三話 最後通牒
ワタシは父の部屋に呼び出されていた。
お説教だ。この歳になって情けない。
椅子に深々と腰かけた父は、直立不動の姿勢を取るワタシに向かって告げる。
「呼ばれた理由は、理解しているだろうな」
「……先日のパーティー、ですね」
「理解しているなら話は早い。なぜ、相手を見つけなかった?」
知り合いに誘われ、ワタシが参加したパーティー。
あれは、お見合いの意味も含んでいたのだ。むしろ、そちらの方が強い。
ワタシは十九歳だ。貴族で十九歳となれば、結婚し、子供がいて当然の年齢。
これまでも、父はワタシに見合いを勧めてきた。
自分で見つけるからと言って断っていたが、そろそろ限界が近い。
ジアノース家の嫡男たる者、妻の一人もいなければ格好がつかない。
現に、ウェルサウス、ベンウェスト両家の子息で、ワタシと同年代の者は既に結婚している。
それどころか、ワタシの弟たちもだ。
貴族なのに、子供が一人ということはあり得ない。
命の危険は常にある。病であったり、事故であったり、他にも諸々。
ワタシが死んだ場合の予備として、弟は必要だ。
弟たちは、父の指示に従い妻を娶っている。もしくは婚約者がいる。
まだ四歳でしかない末弟も婚約済みだ。
ワタシだけだ。いい歳をして結婚も婚約もしておらず、恋人すらいないのは。
よりにもよって嫡男が。父は、いつも愚痴をこぼしている。
ワタシはジアノース家の後嗣となる身だ。結婚相手も厳選しなければならない。
ゆえに、父は慎重に慎重を期した。
そこらの貴族令嬢と軽々しく婚約などさせず、選りすぐりの女性を。
結果が、今のワタシだ。裏目に出てしまったことを、父は悔やんでいる。
「何が不満だ? 美しいご令嬢が大勢いたはずだ」
確かに、色んな女性がいた。上は二十五歳から、下は八歳だったか。
いずれもが、見目麗しい美女、美少女たちだった。
「……彼女たちにも、相手はいるでしょう。あれだけ美しいご令嬢方を、男が放っておくはずがありません」
「関係ない。相手がいようと、ジアノース家に比べれば格下になる。彼女たちも、中流以下の貴族の妻になるより、お前の妻になる方が幸せだ」
それが問題なのですよ、父上。
口には出せないため、心の中で呟いた。
パーティーに出席していた女性たちは、恋人や婚約者がいるのに嫌々、という雰囲気ではなかった。
誰もが、ワタシの妻になることを願い、夢見ていた。
それはつまり、「アテニルザ」ではなく、「ジアノース家嫡男」を見ていることの、何よりの証左。
無礼を承知で言わせてもらうが、金や権力にしか興味がないのだろう。
彼女たちの恋人が誰かは知らないが、誰であれジアノース家よりも格下だ。
今の恋人よりも、もっとよい条件のワタシを。
とどのつまりは、そういうことだ。
至って普通の感情だ。悪いとは言わない。
しかし、ワタシには受け入れがたい。
女性ばかりを貶すつもりはなく、男性も同類だ。二言目には、金、権力、栄誉、地位。
父もそうだ。ウェルサウス家、ベンウェスト家に負けるわけにはいかない。勝たねばならない。
そう言ってはばからない。
「オレは、お前の能力を認めている。兄弟の中では、お前が一番優秀だ」
「ありがとうございます」
「お前がオレの跡を継いでくれれば、ジアノースもより発展するだろう。ウェルサウス、ベンウェストに負けぬほどにな。お前が希望なのだ」
「……ありがとう、ございます」
普通に考えれば、飛び上がって喜ぶべき父の言葉。
兄弟の中で一番優秀と言ってもらえる。
父の跡を継ぐと、ほとんど確約をもらえたようなものだ。
嫡男ではあってもワタシが劣れば、あるいは弟が優秀であれば、弟が継ぐこともあり得る。
大貴族ジアノースの後嗣。
光栄であるはずなのに、ワタシは素直に受け止められなかった。
ジアノース、ジアノース。どこまでいってもジアノース。
「そろそろ、領地の視察の時期だと思いますが、父上はどうされるのですか?」
「どうした、藪から棒に」
「いえ、少し気になりまして。最近は、視察に赴いておられないな、と」
貴族には領地が与えられている。領地を持たない貴族もいるが、ジアノースほどの大貴族に領地が与えられないわけがない。
王都ウェルベールには及ばないものの、広い領地で発展している。
しかし、父はほとんど王都に滞在している。以前は、年に一度は領地の視察に赴いていたが、最近ではそれもない。
父の弟たち、ワタシにとっては叔父にあたる人が治めているので、父が行く必要はないとも言えるが。
それでも、領地や領民を蔑ろにしている気がして仕方ない。
「領地は問題ない。皆がうまくやってくれているのでな。オレがすべきは王都の政。ウェルサウス、ベンウェストの横暴を許さぬことだ」
政と、ウェルサウス、ベンウェスト両家の横暴とを、なぜ結びつけるのか。
結局のところ、権力闘争に敗北したくないのだ。
領地の視察には、少なくない時間を要する。
王都を離れている隙に、ウェルサウスやベンウェストに出し抜かれないか。
そんなことばかり心配している。
あながち間違っていないのが、頭の痛い問題なのだが。
「ウェルサウスもベンウェストも、粗暴で頭の悪い連中ばかり。オレがいなくなれば、何をしでかすか分からん。智を司るジアノース家当主として、王都を離れられんのだ」
これも、間違っていない。
ウェルサウス家は、武を司るだけあり優れた武人が多い。
魔法を司るベンウェスト家も同様だ。優れた魔法使いを数多く輩出する家系である。
ウェルベンジア王国は、決して平和とは言えない。
亜人や魔物の脅威にさらされており、他国との戦争も起きうる。
力に優れた両家は、戦闘では頼りになるのだが、政治となると一歩劣る。
そこで、智を司るジアノース家の出番だ。
ワタシも父も、戦闘はからきしである。とことん向いていない。
反面、智慧はあると自負している。両家の勇み足を止める役目だ。
だから、間違ってはいないのだが……
「父上は常々おっしゃっています。ウェルサウスやベンウェストに負けるな、ジアノースを発展させよ、と。なぜ、両家との協力を拒むのですか? 各々の得意分野を活かし、協力すれば……」
「愚か者がっ!」
ワタシの反論を、父は一喝した。
こうなると分かり切っていて、我慢できなかったワタシが未熟だったな。
「確かに、ウェルサウスとベンウェストの力は頼りになる。が、所詮は力しかない連中だ。我がジアノースの智慧がなければ、まともに戦うことすらままならん」
「ゆえに、御三家の頂点に立つべきはジアノースである……ですか?」
「そうだ。だからこそ、お前は妻を娶りオレの跡継ぎとして……」
話が最初に戻った。
ジアノースの嫡男としての心構え。妻と娶ることの重要性。
飽きるほど聞かされてきた。
まるで、妄執に取りつかれたように繰り返す。ジアノースを発展させよ、と。
「……半年だ」
「は?」
「あと半年だけ待つ。その間に、妻を見つけろ。これは命令だ」
最後通牒か。いつかはくると思っていた。
半年とは、ワタシが二十歳になる日だ。
かなり長めにもらえたと言っていい。父が、ワタシに期待してくれている証だ。
とはいえ、この半年が最後。期限までに結婚相手を見つけられなければ……