十話 命を削って
ワタシの復帰はすんなり認められた。
自分で言うのもなんだが、ワタシは文官として有能であったし、そもそもジアノース家の人間の復帰が認められないわけがない。
弱った体を酷使して、仕事に追われる日々を過ごす。
仕事はよいのだ。疲れはするが、働けているという充足感も得られる。
やはり、人間関係が厄介だ。
ワタシの復帰を知った貴族たちは、次々に祝いの言葉を贈ってくれた。
ジアノース家の派閥の者たちなど特にだ。ワタシが去り、肩身の狭い思いをしていたが、これで状況が改善すると歓喜していた。
ウェルサウス家、ベンウェスト家の派閥に属する者とて、表向きはワタシを歓迎している。
仕事そのものよりも、周囲の者たちの相手に労力を割かれるのは辛い。
建設的な意見をぶつけ合うならまだしも、やっているのは権力闘争。
これが嫌だったのに、王都に戻った途端に巻き込まれるのだから、ワタシは所詮ジアノースなのだろう。
まあ、病気を理由にパーティー等は断れるため、そこは助かるが。
今のワタシは、文字通り命を削りつつ職務を全うしている状態だ。
そして、一つやりたいことがあり、上役の貴族にも相談してみた。
ワタシの父よりも年上で、六十近い年齢だったはず。貴族としての身分は低いが、ここまで成り上がった叩き上げの人物だ。
彼に相談したものの、反応は芳しくなかった。
「冒険者ギルド……そのようなものに、なんの意味が?」
「市井の人々に仕事を与えるのです」
ワタシがやりたいのは、冒険者ギルドの設立だ。
ジアノースの町でも、クートに手を出そうとしていた冒険者の男たちがいた。
現状の冒険者とは、社会不適合者の集団と同義である。まともな仕事などなく、犯罪の温床にもなっている。
稀に、人間の害になる魔物や亜人を退治する冒険者もいるが、それでも報酬は極めて少ない。
命を懸けて戦っているのに、得られる報酬はわずか。
これでは、やる気になれないのも致し方ない。
犯罪に手を染めて盗賊まがいの真似をする方が、遥かに実入りはいい。
無論、捕まれば死罪になるが、飢えて死ぬか犯罪者として死ぬかの違いだ。
犯罪に手を染めるのは本人の責任である、と切って捨てるのは乱暴だ。
救いようのない冒険者も確かにいるが、やむを得ず冒険者になった者には救済措置があってしかるべきだろう。
「冒険者ギルドでは、冒険者たちに仕事を斡旋します。内容はなんでもよく、町の清掃でも畑仕事の手伝いでも酒場で皿洗いでも。人手を欲しているところはあるはずですし、仕事を欲する冒険者とは需要と供給が一致しています」
「理屈は理解するが……うまくいくか? 血に飢えた野獣どもだぞ?」
「問題行動を起こす冒険者には、ギルドで仕事をさせません。まともに働く気のある者のみを救えればいいかと」
「まともに働く気があれば、初めから冒険者になんぞならん気がするがな」
「おっしゃる通りですが、個々人の事情もあるでしょうし、『冒険者』とひとくくりにするのは乱暴ではありませんか?」
働きたいが伝手がない。学もなく技能もない。ゆえに働けない。
そういった人々がいるのであれば、救いたいと思う。
「うーむ……どうしても、冒険者がまともに働くとは思えんが? 確かに、アテニルザが言うような、働く気のある冒険者も存在する。が、彼らの望みは、偉業を成し遂げ成り上がることだ。地味な仕事などやるまい」
「派手な仕事も用意すればいいのです。魔物退治や亜人退治、時には戦争への参加など、武力を活かせる機会はあります。目立った人材がいれば、取り立てることもできるでしょう」
「つまり、普段はごく普通の仕事を行い、有事の際には力を貸してもらうと?」
「その通りです」
一生、畑を耕して生きるなど真っ平だ。成り上がりたい。
そうやって考えている冒険者に、「畑仕事をしろ」と言っても無駄だ。
だから、言葉は悪いが大仕事という飴を用意しておき、他の仕事もさせようと考えている。
日々暮らしていける金さえあれば犯罪率も下がるだろうし、人手不足の場所に働き手を紹介でき、いざとなれば戦力も確保できる。
悪い案ではないと自負しているのだが。
「……細かな問題は多々ある。冒険者ギルドを設立するとして、そこで働く者はどこから集めるのか。運営していくための知識や秘訣もなしに、どうするのか。しかし、一番の問題は別にある」
「利権ですね」
「さすがだな。気付いていたのか」
「恐縮です」
ワタシも、そこを考えなかったわけではない。
畑仕事程度であれば問題ないが、商売などになると利権が生じる。
ワタシも全ては把握していないため、利権関係の調整が難航しそうだ。
「やるとすれば、一大事業になる。俺たちだけで決められる問題ではないし、数年程度で結果を出せる問題でもない。アテニルザ・ジアノースであっても難しいぞ」
「覚悟の上です」
「……正直、俺には理解できんな。お前はジアノースだぞ。普通にしているだけで、俺の地位なんぞすぐに追い抜ける。特別な成果は必要ではないし、病で苦しいのであれば無理に働く必要すらない。なぜ、そこまでする?」
「ある人に、言われたのですよ。『弱き者を守るのは、強き者の役目』と」
クートの言葉だ。今のワタシを動かす原動力になっている。
貴族として命を懸けよう。どうせ、何年生きられるかすら定かではないのだし。
「く、くははは、そういうことか」
ワタシは、そこまで変なことを言っただろうか?
突如笑われる意味が分からない。
「病に侵された体を引きずって戻ってきたのは、それが理由か。女なのだろう?」
「なぜ、女だと?」
「顔を見れば分かる。愛おしい相手を思い浮かべる顔をしていた。しかも、相手の女は平民と見た。貴族であれば、とうに妻として迎えているだろうからな」
「……ご慧眼、おみそれしました」
クートは、平民ではなく魔物なのだが、そこまで言う必要はない。
魔物である点以外は、完璧に言い当てられた。
ワタシは貴族だが、腹芸は得意ではない。それを差し引いても見事な観察眼だ。
「惚れた女のために命を削るか。賢い生き方とは言えんが、俺は支持するぞ。冒険者ギルドの設立、やってみろ」
「ありがとうございます」
予定とは少々異なったが、認めてもらえたのだからよしとしよう。
ワタシの仕事が決まった。命を賭してやるべき仕事が。




