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惜別通道  作者: 古時灯葉
6/10

0.5

呆然と、李怜を見つめる子供は何も喋ろうとしない。

二人の間で沈黙が続く。瞬きすらわすれてしまうほど、気まずいような対面だった。

「親は? どこへ行った?」

半分以上壊れた家の中を指差す子供。

嫌な予感がした。これ以上、この子供に深入りしてはいけないと、何度も修羅場をくぐり抜けながらもさえてきた、直感がそう訴えている。

だが、李怜の足は止まらない。

子供の親は二人共、事切れていた。

腹部についた切れ目から、鮮血が吹き出し骸にかかる。

四肢をあらぬところへと投げ出し固まっている姿は、李怜が見慣れたものであった。

この子は、李怜は思う。

このままでは、野垂れ死んでいく運命だ。と。

野盗に両親ともども殺されることとあまり差異はない。

ただ、死ぬまでの時間がわずかばかり伸びるだけだ。

二度と動かない両親の脇で佇む子供。

李怜は彼を無下にすることができたはずだ。

何もなかったことにして、立ち去ることもできたはずなのに。

「わたしと、一緒に行くか?」

知らないうちに、声をかけていた。

その事実に本人が驚いていた。


(あの後)

李怜は回想する。

(両親ならず、集落の皆の墓を作った。愁が言って聞かないからだ。あいつだけじゃ、全然捗らない作業を私が手伝ってやってから、か。あいつが私の技術に興味を示したのは)


強くなりたい、と出会った頃の愁は短く言い切った。

「強くなっても、見える景色は同じだ」

李怜はそのように告げたことを覚えている。

強くなったとして、救える命が増えたとして、それがどうになる。気まぐれに助けたとして、力のないものはすぐに、別の強いものに食われる。

かつてあったとされる、天下泰平の世が、遠いおとぎ話のように聞こえるほどの乱世。強くあり続けるものでさえ、策略一つであっという間に弱者へと成り下がる時代。とはいえ、その逆は見当たらない。

強者が弱者となった強者の肉を食み、食われていく。

弱者には何も与えられない時代。

「僕が弱かったから」

その頃、愁は己のことをまだ、僕と名乗っていた。

「だから、村のみんなもお父さんもお母さんも殺された。でも強くなれば、そんなことはなくなる」

それは、私も考えたことだ。李怜は言葉にはしない。

子供の真っ直ぐな瞳を、すぐに曇らせるようなことは、彼女にはできなかった。

曇らせることが、親心だとしても、まだ師から独り立ちした少女が決断するには、まだ経験が足りなかった。

「強くなるには」

李怜は静かに愁を見すえる。膝立ちになり、彼と同じ高さに目線を合わせる。

「死んだほうがましと思える修練を重ねる必要がある」

お前には、それが耐えられるのか?

李怜の迫力に押される愁。

それでも、愁は頷いた。

李怜は思い出す。師父についていくと、己で誓ったとき、同じことを師父にたずねられた。

師父がその時、どう思っていたかなんて、彼女は知る由もない。


(私は)

ふと、木々のざわめきが気になった。

ぱちぱちと静かに爆ぜる焚き火はもとのまま。

(本当にこの選択で良かったのか?)

終着地を間近にして、己に問いかけるのはその文言。

孤児として、師父に見つかられることがなく、何処かで野垂れ死んでいたことが。

厳しい修練のさなかで力尽きてしまったままでよかったのか。

弟子を取らず、流派を己にて止めるべきだったのか。

今まで歩んできた過去の選択ばかりが頭をよぎる。

どれだけ強くなろうが、悩みは尽きることがない。

そのことを、まだ李怜は愁に告げたことがない。

強さを求めれば、問題は解決することができる、と愁は信じているようだが、現実はそう甘くない。

(日がまた昇れば)

李怜は空に浮かぶ月を見上げる。

(私の悩みに決着がつく。考える必要がないというのに、どうしても考えないと心が落ち着かない)


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