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出会った頃から…。
愁は夜営の準備をしながら、ふと思い出す。
彼は、とある集落に暮らしていた。
父と母の姿は今でもはっきりと思い出せるくらい、鮮明な記憶としてまだ根付いている。
裕福でもなく、かといって貧しいわけでもなく、その頃を思い出すと、ふと切なくなるほどだった。
月の出ない夜だった。野盗が集落を襲ったのは。
一人、家の奥へと押し込まれる形で隠された。
夜明けの鴨の声も聞かないまま、僅かに漏れる光で夜明けに気がついた。
その時は、小雨が降っていた。
外で、集落の皆が惨たらしく殺されていた。
顔という顔が潰された死体の山の中で、父と母の姿を見つけられず、途方にくれていたところで、師父と出会った。
住む場所も家族も、何もかもがなくなった愁が彼女の旅についていかなければならかった。
李怜と名乗る、師父は武道家だった。そんな彼女の教えを請うことは、自然の流れだった。
それさえ、身につけてれば、こんなことにはならなかったからだ。
常に、厳しく、強情だった師父。
そんな彼女の会得した武術を学び、技を習得し、旅の途中でもいつもそれを磨いていた。
いつしか、身体は成長し、いつからか師父の背丈を超えてしまった。
だが、師父の姿が全くといっていいほど変わっていない。
出会った頃から、ここで弟子が火を起こしている姿を膝を抱えながら監視している今も。
頭の天頂近くでまとめた亜麻色の髪の豊かさも、切れ長の瞳も、声音も体つきも。
みずみずしく保った肌がくすんだことは一度もない。
ことあるごとに、弟子に稽古を課すその性格も、口うるささも。
出会ったから師父はまったくかわらない。
そんな彼女の過去のことを、彼はまったく知らない。聞いたこともない。
ふと、そんなことを考えているうちに、集めた枝に火が燃え移った。
立ち上る煙を眺めながら、愁はぼうっと空を眺める。
師父に急かされる、ほんのわずかな時間。