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右手で胸を抑え、うずくまる。見開かれた瞳が向いた先は、地面に飛び散った鮮血。
左手で口元を抑えようにも、むせたような咳は止まらない。
駆け寄ろうとする愁を制す。
けくっ、と喉を鳴らし、李怜は立ち上がる。隠さない口元に血の飛沫を残しながら。
「師…」
「黙っているつもりだった」
李怜は戸惑いを隠せない弟子に向かって、照れたように笑う。
「私は不治の病を患っている。どうにかして、食い止めていたのだが、どうやら限界のようだ」
「何故、俺にそのことを伝えなかった」
「伝えようが、伝えまいが変わらないからだ。お前に伝えたからと言って、完治するものではない」
「師父の病状がそんなにひどいなんて」
「お前に隠していたのだから、当然だ」
「なら、俺は…」
「寿命を前に弟子を一人前に育てられず、死に行くのなら今ここで弟子に引導を渡すのも師としての役目」
死んでくれるな? 愁。
李怜は再び、表情を消す。構えを作り、愁の身体に正対する。
「俺は、あんたに死んでほしくない」
愁は、師父と同じ構えをとる。
師父の身体に巣食う病魔が牙を向いたためなのか、彼女の動きが悪くなっていることを愁ははっきりと感じ取れた。
急所を狙おうとする刺突も、不意を打つための殴打も
(すべて、見切ることができる)
それでも、師父の顔に焦りの色は見られない。
師父の攻めは続いている。それを、愁は的確に受け流していく。
(けれど)
先程までは浮かばなかった思考が自然と浮かぶ。
(師父の連撃をかいくぐってまで攻撃することができない)
それが、李怜と愁の差だというのか。病魔に侵されているはずの師父の実力ですら愁は及ばないのか。
(そんなこと、認めない!!)
目の前に飛んできた鞭のような腕を払う。そのとき、身体が傾いだ。
(えっ?)
李怜は足払いを仕掛けたのだった。眼前の守りばかりに気を取られすぎてしまった弟子の身体のバランスが崩れる。
がら空きになった腹部に師父の掌底。愁の身体をえぐる勢いのそれが彼を吹き飛ばす。
「よそ見ばかりする暇があるのか?」
仰向けに倒れた弟子を前に李怜は冷え切った口調で諭す。
「病身の私にも叶わないというのに?」
愁は一つ咳き込み、起き上がる。
腹が揺さぶられたように痛む。まるで船の上であるかのように揺れる視界。
師父の一撃は致命傷には至らなかった。
「そうだよな。あんたに失礼だ」
吐いた唾に血が滲む。
「あんたを止めるためには、俺はあんたを超えなければならないんだ」
愁は構える。今までの戦いで一番、隙きのない構え。
(そうだ、それでいい)と、李怜も再び構えに入る。