十五話 左遷という名の解放
ドラゴンを討伐するために結成された三千人の部隊は、ドラゴンの首を持って王都に凱旋した。
討伐したのではなく自然死したのだが、それを言うのは野暮だ。我々が討伐したことにしてある。
こちらの犠牲者は奇跡的にゼロ。クートがうまく手加減してくれたおかげだ。
本人曰く、「人間を殺せば旦那様に嫌われると思った」らしい。
一難が去り、次なるワタシの課題は、どうやってクートと結ばれるか。
クートは、さすが魔物というか発言が物騒だった。
「我が護衛をしてやろう。旦那様の敵対者をことごとく殺してやってもよい。旦那様に嫌われさえしないのであれば、いくらでもやる。なんじゃったら、王の座も捧げるぞ?」
「頼むからやめてくれ」
こんな会話があり、クートを思いとどまらせることに成功した。
クートに頼めば、ワタシはあらゆる物を手に入れられるであろう。彼女の言う通り、王の座すらも。
それだけの力がクートにはある。
「力があるからこそ、やってはいけない。ワタシが愛したのは『弱き者を守るのは、強き者の役目』と言えるクートだ」
「じょ、冗談じゃ。やらぬから我を嫌いになるのは……」
「嫌いになどならないさ。だから、クートもそこまで萎縮しないでもらいたい。以前のように振る舞ってくれないか?」
「難しいが、やってみよう」
クートとの距離感をいまいちつかみにくいが、うまくやれていると思う。
問題があるとすれば、どうやって結ばれるかだ。
ワタシが取った手段は、ジアノースの名を捨て別の町に移り住むことだった。
ウェルベンジア王国の辺境にある町、カララド。
辺境にあるせいで、亜人や魔物の被害も多い。カララドの町の領主も頑張っているようだが、力及ばないのだ。
領主はお年を召された人であるため、世代交代する必要がある。
ワタシが新しい領主になろうというわけだ。
辺境の町の領主になるなど、要するに左遷と同義である。本来は、栄えあるジアノース家の者がなるべきではないが、ワタシの場合は自分で望んでいる。
冒険者ギルドの設立も、辺境であればやりやすい。
領主の権力を得て改善に着手する。失敗しても被害はカララドの町だけで収まり、成果を出せば国にも認めてもらえるだろう。
無論、領民のためにも失敗させる気などないが。
クートを妻にするのも、ジアノースの名に縛られていなければやりやすい。
周囲の者、とりわけ父を説得するのは骨が折れたが、なんとかした。
ワタシは、アテニルザ・ジアノース改め、アテニルザ・カララドとして生きる。
王都を離れ、カララドの町の領主として町と同じ名を冠するのだ。
仕事の引き継ぎも終えたし、世話になった人に別れの挨拶もした。
もっとも、ジアノースではなくなったワタシなど、他の貴族にとっては相手をする価値もない。
面と向かって嫌味を言ってきた者はまだマシだ。表向きは別れを惜しみつつ、内心では何を思っていたのか分からぬ者も多い。
最後に挨拶をするのは、一番ご迷惑をおかけした上役の貴族だ。
「長い間、お世話になりました」
「慌ただしいな。ついこの間、療養から帰ってきたばかりだと思えばドラゴンの討伐に赴き、次は辺境の領主とは。冒険者ギルド設立の件といい、生き急いでいるように見える」
確かに、少し前のワタシは生き急いでいた。
病のせいでどれだけ生きられるかも定かではない。命あるうちに全てを行おうとした。
「今は違いますよ。ワタシは長生きするつもりです」
「愛する者のために、か?」
「はい」
「いい顔をするようになったな。気力に満ちた顔つきだ」
彼は認めてくれたが、すぐに肩をすくめ首を振る。
「それだけに残念だ。有能な人間がいなくなれば、仕事が滞る」
「引き継ぎは行いましたが?」
「処理能力が雲泥の差だ……俺も、過労死する前に仕事を辞めるか」
「本気ですか? まだまだ働けるでしょう」
「そうでもないな。さすがに老いたと感じるし、近いうちに辞めようとは思っていた」
ワタシたちが二人そろっていなくなるのか。
……ま、まあ、王都には多くの貴族がいるし、無能ばかりでもない。なんとかなるだろう。
一人や二人が抜けたせいで破綻するようであれば、どの道ウェルベンジア王国は長くない。
長い歴史を誇る我が祖国は、そこまで惰弱ではないはずだ。
「達者でな」
「あなたも」
上役の貴族への挨拶を終え、これで本当にやることはなくなった。
辺境へと左遷されるワタシは、代わりに様々なしがらみから解放される。
無論、ワタシが貴族であることは変わらないし、領主の仕事もするわけだが。
それでもやはり、「解放」という言葉を使いたくなった。




