最終話 太陽と月
サズマ君がやってきてからしばらくして。
ワタシは国家反逆の罪を背負わされ、処刑されかけた。
クートやサズマ君が必死で町を守り、ワタシを救い出してくれたおかげで、なんとか助かったが。
正直、死を覚悟した。
拘束されていた王都から、ワタシが治めるカララドの町に戻ると、ようやく安堵できた。
「旦那様の帰還祝いじゃ。牢の中では碌な物も食べられなかったじゃろうし、今日はたっぷりと……」
「いや、いいよ。少しだけ食べる」
ワタシが食事を拒否すると、クートはこの世の終わりのような、絶望的な表情になった。
そこまで驚くことかな?
「だ……旦那様がご乱心じゃ! 医者! 医者を呼べ!」
失礼な。ワタシをなんだと思っているのだ。
クートが使用人たちを呼び寄せ、事情を説明すると、皆がクートと同様の反応を示した。
「君たち……」
好き放題言ってくれるものだ。「気が触れた」だの、「頭が狂った」だの、「実は偽物だ」だの。
「……少し、減量しようと思っただけだ。太っていては健康によくないのでね」
「な、なぜ今になって減量を?」
クートの疑問はもっともだ。
カララドの町の領主になって以降、好きなように食べ続け、太る一方だった。
今さら減量すると言い出せば、疑問にも思う。
「一日でも長く、生きていたいからだね」
太り過ぎが健康によくないのは、ワタシも自覚している。早死にするとも。
自覚していてもなお、食べるのをやめられなかったが、これからは我慢する。
ワタシは生きたい。生きて、クートと共に過ごしたい。
驚天動地から冷めやらぬ使用人たちは無視して、クートにだけ聞こえるように告げる。
「クート、今晩の添い寝だが」
「あ、ああ……順番は誰じゃったかの?」
ワタシが夜眠る時は、妻たちに添い寝をしてもらっている。
あくまでも一緒に眠るだけだ。指一本触れはしない。
特注品の広いベッドなので、体が触れ合うこともない。太っているワタシに、クートと妻の一人、計三人が横になっても余裕がある
彼女たちがどう思っているかはともかく、ワタシにとっては子供や孫と一緒に眠るような感覚なのだ。
心が癒されはしても、劣情をもよおしはしない。
何人もいるとさすがに窮屈なので、当番制にしてあるのだが。
今晩は……これからは、変えようと思う。
「クート一人でいい……いや、クート一人がいい」
「だ、旦那様?」
「今晩、君を抱かせてくれないか?」
ずっと、クートを抱かずにいた。
クートのために。ワタシのために。
色々と理由をつけていたが、臆病なワタシが決断できなかっただけだ。
五十近いワタシが、どれだけ生きられるかは分からない。
まあ、長くはないと思う。ワタシは太り過ぎているし、今さら健康に気を遣ったところで、どの程度の効果が見込めるか。
明日にでもポックリ逝ってしまってもおかしくない。
病気ではなくとも、今回の事件のように命が脅かされることはある。
だから、後悔だけはしないように生きよう。
「ワタシは、クートと本当の意味で結ばれたい。君が欲しい」
これから先の短い人生を、愛する人と共に。
命尽き果てる日まで。
「う……うわああああああああああああああああああああああああああああん!」
ワタシがクートを抱きたいと告げた途端、彼女は号泣し出した。
これに驚いたのは使用人たちだ。「アテニルザ様に続き、クートさんまで!?」とか、「鬼の霍乱だ!」とか。
うん、ワタシやクートがどういう風に見られているか、よく分かる。
使用人たちがクートをあやし、泣きやまそうとするも、彼女は泣き続ける。
ここまで待たせてしまったのだな。
「クート」
「だんなざま……うれじいのじゃぁ……」
クートの涙をぬぐってやり、軽く口づけする。
様にならないだろう。豚のように太った中年の男と、十歳ほどの美少女だ。
年齢も、外見の美醜も、種族すらも。
何もかもが異なる二人だが、共通するのは互いを愛する心。
「ワタシが死ぬ日まで、最期の最期まで、一緒にいてくれるかい?」
「……はい、旦那様」
泣きながら、照れ臭そうにしながら、クートは返事をしてくれた。
誰が言っていたのだったか。人間の笑顔で最も美しいのは「照れ笑い」だと。
今のクートは、確かに美しかった。
ワタシが出会った金色の王。
誰にも跪かず、頭を垂れず、へりくだらず。
気高き女王のようだと感じた。
ワタシと同じ銀髪銀眼になっても、やはり美しく気高い。
金が太陽であれば、銀は月か。使い古された比喩表現だが、どちらも持っているのはクートくらいだろう。
ワタシは、銀の貴公子などと呼べる年齢でも外見でもなくなってしまったが。
クートはいつまでも、ワタシだけの太陽であり、ワタシだけの月だ。
彼女と出会えた人生は、きっと幸運であった。
以上で本作は完結です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




