5
獣道のような山道がやっと終わりを迎える。
愁は背負っている荷物の重さをも忘れたのか、我先にと駆け出す。道の先へと背中が消えていったのもつかの間。感嘆の声が愁から、聞こえてきた。
ゆっくりと、己の速度で登ってきた李怜。目の当たりにした光景は昔と変わらない。
山のてっぺんから見下ろす、大地の景色。悠然と流れる川が束になり、大河となる。やがて、それは地の果ての海へと流れることになるのだが、ここからでもその果てをみることができない。
皮膚のように呼吸をしているかのような青々とした大地に、網のように道が張り巡らされていて、その結び目に人の営みが続いている。
かつて、師父が生きていたときに、連れて行ってくれた場所。
「見栄えはどうだ?」
「すごい…」
呆然とした愁の表情を見て、わずかに心が晴れる。
「私たちは」李怜は川と川が交わる場所を指す。「あの町から旅を始め」どんどんと指先が川を遡っていく。「ここにきた」
「ちっぽけなんですね、俺達って」
愁は言葉を絞り出すようにいった。
「ここからみれば、俺なんて豆粒以下にしか見えない。お天道様だって見きれないや」
李怜は笑った。
「なにがおかしいんです? 師父?」
「お前の口から、そんな殊勝な言葉が出るとは思わなかった」
「俺が馬鹿みたいに聞こえるじゃないか」
「お前は十分馬鹿だ」
私に付き従っているのだから、とは言わなかった。
「荷物を降ろせ」
師父の言葉に従う愁。
肩の荷を下ろし、次の言葉をまとうと師父に顔を向けたとき。鼻先に小さな嵐が起こる。
目の前に、ピンと伸ばした師父の足先。
「どういうことだ? 師父?」
愁は驚きよりも先に困惑した。
不意打ちにしては、甘く、冗談にしては厳しい。
いつもの稽古ではない、雰囲気を漂わせていたからだ。
ピンと張り詰めた雰囲気はまるで殺し合いのような。
「どうもこうもない、私がお前とここに来た理由を果たすだけだ」
近くの距離だというのに、師父の顔が陽炎のように揺らめいた、そんな感覚がした。
「お前を殺すには、ここがちょうどいい」
薄ら笑いを浮かべた李怜は壮絶という言葉が似合う。
そんな、師の顔を弟子は見たことがない。
「私の糧になってくれるよな? 愁?」