十二話 未知なる脅威
御三家の足並みが揃わぬことは頭が痛い。
グラドクス殿とミガードル殿が平等になるよう、作戦を考える必要がある。
斥候の者からもたらされた情報によると、ドラゴンはドラゴンでも下級ではないかと考えた。身体の大きさ、鱗の色、住処の様子などを加味して判断した結果だ。
下級のドラゴンであれば、ドラゴンの代名詞とも言える火のブレスを吐かないし、鱗もさほど強固ではなく武器による攻撃が通る。
ならばいっそのこと、数に任せて攻める方がよさそうだ。
三千人の部隊を三つにわける。
グラドクス殿には千人を率いてもらい、ミガードル殿も同じく千人を。
残る千人は後方待機とする。ワタシのように戦えない者や、物資の運搬、管理を担当する者に、これを守る兵だ。
強い将に率いられた二千人の部隊であれば、下級のドラゴンになら勝てる。
策と呼べる策ではない。力によるごり押しだし、ワタシが赴いた意味がない。
唯一意味があるとすれば、クートの存在だ。
強力な魔物と聞いた時、ワタシはクートではないかと疑った。
だからこそ、跡継ぎにならない弟に任せることもできたのに、あえて志願した。クートであれば、彼女と話し合うために。
しかし、魔物の正体はドラゴンであった。
それが確認できただけでも収穫だ。あとはグラドクス殿とミガードル殿に任せよう。
作戦も決まり、ワタシたちはハムザム高山にたどり着いた。
時折襲い掛かってくる魔物を蹴散らしつつ、山を登る。
山頂まで行くと雪が覆っており大変だが、幸いドラゴンがいる場所は山腹だ。
途中で山道を逸れ、木々を分け入って進む。
三千人が通れるようにはなっていないので苦労するが、どうにか進軍を続け。
そしてついに、ドラゴンの住処の近くに到着する。
「行くぞ! このグラドクス・ウェルサウスに続け!」
「ウェルサウスに負けてはならん! ベンウェストの力を見せてやるのだ! ミガードル・ベンウェスト隊、突撃!」
グラドクス殿、ミガードル殿両名の率いる部隊が突撃する。
ワタシは予定通り後方で待機だ。戦えないワタシにできることはなく、勝利の報告を待てばいい。
だが、予想外の事態が起こる。
攻め入った部隊から、ボロボロの姿になった騎士が戻ってきたのだ。
「グラドクス殿、ミガードル殿共に敗れました!」
「なんだと!?」
一人の貴族が声を張り上げたが、ワタシも悲鳴を上げたい気分だ。
あの二人が負けた? 攻め入ってから間もないのに?
二千人の部隊を相手にして、この短時間で全滅させたと?
「下級のドラゴンではなかったのか? ワタシの推測が誤っており、ブレスで一掃されたとでも?」
「そ、それが……ドラゴンもいましたが、他の魔物もいました」
「少々の魔物がいたところで、二千人ならば」
「見たことのない魔物だったのです。ドラゴン以上に巨大で……例えるなら、鋼の巨人とでも申しますか……」
鋼の巨人? そのような魔物は、ワタシも知らない。
「どのような攻撃を加えても微動だにせず、そのうちに二千の部隊が次々と倒れていきました。ドラゴンに敗れたのではありません。鋼の巨人に敗れたのです」
ドラゴン以上に脅威となる魔物がいた。二千人を一蹴するほどの、未知なる魔物が。
残っている千人では、手の打ちようがない。退却すべきだ。
「グラドクス殿たちには申し訳ないが、ワタシたちは退却しましょう。彼らの死を無駄にしないためにも、情報を持ち帰……」
「お、お待ちください! おそらく死んではおりません!」
ワタシの言葉を遮って、騎士は叫んだ。
「どういうことだ? 敗北したのではなかったのか?」
「確かに敗れたのですが、気を失っているだけといいますか……運悪く命を落とした者もいるかもしれませんが、大半は生きているかと」
魔物が人間の命を気遣うなどあり得ない。
ましてや今回は、攻め込んだのはこちらだ。魔物からすれば、縄張りを荒らす侵略者を庇う意味はない。
「しかも……人語を操ったのです」
「まだあるのか!? 一体、何が起きている!?」
あり得ない事態の連続に、貴族たちは慌てふためいている。
知らない魔物がおり、二千人を全滅させた。しかし命は奪っておらず、人語を操った。
どれもこれも信じられない。話している彼が混乱しており、デタラメをまき散らしていると考える方が辻褄は合う。
「自分がこうして逃げ出せたのは、偶然ではありません。鋼の巨人は、伝令役としてあえて自分を逃がしたのです。『帰るのであれば見逃す。そう伝えろ』と。くぐもった声でしたが、まるで女性のような……いえ、それどころか幼い少女のような声にも聞こえました」
「幼い……少女?」
もう一つあった。辻褄の合う説明が。
彼女であれば、今の事態にも納得がいく。
二千人が敗れたことも、なのに気絶だけで済んでいることも。
鋼の巨人だって、彼女の力によるものではなかろうか。
「……ワタシが行きます。人語を操るのであれば、話も通じるでしょう」
心当たりがあるとは言えず、話をするために行くと提案した。
「皆は待っていてください。ワタシは、グラドクス殿やミガードル殿を助けに行きます」
「危険ですぞ! せめて護衛を!」
「不要です。二千の部隊を壊滅させる化け物を相手に、護衛が十や二十いたところで役に立ちますか?」
というか、護衛がいてもらっては困る。腹を割って話し合いたいのだ。
ワタシは単身、彼女に会いに行く。
もしも勘違いであれば殺されるかもしれないが、その時はその時だ。




