十四話 銀髪銀眼
ドラゴンをどうすべきか、ワタシが考えていた時だ。
酷く物悲しい咆哮がここまで届いた。
「今のは?」
「……そうか」
疑問を浮かべるワタシとは対照的に、クートは何かを察していた。
「喜べ。お主にとっては最良の結果となった。ドラゴンは子を産めず、たった今命を落としたようじゃ」
クートの声は沈んていた。悲しんでいるのだろう。
「首でも斬り取って持ち帰るがよい。退治した証としての。肉体は我が弔う」
ドラゴンの巨体を全て持ち帰るのは難しいし、最初から首だけにする予定だった。
ワタシたちにとっては願ってもない結果になったわけだが。
「君は……いや、ワタシの知るクートという魔物は、以前こう言っていた。『弱き者を守るのは、強き者の役目』と。しかし、守れなかったからといって気に病む必要はないと思う。できる限りのことはやったのだから」
「慰めておるつもりか? 片腹痛いの。我は気に病んでなどおらぬ」
「では、なぜそのような声を? 今にも泣きそうな声になっている」
頭陀袋を被っているせいで、クートの表情は判別できない。
言葉も態度も毅然としているし、悲しんでいるようには見えないが、声は違う。
些細な変化ではあるが、泣きそうになっているのがワタシには分かる。
「生意気な骸骨男じゃ。我は泣いておらぬ。泣いてはおらぬが……子を産んで欲しいとは思っておった。そこだけは残念じゃ」
「弱き者を守るために?」
「……自覚のない奴はこれじゃから困る」
「ワタシが何を自覚しろと?」
問いかけても、クートは無言だ。
かと思えば、おもむろに頭陀袋へと手を伸ばし、するりと。
あれほど嫌がっていたのに、顔をあらわにした。
「その髪は……」
真っ先に気になったのは、クートの髪だ。
ワタシの知るクートは金髪だった。金糸のように細く美しい髪が、今は銀色になっている。
髪だけではなく、瞳の色も変わっている。金眼から銀眼へと。
顔は変化していないが、髪と瞳が変化している。
銀髪銀眼。
それは、ワタシと同じ色だ。
「予想外じゃった。あり得ぬと思っておった。まさか、魔物の我に、恋などという感情が芽生えるなど。自らの外見すら変化させるほど骸骨男を懸想するなど」
「恋? 懸想? まさか、ワタシに?」
「他に誰がおる。絶対にあり得ぬと思ったのじゃ。気の迷いじゃと。離れれば、すぐに忘れると思ったのに、ちっとも忘れられぬ」
「ジアノースの町を去ったのは……」
ワタシを愛してしまったから? ワタシを忘れるため?
そのような素振りは一切見せていなかったのに。
「訪ねろと言われたので、仕方なく様子を見に行った。本当はお主が忘れられぬからじゃが、訪ねろと言われたからと自分に言い聞かせての。お主は相変わらずの骸骨男じゃった。おまけに、病で苦しいなら大人しくしておればよいものを、何やらやらかそうとしておる。冒険者ギルド? わけの分からぬもののために、命を賭してどうする。しかも、我の言葉が原因じゃと? 確かに、『弱き者を守るのは、強き者の役目』とは言ったの。言ったが、お主の命を賭けろという意味ではない!」
王都を訪ねてくれていたのだな。ワタシに見つからないよう、隠れて様子を見たのだろう。
興奮しているのか、クートの声が徐々に大きくなる。
「弱いくせに、病で苦しいくせに足掻きおって! 見ておるこちらが耐えられなんだわ! そして気が付けば、この有様じゃ! 基本的に我の容姿は変わらぬ! 変わらぬはずだというのに、お主と同じ色になったのじゃぞ! もはや言い逃れすらできぬ! 認めるしかない! 我はお主を愛しておると! 自分の感情すら制御できなくなり、遠くへ逃げ出そうとした! 魔物が人間を愛するなどあり得ぬし、結ばれるなどさらにあり得ぬ! 逃げてここへたどり着き、あのドラゴンに出会ったのじゃ! 命を賭して子を産もうとしておるドラゴンがお主に重なり、我は守ってやりたくなった! これが全てじゃ! 満足したか!? したなら帰るがよい!」
一気呵成にまくしたてたクートに、なんと声をかければいいのか。
クートの気持ちは嬉しい。ワタシだって、彼女を愛しているのだ。
事情があるので結ばれることはないと思っていた。
人間と魔物という種族の差。
ワタシがジアノースであるという事実。
気高き女王を一人の人間が手に入れるには、あまりにも恐れ多いという気持ち。
理知的に判断して、ワタシは自分の感情を封じ込めたのだが。
「……情けないな」
「笑いたければ笑うがよい! どうせ、我は滑稽じゃ!」
「違う。情けないのはワタシだ」
女性にここまで言わせておいて、自分は言い訳を重ねて逃げようと?
それを理知的とは言わない。情けないにもほどがある。
「ワタシは、クートを愛している」
はっきりと、気持ちを告げさせてもらった。
クートは目を丸くして驚いている。
「ど、同情などいらぬ! それとも、お主はあれなのか!? 我のような幼い女が好きだと!? 業な性癖を持っておるものじゃ!」
「子供は好きだ。裏表がないからね。しかし、クートを好きになったのは幼いからではない」
美しいとは思った。銀髪銀眼になった彼女も、間違いなく美しい。
美しい女性は嫌いではないし、クートの容姿も好ましく感じるが。
それが一番の理由ではない。
「クートだからこそ愛している。同情ではない。ワタシと共にきてくれないか?」
これがワタシの気持ち。愛の告白。
アテニルザとして、産まれて初めて女性を好きになった。
「ふ、ふむ、仕方ないの。美しいとは罪じゃな。骸骨男すら虜にしてしまうとは」
強がる姿が愛らしい。
とりあえず、受け入れてもらえたようだ。
ワタシとクートが結ばれる道のりは険しいだろうが、二人で乗り越えよう。
「これからよろしく、クート」
「うむ……旦那様」




