家の恥部だ。父からすれば隠しておきたい。


 だが、ワタシの様子があからさまにおかしいため、隠し切れない。

 やむを得ず、療養させる方を選んだのだ。

 建前としては、父の名代として、領地の視察を行うことになっている。

 王都を離れて療養すれば、この病気は治るのだろうか。


 馬車に揺られ、ワタシはジアノース家の領地に到着した。

 広大な領地の中でも最も発展している町、ジアノース。

 王都には及ばないものの、我がジアノース家の名を冠しているだけあり、賑わっている。


 この辺りは、魔物も亜人もほとんどおらず、他国との国境線も遠い。

 要するに平和なのだ。ゆえに人も集まる。

 人が集まることで生じる事件も多いのが、悩ましい問題だが。

 ワタシを乗せた馬車は町中を走り、領主の館へ。


「お待ちしておりました、アテニルザ様」

「ご無沙汰しております、叔父上」


 領主である叔父が出迎えてくれたので、挨拶をする。

 叔父と甥の関係だが、彼はワタシに敬語を使う。ワタシがジアノース家当主の嫡男だから。

 同じジアノースであっても、格差は大きい。


「長旅でお疲れでしょう。歓迎のパーティーは明日にしますので、本日はお休みください」

「お心遣い、感謝します。ですが、パーティーは……」

「アテニルザ様は、先日二十二歳の誕生日を迎えられたはず。歓迎パーティーだけではなく、誕生パーティーも兼ねているのです」


 ワタシの誕生日は、旅の途中で迎えた。

 御者や供の兵士はいるが、彼らがワタシの誕生日を祝ってくれるわけもない。

 嬉しくないわけではないし、断るのも失礼になりそうだ。


「では、ありがたく」


 ワタシが了承すれば、叔父も安堵した表情になった。

 まあ、今日は休ませてもらう。弱った肉体に、長旅はこたえたのだ。


 ワタシが住む場所は、ジアノース家の別荘になる。

 叔父には叔父の家族がおり、ワタシが転がり込むのはいささか気まずい。

 叔父も、ワタシが屋敷にいれば気が休まらないだろう。

 離れて住む方が、双方のためになる。


 別荘には徒歩で向かうことにした。気分転換をしたいのだ。

 歩くのは億劫だが、王都にいた頃に比べればかなり楽になっている。


 あそこは――魔窟だ。魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈している。

 貴族社会とは、どうしてこうも面倒なのか。

 人それぞれ考え方は違うし、譲れない部分があるのも理解する。


 それにしたって酷い、というのが正直な気持ちだ。

 仕事そっちのけで、横のつながりを深めたり他人を蹴落としたり。

 せっかく王都を離れられたのだし、考えないでおこう。


 その日はゆっくりと休み、翌日のパーティーも無難に切り抜けた。

 それからのワタシは、別荘に引きこもる日々を過ごしている。


 何をするでもなく、のんびりと過ごすのは、非常に楽だ。使用人はいるが、彼らは必要以上に出しゃばらないし、ワタシは一人きりになれる。

 面倒な人付き合いはなく、叔父ともパーティー以来顔を合わさない。

 楽なのだが、人としてどんどんダメになっていく感じがする。

 病気療養とはいえ、このままでは少々まずい。


 ワタシは町を見て回ることにした。建前ではあるが、領地の視察のために赴いているのだから、多少は仕事をしなくては。

 使用人たちに出かける旨を伝え、ワタシは一人、視察へと向かう。


 護衛をつけるとも言われたが断った。一人がいいのだ。

 ジアノース家の者として、あるまじき軽挙だ。命を狙われでもしたらどうするのか。


 それでもいいと思った。どうせワタシは、ジアノース家を継ぎはしない。

 父には何も言われていないが、病気のワタシを見限り、弟に家督を譲るだろう。

 であれば、ワタシの命など取るに足らない。


 半ば自暴自棄になり町を歩く。暗いワタシの心とは裏腹に、人々の顔は明るい。

 露店も多く並び、いい匂いがする。普通であれば食欲をそそるのだろう。

 ワタシは、食欲とは無縁になって久しいが。

 視察といっても、これといってすべきことはなく、あてもなく歩き回る。

 さて、どこに行こうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ