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「師父」
愁は先にどんどんと進もうとする師に思わず口を尖らせた。
「なんだ」
「何、あんた楽しようとしてるんですか」
「楽、とはなんだ。私は、お前に修行を課している」
山道を登っている二人。
愁は背中にふたり分の荷物を背負い込み。先を往く師を見上げ。
短く言い放った李怜は手ぶらのまま、背負った荷物の重みで背中を丸くさせた愁を見下ろしていた。
手を離すだけで、荷車が勢い良く転がり落ちそうな斜面。
普通の人ならば、黙々と登らざるを得ない場所で口喧嘩をしていた。
「お前みたいな、心身のできていないガキにはちょうどいい修行だ」
「あまり横着していると、身体に贅肉がつきますよ…」
師父の顔が強張ったことに弟子は気がつかない。
言ってやった、と勝ち誇ろうとした愁の眼前に、斜面を駆け下りて、身体を半回転ねじった師父の姿を認めた。
視界の外から、鞭のようにしなる足が襲いかかる。
そのことに気づいたのは、かまいたちのような風が彼の脇腹を叩いてからだった。
「うぉぉぉぉぉっ!!!!」
服から焦げたような匂いが立ち込める。
すんでのところで師父の容赦のない蹴りをかわすことができた。
バランスを崩し、のけぞった愁が再び足を踏みしめようとしたとき、背中の荷が存在感を突然示そうとした。そらした身体の勢いのまま振り回された荷の重さも加わりながらも、愁はなんとか踏ん張る。
口を滑らせたせいで、無駄に息を弾ませることとなった愁。
肝が十分に冷えた彼が目にしたものは。
これ見よがしに、器用に片足で立っている師父の姿だった。
「喧嘩早い」
「口が減らない子供を黙らせるにはちょうどいい」
鶴のように、真上へと真っ直ぐに足を振り上げた師父の足が段々と降りていく。彼女のつま先が愁の鼻の前で揺れる。
急な斜面なのに、片足一つで立つ彼女の身体は、針金が通ったように揺れることがない。
「私と肩を並べられたら、減らず口を叩いてやってもいい」
そういって、李怜はもとの方向へと身体を戻す。
かろやかに道を登っていく師の速度は先程と比べてずっと速い。
愁はその後ろ姿をなんとか追おうと身体を動かす。