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惜別通道  作者: 古時灯葉
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李怜もかつては、師父と呼ばれる人間と旅を続け、技を磨いてきた。

一人前となり、袂を分かってからも旅を止めることはしなかった。

同じ場所にずっととどまるような生活に今さら慣れることもできなかったし。

彼女には、秘めた目標があった。


僅かな可能性はそれを目の当たりにしたときに、すでに潰えていた。

(やはり・・・)

李怜は、切り立った崖の下に広がるそれを見下ろしていた。

かつて人が住んでいたはず集落の残骸。そうなってから、まだまもないようだった。

(おかしいとは思ったが)

目の端に見える、蛇腹のように、崖下に続く道に見向きもせずに、目の前の切り立った崖のような斜面を滑り降りる。

(煙が立ち込めている時点で気づいても良かった)

それでも、期待を抱いてしまうのは、彼女の悪い癖だった。

本来ならば、そうなった時点で期待などできないのにもかかわらず。

地面に降り立った李怜は、容赦のない現実を目の当たりにする。

小さいながらも、営んでいたであろう生活が完全に破壊されている。

底に立ったからこそ、わかる、天に登ることがない死臭がひどく鼻につく。

(力のないものはいつもそうだ)

面食らうこともなく、目の前のそれを受け入れ、歩き始める。

それこそが、彼女の現実であったからだった。

(いつもいつも、弱者は強者の糧となるばかり)

壊された壁を前に折り重なった。かつて人間だったものが、至るところで事切れている。

(師から受け継いだ教えが役にすら立たない)

集落の端までたどりつくのはあっという間だった。

無造作に捨てられた、かつての住人の成れの果てを数えることはしない。

冬が始まったばかりで、死体の痛みも夏ほど激しくはない。

とはいえ、醸し出される死臭はいつの季節も同じだ。

強まろうと、弱まろうと、鼻を突き抜け、頭の中にこびりつくものだ。

(私は、何をしているのだ)

野盗よろしく、荒らされた家屋に入り、物色する。

すべて、集落を襲った野盗が根こそぎ奪ったみたいだ。

旅に使えそうな道具すらも見つからない。

彼女もまた、若い頃は孤児だった。

己を拾った師父の元で一子相伝の武術を学んだ。

学べる技をすべて習得し、師父と袂をわかってから、ひとりで旅を続けている。

学び取った技は己の身一つ守るだけにしか使っていない。

(やっていることは、野盗よろしく卑しいことばかり)

完全に落ちた集落を何度も目の当たりにして、旅を続ける前に感じていた、人間の世知辛さが、そのことすらたった一部だったことを思い知る。

そのたびに、李怜は無力感に苛まれている。強くあろうと、武術を学んだところで、彼女一人でできることなんて限られていたから。

(貴方も同じことを考えていたのですか? 師父?)

まっさらな青空を見上げても、答えは帰ってこない。

どんなに地面が汚れていても、空は変わりないのだから。

李怜は何も言わなかった。

だが、どんどんと増えていく輩の気配は、肌に感じていた。

見上げていた空から視線を戻すと、彼女を取り巻く輩達の姿。

この集落を潰した、夜盗達。

「金目の物を置いていけ、さもなくば」

三日月のように曲がった刀を携えた、輩の中でひときわ大きい男が李怜に促す。

「さもなくば?」

「身体で払ってやってもいい」

下卑た冗談は、男所体の盗賊団と相まみえると必ず聞こえるものだ。

嫌がる素振りすら見せることも、彼女はうんざりしていた。

「なにもないまま、やり過ごすこともできないか」

そうなることは、ここに足を踏み入れる前から予感していた。

誰もいないように思えて、人の気配は気持ちが悪いほどしていたからだ。

邪悪になればなるほど、特有の匂いがする。

武術を学んでよかったと思う僅かな利点だ。

李怜は構える。

「俺たちは注意したからな」

武器すら持たない、少女のような女を取り囲む男たちはそれぞれの得物を握りながら。真ん中の獲物をなぶり殺すその瞬間を待ち望んでいる。

(どうして、こうでしかならないのか)

李怜はため息をつく。

彼女よりも先に、男たちは飢えた獣のように襲いかかる。

雨がぽつり、ぽつりと降ってきてもいいのに、空はそれすらも応えてくれない。


すべてが終わった頃。

彼女は空を見上げ、燦々と降り注ぐ陽を感じる。

そのまま血なまぐさい匂いも消え去ってほしいのだが、現実は上手くいかない。

輩を皆、殺したあとで。

(師父から学んだ技術は、結果的に私の身を守ることにしか使えていない。弱きものを助けることもできていない。だけど、弱いものを助けたとして、いつかそれも別の何かに虐げられるだけ)

汚れが目立つ手のひらをじっとみつめる。

途端に、腰が重くなる。途方に暮れるように、地面に腰を下ろす。

立ち上がることもまた、難しい。

志を持って始めた旅のはずなのに、その崇高だと思えたそれが、絵に描いた餅のように空虚なものだと、ことあるごとに知らされる。

(私は、私の手は人を殺めるだけに使われるのか?)

打ちひしがれる彼女の道を示してくれることのできる、師父はすでにいない。

肩を落とす李怜の心にぴんと糸が張る。

人の気配を急に感じた。

萎れかけた彼女の身体がしゃんとなる。

その時だった、

「子供?」

廃れきった集落の、そのぼろぼろに壊された家の一つから、のそのそと、子供が現れたのは。

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