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一話 アテニルザ・ジアノースの憂鬱な夜

新作です。今日は投稿初日なので、夜にもう一度投稿します。

 ウェルベンジア王国、王都ウェルベール。

 ここが、ワタシの暮らしている都市の名前だ。

 本日は知り合いの貴族に呼ばれて、パーティーの真っ最中。

 パーティーは、華やかに飾り付けられた会場で行われている。


 外は暗い夜なのに、会場内は頭上にあるシャンデリアが煌々(こうこう)と照らす。

 テーブルには、贅を尽くした食事やワインが並ぶ。

 そして、華やかな会場に負けじと着飾った貴族の子息、子女の姿も。

 ワタシもその一人……なのだが。


「アテニルザ様、お顔の色が優れませんが……」

「平気ですよ。ご心配いただき、ありがとうございます」


 アテニルザとは、ワタシの名だ。

 アテニルザ・ジアノース。これでも、ウェルベンジア王国の高位貴族の一つ、ジアノース家の嫡男である。


 ワタシを心配してくれているのは、貴族の女性だ。

 ワタシと彼女はダンスをしており、至近距離で顔が見えているので気付いたのだろう。


 平気とは言ったものの、正直辛い。体も心もだ。

 誘いを断り切れず参加したのはいいが、やめておけばよかったと後悔している。

 今のワタシにとって、この空間にいるのは拷問にも等しい。


 もっとも、後ろ向きな感情を表に出すほど、ワタシは未熟ではない。

 笑顔の仮面を張り付けて、無礼のないようにダンスをリードする。

 やがて楽団の演奏が途切れ、ダンスが終わる。


 やっと終わってくれた。

 安堵の気持ちで女性と離れるが、彼女にとっては終わっていなかった。


「お疲れでしたら休憩いたしませんか? わたくしも付き添いますわ」


 艶のある色っぽい声音、そして仕草で、彼女はワタシを誘った。

 休憩とは、言葉通りの意味ではないことくらい、ワタシにも理解できる。

 要するに、男女のアレだ。


 通常であれば、願ったり叶ったりであろう。

 彼女の着る萌黄色のドレスは、肩が露出しており、胸元も大きく開いている。

 有体に言って美しい人だ。顔が優れているのは当然として、女性らしい豊満な肉体も素晴らしい。


 会場内にいる女性の中でも、間違いなく五指に入る美女。

 このように美しい女性からのお誘いとなれば、他の男なら飛びついても不思議ではないが。


「申し訳ありませんが」


 ワタシの口から出たのは、拒絶の言葉。

 これで引き下がってくれればいいものを、彼女は諦めずに食い下がる。


「そうおっしゃらずに」


 ワタシの腕を取り、自分の胸に押し当ててきた。

 柔らかな感触と、温かい体温が伝わる。

 ワタシの腕が当たり、胸が変形している様子が、嫌でも目に入ってしまう。


 自分の武器をよく理解している。とはいえ、ワタシが誘いに乗るかどうかは別問題だ。

 どう断ろうかと思案していると、ワタシを救ってくれる人が……

 いや、どうだろう。救い主と言えるかどうか。


「アテニルザ様、次はわたくしと踊っていただけませんか?」


 別の女性が割り込んできたのだ。

 こちらも、負けず劣らず美しい。赤みがかった茶髪と、朱色のドレスを身にまとった美女である。

 萌黄色のドレスの美女と、朱色のドレスの美女は、牽制し合うように互いを睨む。


「アテニルザ様は、お疲れのご様子。休ませてあげようとは思いませんの?」

「でしたら、わたくしが付き添います」

「アテニルザ様に付き添うのは、わたくしです。割り込まないでくださいませ」


 二人の口調も表情も、穏やかなものだ。

 しかし、内面では憎悪が渦巻いている。隙あらば相手を出し抜こうとしている。

 ドロドロした女の感情が、酷く醜い。


「……ワタシと踊っていただけますか」

「はい、喜んで」


 結局、ワタシは朱色のドレスの美女をダンスに誘った。

 萌黄色のドレスの美女は、一瞬だけ表情を歪めたが、すぐにワタシから離れた。

 引き際をわきまえているあたりは、さすがと言えよう。

 これ以上食い下がっても、ワタシの心証を悪くするだけと判断したのだ。


 一方で、朱色のドレスの美女も、勝ち誇った顔をしたのは一瞬。

 すぐに微笑を浮かべて、ワタシと密着する。

 楽団の演奏が再開すれば、ワタシたちはダンスを始める。


「アテニルザ様と踊れて、光栄ですわ」

「……ワタシもですよ」

「嬉しい。あの、この後ですけれど……」


 やはりきたか。

 彼女も一緒だ。疲れているのでしたら休憩を、と提案してくる。自分が付き添うから、と。

 案の定、予想通りの言葉を紡いだが、ワタシの返答も変わらない。

 お誘いは丁重に断る。


 彼女とは、あくまでもここでダンスをするだけの関係だ。仲を深める気はさらさらない。

 ダンスが終われば、グラスに入ったワインを飲み干して喉を潤す。

 別の女性に誘われれば、再びダンスを。

 この繰り返し。


 早くパーティーが終わって欲しい。

 ただそれだけを願いつつ、憂鬱な夜を過ごすのだった。

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