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十六話 二人の妻

 カララドの町の新領主となったワタシは、目まぐるしい日々を送り、あっという間に数年の歳月が流れた。


「の、のう、旦那様よ。非常に言いにくいのじゃが……」

「なんだい?」


 領主の館で朝食を取るワタシに向かって、クートが恐る恐る話しかけてきた。


「少々、食べ過ぎでは?」


 朝の食事は、一日働く上で重要だ。ワタシはたっぷりと食べるようにしている。

 王都を離れたおかげかジアノースの名を捨てたおかげか、カララドの町の領主になってからは、ワタシの体調は見る見る快復した。


 食欲も健康だった頃と同じように戻った。

 いや、昔よりも明らかに食事の量は増えている。今だって、ワタシの朝食は軽く五人前はある。

 クートの言う通り、食べ過ぎだと理解してはいるものの、やめられないのだ。


 食事とは、こんなにもおいしい物だったのか。

 毎度の食事が楽しみでならない。ゆえに食べ過ぎてしまう。


 そして、食べれば太る。人間なのだから当然だ。

 クートに「骸骨男」と呼ばれていた頃の面影はなくなり、恰幅が良くなった。

 ……いささか太り過ぎの自覚はある。


「やはり、減らした方がよいかな?」

「我は、旦那様が太ろうと痩せようと構わぬ。我の愛が色褪せることはないのじゃが……」

「ダメですよ、クートさん。アテニルザ様を甘やかしては」


 ワタシとクートの会話に割り込んでくる者がいた。

 彼女の名前はカラといい、ワタシの二人目の妻である。年齢は八歳だ。

 この話をすると、ほぼ確実に軽蔑の眼差しで見られるが致し方ない。

 他の貴族が八歳の少女を妻にしているとなれば、ワタシはその者を軽蔑する。


 念のために言っておくが、ワタシは幼女趣味ではない。

 クートだから好きになったのだ。幼いから好きになったのではない。

 ところが、周囲にはそう思ってもらえないようで、ワタシは年端のいかぬ子供しか愛せないという噂が広まっている。


 すると、稀にいるのだ。ワタシに少女を貢ごうとする者が。

 カラもワタシへの貢ぎ物として渡されたため、クートに次ぐ二人目の妻とした。


「アテニルザ様、食べ過ぎはお体によくありません。五人前から一人前に減らすのが大変なら、せめて少しずつでも減らしましょう」

「しかしだね、カラ。残すのはもったいないだろう? 料理を作ってくれた者にも申し訳ない」


「明日……いいえ、本日の昼食から減らしましょう」

「しっかり食べておかないと、仕事に集中できなくて……」


「言い訳は結構です。減らしますよね?」

「……はい」


 八歳の少女にお説教される、三十歳の男。あまりにも情けない絵面だ。


「すまぬ、旦那様。我の教育が行き届いておらぬようじゃ。カラには、旦那様の偉大さをこれでもかと教え込んだつもりじゃったが」


 それは、教育ではなく洗脳では?

 クートは、ワタシのやることなすこと全てを肯定する。

 食事の量を注意されたのは珍しく、普段は見逃してくれる。


 それだけ愛してくれている証拠でもあるが、ワタシを全肯定するクートに教育を任せると、カラまで同じように育つ。

 よって、家庭教師役の者を何人かつけているため、洗脳されずに済んでいるのだろう。


「私は洗脳されません。先生方にも注意するよう教わりました。アテニルザ様もクートさんも尊敬はしていますが、ダメなことはダメと言います」


 カラは、八歳にしてはしっかりとした考えを持つ。

 ワタシの妻になってから日は浅いが、元気になってくれたようでよかった。

 どうしてか口うるさくもなってしまったが、些細な問題だ。


「カラは、すっかり元気になったね」

「はい! 今は、凄く幸せです!」


 社交辞令ではなく、本心からの笑顔でカラは答えた。

 彼女を妻にして正解だったな。


 王都を離れたとはいえ、人間関係の煩わしさが消えたわけではない。

 ワタシを快く思わぬ者はいるし、おこぼれに預かろうとする者もいる。

 善人もいれば悪人もいる。よき風習もあれば悪しき風習もある。

 人間社会の必然と言えよう。


 賄賂を贈る風習もあったようだが、ワタシが領主になったからといって、いきなり全てを禁止するわけにはいかなかった。

 清廉潔白を貫こうと思えばできなくはない。が、必ず軋轢が生じる。

 清濁併せ呑む必要があった。急激な改革は混乱しか生まない。


 カラを渡された時も、諸々の事情を考慮に入れて引き受けた。

 全てを受け取るわけにはいかず、全てを拒否するわけにもいかない。

 さじ加減が難しい問題だ。


 ワタシの妻になったカラだが、当初は人生に絶望した暗い表情をしていた。

 八歳の子供がする表情ではない。痛ましく思ったものだ。

 だが、カラが絶望する気持ちは理解できる。妻とは名ばかりで、実態は奴隷に等しいのだから。


 ウェルベンジア王国では、奴隷は法律で禁止されている。それでも、身分差のある者同士が結婚すれば、妻は夫に服従しなければならない。

 名前だって、「カラ」とはワタシが名付けた。元の名を捨てさせ、ワタシの物であると示すために。


 もちろん、ワタシはカラを奴隷のように扱うつもりは一切ない。

 そもそも指一本触れていない。八歳だからではなく、今後も彼女を抱くことはないだろう。


 ワタシはカラを愛している。それは男女の愛ではなく、親が子に抱く愛だ。

 今でこそワタシの妻となっているものの、好きな男ができれば祝福する。

 そして、カラが幸せになれるように教育も施している。

 一つ問題があるとすれば。


「旦那様は、カラに甘いのじゃ。やはり幼い女子(おなご)が……」


 ワタシが幼女趣味であるとクートにまで思われていることだ。

 今さら払拭するのも難しく、ワタシは生涯幼女趣味の汚名と付き合っていく。

 まあ、好都合と考えよう。カラのような子供を救えるのだから。

 子供の笑顔を見れば心が満たされるし、ワタシも喜ばしい。


 この方法では女の子しか救えなくなるため、男の子は別のやり方を考えねばならない。

 幼女趣味に加えて、幼い少年まで愛する趣味があると広まってしまうのは……いくらなんでも受け入れがたいのだ。物事には限度がある。

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