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十七話 交わされない夫婦の契り

 ワタシには二人の妻がいる。クートとカラだ。

 クートは魔物で三百年も生きているらしいが、外見は十歳ほどの少女。

 カラは人間であり、わずかに八歳。

 ワタシは三十歳なので、これだけを聞くと卑劣な男としか思えない。

 年端もいかぬ幼い少女だけを愛でる、幼女趣味の卑劣な男だ。


 確かに、ワタシは子供が好きだ。それは認めよう。

 しかし、子供に手を出すほど落ちぶれてはいない。子供の純粋な笑顔を見られるだけで満足だ。


 だからこそ、カラを抱くつもりはないし、一生束縛し続けるつもりもない。

 カラが成長すれば、いずれは他の男性を好きになり、結婚も考えるだろう。

 その時は二人の結婚を認め、祝福する。

 そしてこれは、クートにも言えるのだ。


「だ、旦那様……その、いつになれば我を……」


 カララドの町の領主となり、クートとも結ばれた。

 にも関わらず、ワタシはクートを一度も抱いていない。

 クートが大切だからこそ、夫婦として話し合わねばならない問題だ。


「ワタシは、クートを抱こうとは思わない」

「なぜじゃ? 我が嫌いか? もしくは、魔物を抱くなど気持ち悪いか?」

「愛しているし気持ち悪いとも感じないが、だからこそ抱けないのだ。理由は二つある」


 一つは、クートの体が小さいことだ。

 十歳ほどであり、見ようによっては一桁と言っても通じる。事実、カラと比較してもそこまで大差はない。


 大人の男を受け入れるには幼過ぎる。

 可能か不可能かであれば、おそらく可能なはずだ。相当無理をすれば。


「我は魔物じゃし、人間よりも頑丈にできておる。少々無茶をしたところで壊れぬぞ」

「壊れないからよいという問題でもないのだよ」


 それに、二つ目の理由もある。

 ワタシとクートは寿命が異なる。一生を添い遂げることは絶対にできないのだ。

 ワタシが老いてもクートは今のまま変わらず、ワタシが死んでも生きていかねばならない。


 夫婦の(ちぎ)りを交わしてしまうと、忘れたくても忘れられなくなるだろう。

 万が一、子供でもできてしまえばなおさらだ。

 人間と魔物の間に、子供ができるかどうかは知らないが。

 とにかく、抱けば一層絆が強くなると同時に、クートの重荷にもなる。


「ひと時の満足感と引き換えに、後悔したくないのだ。こればかりはワタシも譲れない」

「……分かった。じゃが、我は待っておるぞ。何年でも待とう」


 女性の口からここまで言わせてしまい、申し訳なくなる。

 それでもワタシは、決断をひるがえさない。エゴであるとしても譲れない。





 領主としての仕事は、思いのほか順調であったと言えよう。

 もちろん、うまくいかないことはいくらでもあった。失敗だって何度も経験したが、結果だけを見れば大成功だ。


 冒険者ギルドの設立はうまくいき、軌道にも乗った。

 領主として町を発展させ、人口が増えた。

 手前味噌になるが、領民から慕われる領主となれている。


 カララドの町の領主となってから二十年ほど。

 二十年で挙げた成果としては十分だろう。

 ただ、慕われることと舐められることは別問題であり、後者は放置できない。


「旦那様、例の組織を潰したぞ」

「ご苦労だった。怪我はないかい?」

「我ならば問題ない。商品になっておった人間は、人によりけりじゃな」


 クートの口から「商品」の単語が出たように、例の組織とは非合法の人身売買を行っていたのだ。

 被害者たちは肉体的、精神的に傷ついているだろう。

 組織を潰したからといって、被害者が完全に救われるわけではない。


「犯罪者どもの処罰はいいとして、被害者はどうするのじゃ?」

「大怪我をしている者、心に深い傷を負っていそうな者は、最優先で保護する。他は、ワタシ一人では手に余るし、周囲にも頼ろう。冒険者ギルドに預けるなどね」

「カラに文句を言われぬか? 押し付けてきた、とな」


 ワタシの二人目の妻だったカラだが、今では結婚してワタシの元を去った。

 冒険者ギルドの職員として働きながら、夫と新婚生活だ。

 まあ、肝心の夫は長期出張に行ってしまったのだが。


「カラといえば、今回の件には冒険者崩れの者が関係しておったの。割かし有能ではあったが、性格に問題があったようじゃ」

「ならば、ますますちょうどいい。新たな冒険者を補充する名目で、カラに押し付けてしまおう」

「よい案じゃの。さすが旦那様」


 二十年以上の付き合いとなる今でも、クートがワタシを全肯定するのは変わらない。

 愛してくれているようで嬉しいのだが、申し訳なさも募る。

 ワタシが理想的な夫であるとは口が裂けても言えない。迷惑をかけっぱなしだ。


 二十年以上、一度も抱いていないこと。

 ワタシがぶくぶく太り、豚のように醜悪な外見になってしまったこと。

 事情を抱えた少女を次々と妻にしていること。


 領主としては尽力しているつもりだが、男として、夫としては失格だ。

 ……考えても仕方ないか。ワタシが選んだ道だ。


「次の話題に移ろう。グラナ・ザッグの娘の話はどうなっている?」

「正式に決まりはしたが、護衛だけは首を縦に振らぬの。自分たちで雇うので金をよこせの一点張りじゃ」


 ワタシには、新たな妻が一人増えることになっている。

 それが、グラナ・ザッグという貴族の娘だ。まだ十三歳の可愛らしい娘。

 五十近い年齢になったワタシが十三の少女を妻にすれば、犯罪としか思えない。


 本人は今頃、絶望の淵に沈んでいるだろう。昔のカラのように。

 これは、クートや他の者に任せる。ワタシも話し合ってみるが、時間をかけて信用を築き上げていく必要があるため、一朝一夕では解決しない。


 それはいいとして、妻にするにあたり起きている問題だが。


「……妻になる少女のために、ワタシが道中の護衛を出すと言っても聞かず、自分たちで護衛を雇いたいか。考えられる理由としては、金が欲しい?」

「そうであろうの。金のために、実の娘まで売るような親じゃ」

「分かった、条件を呑もう」

「よいのか?」

「あまり時間をかけたくないからね」


 仕事は多いのに、一つの問題にだけ時間をかけるわけにはいかない。


「さて、次だが……」


 ワタシはクートに協力してもらいながら、仕事を進めていく。

 歳を取り、死ぬ日も近付いてきているが、最期を迎えるその日まで。

 小さな事件はあれど、特筆すべきことはなく、このまま。


 と思っていた矢先に、面白いことが起きた。

 不思議な青年が、ワタシの元へやってきたのだ。

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