十三話 最期の望み
ワタシが目にしたのは、地面に倒れ伏す二千の者たち。
ピクリとも動かず、一見すると死んでいるとしか思えないが、よくよく観察すれば胸が上下しているので生きていると分かる。
死屍累々の惨状を引き起こしたと思われる魔物も、確かにいた。
報告通り鋼の巨人だ。巨人の背後にはドラゴンの姿もある。
どちらがやったのか、ここら一帯の樹木はなぎ倒され、ドラゴンの寝床になっている。
寝床から動かないドラゴンと、それを守っている鋼の巨人。
守っているのだ。少なくとも、ワタシの目にはそう見える。
これはやはり、彼女の仕業であろう。
「ワタシは、アテニルザ・ジアノース。話し合いをしにきた」
ワタシの外見と名前、片方でも覚えてくれていれば応じてもらえるはず。
「……こちらへ」
鋼の巨人が発した声は、なるほど確かに女性のものだ。
そして、ワタシのよく知る声でもある。若干くぐもってはいるが、間違いない。
鋼の巨人が歩き出し、ワタシも後ろに続く。
倒れている者たちには、しばし耐えてもらおう。ワタシ一人で二千人を救うことは不可能だ。
後方の部隊と合流し、治療する必要がある。
だがまずは、鋼の巨人だ。
身長はワタシの十倍はあるだろう。なのに、前を歩く鋼の巨人は一切の足音を立てないし、地面が揺れることもない。常識ではあり得ない現象だ。
しばし歩けば、鋼の巨人はふっと姿を消した。
幻だったようだ。だからこそ、足音もせず、攻撃も一切通じなかった。
鋼の巨人に代わり姿を現したのは、小柄な少女……だと思われる。
断定できないのは、彼女の顔が原因だ。
「クート……かい? なぜ、そのような物を被っているのだ?」
彼女は、茶色い頭陀袋を頭からすっぽりと被り、首から上を覆い隠している。
目の辺りに小さな穴が二つ空いているが、小指の先ほどの大きさだ。
あれで前が見えているのだろうか?
「……我は、クートなどという名ではない」
「いや、クートだろう。顔は見えないし、袋のせいで声もくぐもっているが、ワタシは間違えない。顔を見せてくれないか?」
「嫌じゃ!」
かなり強い拒絶があった。何か事情があるのかもしれない。
怪我でもして、二目と見られない顔になっているとか。
「ワタシは、クートが顔を怪我していようと火傷で焼けただれていようと気にしな……」
「阿呆か! 我は美しいままに決まっておろうが! お主のような骸骨男と同じにするでない!」
「やはりクートではないか」
「違うのじゃ!」
どこまでも認めないつもりか。何がそこまで彼女を頑なにさせるのだろう。
「分かった。君はクートではないし、顔を出すのも嫌ということで理解した」
「本当じゃな? 無理矢理袋をはがそうとはせんか?」
「しない」
「嘘であれば、眼球をえぐり出すぞ」
「そこまで見られたくないのかい?」
「他の者であれば構わぬが、お主だけはダメじゃ。絶対にダメじゃ」
ワタシだけがダメ。この言葉には、さすがに傷ついた。
クートにここまで拒絶される理由が思い当たらない。
「うぅ……そ、そのような顔をしてもダメじゃ」
「ワタシは、どのような顔をしていた?」
「親に捨てられた幼子のような顔じゃ」
自覚はなかったが、そのような顔になっていたのか。かなり重症だな。
まあ、ワタシの恋心は、今は関係ない。クートと話し合わなければ。
「君は、あのドラゴンを守っていたのだな? だからワタシたちを攻撃した」
「そうじゃ。ドラゴンは子を産もうとしておる。ゆえに、この山にきた」
「そこを人間に発見されたのか」
人間に被害が出たのも、身を守るためだったのだ。
「クートは、ドラゴンが無事に子を産めるように守っていたと?」
「少し違うの。死にゆくドラゴンの望みを叶えてやろうと思ったのじゃ」
「死にゆく? ……そういえば、ドラゴンは命を賭して子を産むのだったか」
ワタシが書物で得た知識では、そういう話になっている。
子を産むと同時に、親のドラゴンは命を落とすと。
ところが、クートは否定する。
「お主の知識は間違っておる」
「しかし、君もドラゴンを『死にゆく』と言っていたが」
「因果関係が逆なのじゃ。子を産むから死ぬのではない。死期を悟るからこそ、最期に子を産もうとする」
それは、ワタシが知らない知識だ。ワタシだけではなく、誰も知るまい。
「さすが、三百年も生きているだけあるね。クートは博識だ」
「ふふん、そうであろう」
自慢げに胸を張るクートだが、ボロが出ている。
「クートではなかったのでは?」
「……ゆ、誘導尋問じゃと!? おのれ、卑怯な!」
「すまないね。クートではない。君はクートではないとも」
「おのれ……骸骨男に虚仮にされるとは……」
顔を見せてくれないことへの意趣返しだったが、この辺にしておこう。
機嫌を損ねてしまうと大変だ。
「話を戻すが、君はドラゴンの最期の願いを叶えようとしていた?」
「誰にも出産を邪魔されぬようにの。無事に子を産めるかどうかは、我には分からぬ。あやつ次第じゃ」
「失敗するかもしれないと?」
「死期を悟っており、じきに死ぬのじゃぞ。弱った状態では出産もままならぬ。そこは人間と同じじゃよ。ゆえに、ドラゴンの数は非常に少ないのじゃ」
魔物と人間が同じ。クートだから言える言葉だ。
「お主らは去るがよい。先ほどは加減してやったが、次は命を奪うぞ」
「そういうわけにはいかない。ワタシたちは、人間の脅威となるドラゴンを退治するためにきたのだ。じきに死ぬとはいえ放置できない。子供のドラゴンも、将来的に脅威となるので倒さなければならない」
「我と戦うと?」
「それも、できれば避けたいのだが」
「わがままな奴め」
ドラゴンを放置して帰ることはできず、クートとも戦えず。
何かいい手段はないだろうか。




