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4.終わりと始まり

「先代勇者のその後はどういうものだったの?」


 私は中身がほとんど空になりかけていた魔王のカップへ紅茶を注ぎながら話の続きを(うなが)した。


「ありがとう。先代勇者のその後だが、我の右腕として仕えてくれた者が書き残してくれた情報によると、我を封印して国へ凱旋してから半年後くらいに突然行方不明になったらしい。そしてその3ヶ月後、先代勇者は変死体となって発見されたそうだ」

「えっ、それってもしかして……」

「まぁ、因果応報というヤツだな。そういう訳で勇者の力はあえて平民に、そして今代の勇者のような能力に問題のある者に宿り、その者自身が自分の問題点に気付いてその問題点を改善できたら勇者の力を発揮(はっき)できるようになるという仕組みになったのではないかと推測している」

「はぁ、なんというか……うん……」


 納得したくないけれど納得するしかないわよね。以前、授業で平民出身の勇者達は権力者からの妨害や圧力、資金不足のため厳しい状況下で旅をしなければならないなど苦労していたと教わっていたし。

 おそらく先代勇者の時はその苦労を緩和するために権力や富などに恵まれた環境の者に宿ったのでしょうけど、結果として中身が最悪な勇者になってしまったわけよね。で、その反省を踏まえた結果が今の勇者なわけで……はぁ。


「ねぇ、原因は分かったけれど、そういう残念な人に勇者の力が宿っても意味があるのかしら? 現に今の勇者は魔王城にすら辿(たど)り着けていないじゃない」

「……まぁ、神もやり過ぎたと後悔しているのかもしれぬな。または我々が予測できぬような何かを意図してそのようにしたのかもしれないが。いずれにしても勇者を正しい方向へと導く為に課題を与え、課題を乗り越えることができたら勇者の力を発揮できるようになるという仕組みに変わりはないだろう」

「はぁ、面倒な仕組みね。そんなことじゃ私が生きている間に勇者が辿り着けるかどうか……。あ、でもその前に魔王。仮に何十年後かに勇者が魔王城(ここ)に辿り着けたとして、魔王は勇者に封印されてもいいの?」

「魔族が平穏な生活を送れる環境を作り終えてからならいいが……ま、勇者が辿り着く前に成し遂げてみせるがな」


 魔王は余裕の表情を浮かべながら決意を新たにそう言ってきた。いや、確かに魔王なら勇者が来る前に成し遂げそうだけど、そういう問題じゃなくて──。


「目標が達成できた後ならまた封印されてもいいと言うの?」

「良いというわけではないが、まぁ仕方ないだろう」

「仕方ない、って(いさぎよ)く諦めすぎでしょ。もし私が魔族だったら、こんなにも自分達のために動いてくれた魔王が勇者に封印されるのを黙って見ているだけなんてできないわ」


 魔族の立場としての気持ちを言ったけれど、これは私の気持ちでもある。他者の為に尽くす魔王にはもう、大変な思いをしてほしくないわ。でも、魔王が『魔王』である限り、勇者は魔王を封印しに来る宿命だし……そうだわ!


「ねぇ、魔王! もう、いっそのこと『魔王』を倒した魔術師に成りすまして堂々と動いた方がいいんじゃないかしら? その方が『魔王』が作った街だとバレず、『魔王』を封印した魔術師を(した)う人々によってできた街──あ、でもいきなり街を作ってしまうのは目立ちすぎて逆に危ないからまずは小さな村から始めていけば、上手く魔族の人達を人間側に馴染ませながら暮らしていけると思うわ」

「ほぅ……なるほど。そんなことは考えてもみなかったな。そういうことなら今、手元にある資金や資材だけで村を作れるだろう。ククッ、長年の習慣とは恐ろしいものだな。『魔王』の役割に囚われすぎていたよ。歳をとると柔軟な発想ができなくなってしまうな」

「まぁ、仕方ないわよ。人の何十倍もの時を生きているのだから」


 だって魔王よりも遥かに短い年数しか生きていない私ですら習慣って恐ろしいわ、と思ったんだもの。逆に私の突拍子もない提案を柔軟に受けとめれているのだから、全く気にしなくてもいいと思うわ。

 さて、今後の方針が決まったことだし、まずは魔王の魔術師としての設定をしっかりと固めましょう。「魔王を封印した」と報告しに人間の国へ行った時、ボロが出てしまわないようにしなくてはね。


「さっそく、魔術師としての設定を決めていきましょ」

「そうだな。だがその前に1つ、姫に確認しておきたいことがある」


 そう言うと魔王は姿勢を正し、真剣な表情で私を見てきた。


「何かしら?」

「我は姫を15年もの間、この城に閉じ込めていたのだ。そんな者の目的を達成する為に手伝うというのは──」

「なにを言っているの、魔王。城に閉じ込められていたといっても、魔王は私の為にたくさんのことをしてくれていたじゃない。その恩返しを少しはさせてくれてもいいんじゃない?」


 魔王が申し訳なさそうに話し始めたから、すかさず私はそう口を(はさ)んだ。


「……フフッ、そうか。ではその言葉に甘えさせてもらおうか」


 魔王は少し照れくさそうに言いながら微笑んだ。




  *****




 魔王と設定を()り、練習すること数日。遂に実行に移す時がきた。


「いよいよか……。ここでの生活が終わると思うと少し名残惜しくなるな」


 魔王は自分の城を眺めながらそう言った。


「そうね……。でもこれからは、今までできなかったことを実現できる環境で新しい生活が待っているわ。だから後ろ髪を引かれている場合じゃないわよ」

「フフッ、そうだな。では最後の準備をするか」


 そう言うと魔王は空間を歪ませてローブを取り出し、羽織ると魔術を使って瞳の色を赤紫色から深い紫色に変えた。

 魔王いわく人間の前に『魔王』として姿を見せた時は、瞳の色は魔族の特徴である赤紫色のままだけど、髪色を赤黒くして禍々(まがまが)しいオーラを纏わせて影を作り、顔をハッキリと見えないようにしていたから瞳の色を変えるだけで充分とのことらしい。

 それだけでいいのならもっと早くに気付いて行動していたらと思ったけれど、今さらそれを言っても仕方がないことだからそっと胸にしまっておくことにした。


「今から王城周辺に転移する為の魔術を展開する。が、その前に……」


 魔王は空間を歪ませると金色に輝く2つのブレスレットを取り出した。


「これには護身用の魔術を付与してある。まぁ、これからは護衛がつくから必要ないだろうが一応だな」

「えっ、そんな。魔王にはたくさんのモノを貰ってばかりで──」


 本当に魔王には物だけではなく、知識や経験などいろいろなモノを貰っている。魔王にはまだ何も返せていないのに──。


「そんなことはない。我も姫との生活を通して家事スキルをマスターしたりと、これまでの人生で全く触れたことのないことに触れる機会を貰ったり、姫がいなければ経験することができなかった経験をさせて貰ったりしたのだ。何も気にすることはない」

「魔王……ありがとう」


 私は魔王からブレスレットを受け取り、早速身に付けた。見た目は金属でできているように見えるけれどとても軽く、肌触りがいい。

 実はこれから王都へ行くことに緊張していたけれど、ブレスレットを身に付けてから不思議と緊張が和らいできている気がする。これもブレスレットに付与された魔術の効果の1つかしら? ……って落ち着いている場合じゃないわ!


「魔王、私も渡したいものがあるの」


 私は目立たないようにこっそりとドレスにつけていた手作りのラペルピンを取り外し、魔王の手にそっと乗せた。


「……!! この紋章は……!」

「そう、魔王の部屋に飾ってあったタペストリーに描かれていた紋章……のつもりなのだけれど、ちょっと不格好(ぶかっこう)になってしまったわ」

「なにを言う、姫。あの複雑な紋章をこんなにも小さなラペルピンに再現するとは」


 魔王は様々な角度から眺めながらそう言った。


「小さい頃に魔王が魔術で金属を削り、かわいいウサギの置物を作ってくれたことがあるでしょ? あの時のことを思い出して見よう見真似でやってみたの」


 本当は当時の魔王のように金属を使って作りたかったけれど、加工できるような金属がなかったからせめて魔王城にある良質な木でと思って使用人の魔導人形に手に入れて欲しいとお願いしたのよね。あとは成形後に銀色の塗料を塗って金属風に仕上げたけれど。


「見よう見真似でここまでできるとは……。ただでさえあの紋章を成形するのは大変だというのに、最後の仕上げをここまで丁寧に本物の金属そっくりに仕上げてくれているとは……。実際に触れてよく見てみなければ金属ではないことに気づけなかったよ。今更ながら、器用で魔術の才能もある姫にはもっといろんな魔術を教えてやりたかったな」

「私もこれを作っている時、魔王にお願いして他の魔術を教えてもらっていたら、もっとタペストリーの紋章に近付けれたんじゃないかしらと何度か思ったわ。

 あ、そうだ! 今日から魔王は『魔王を封印した偉大な魔術師』になるのだから、これからは人間の魔術師の指導をするという名目で城に来て一緒に私にも魔術を教えてくれないかしら?」

「なるほど、そうだな。王に会った時にその事も話してみるか。よし、ではおしゃべりはこれくらいにしてそろそろ行くか」

「えぇ、そうね」


 私は魔王が用意してくれたフード付のケープを(かぶ)(うなず)いた。魔王は私の準備が整ったことを確認すると、転移の魔術を展開した。すると周囲の景色がぐにゃりと歪み始め、ほどなく視界が暗転した。



 数分後、視界がゆっくりと回復すると見慣れない石造りの壁があった。


「ここは王城のすぐ近くにある人気(ひとけ)の少ない路地だ。そこの角を曲がればすぐに城門が見える」

「まずは衛兵とのご対面というわけね」


 魔王が「第一印象はとても重要だ」と言っていたからしっかりとお(しと)やかな女性として振る舞わなければね!


「では行こうか」


 魔王が歩き始めたので、私は魔王のすぐ後ろを歩くようについていった。




 城門前で見張りについている2人の衛兵の元へ行き、魔王は衛兵に『魔王』を封印したことと、私が姫だということを言葉巧みに説明して信じこませた。


「私は大至急、陛下にお伝えして参ります。お二方はこの者がご案内します部屋にてお待ちいただけますか?」

「わかった」

「では私は失礼させていただきます」


 衛兵の1人はそう言うと急いで立ち去り、私達は残った衛兵のあとについて部屋へと移動を始めた。




  *****




 案内された部屋で使用人が用意してくれた紅茶を飲みながら待っていると、魔王とは対照的な立派な体型をした中年の男性が侍従を従えて部屋に入ってきた。豪華な装飾の施されたマントを身に付けた男性の手には王笏(おうしゃく)らしきものが握られている。この人がこの国の王──私のお父様……?


「……まさかこれほどまで似ているとは……」


 王をじっと見ていると、王は驚いた表情で私を見ながらそう呟いた。


「えっ……?」


 私が一体誰に似ているというのかしら? 王と似ている部分は髪の色くらいだけれど……?


「ハッ、いや、その、王妃の若かれし頃にそっくりだなと思いつい声に出てしまったよ」


 王は慌てた様子でそう言うと、魔術師に(ふん)する魔王を見た。


「そなたが娘を助け出してくれた魔術師だな。話は聞いている。我が国に魔王を封印することができるほど魔術に長けた者がいたとは。そなたのことを誇りに思う。実に大儀であった」

「陛下からそのようなお言葉を戴けるとは、身に余る光栄でごさいます」


 魔術師(まおう)(うやうや)しく深く一礼した。


「今回の件に関して、そなたに礼をしたい。何か望むものはあるかね?」

「お礼など私には恐れ多いことです」

「遠慮することはない。さぁ、なんでも言ってみるがよい」


 王は微笑みながら魔術師(まおう)を見る。


「……では、姫様に魔術を教える機会をいただけないでしょうか? 姫様は大変素晴らしい魔術の才能をお持ちです。

 実は王都へ辿り着くまでの道中、姫様から『自分の身は自分で守れるようになりたい。だから魔術を教えてほしい』とお願いされまして……。簡単な魔術ならと思い姫様にお教えしましたところ、あっという間に魔術を習得されたのです。

 魔術というのは例え簡単な魔術であっても、今まで魔術を使ったことがない者がすぐに習得できるようなことはほとんどないのです。なので是非とも、他の魔術もお教えしたいと思ったのです」


 魔術師(まおう)は王の顔色を(うかが)いながら答えた。この望みってまさに私の望みを叶えてくれるためのお願いじゃない! ありがとう、魔王!

 でも、こんなにダイレクトに私と接触できる機会をお願いして大丈夫かしら? 是非とも望みを叶えてほしいところだけれど……。

 私は願うように王を見た。


「そうであったか。そうであれば是非ともこちらこそよろしくお願いしたい」


 王はあっさりと許可を出してくれた。許可してくれたことはとてもありがたいけれど、ちょっとあっさりし過ぎじゃないかしら?

 まぁ、魔王を封印した魔術師から自分の娘に「素晴らしい魔術の才能がある」なんて言われたら嬉しくてつい許可を出してしまったという感じかもしれないわね。


「では魔術師長に訓練所の使用できる時間を確保してもらうよう、話を通しておこう。

 さて、長旅で疲れているだろう。今夜は城に泊まるとよい」

「ありがとうございます」


 魔術師(まおう)はそう言うと深く一礼し、そばに来た使用人に案内されながら部屋を出ていった。あれ? もっと詳しく魔王封印の顛末(てんまつ)を聞かれるかと思っていたけれど、意外とあっさりと終わったわね。

 というかそもそも玉座の間で王と国の要人がいるなかで報告をするものだと思っていたから、王自らこの部屋に来たこと事態も意外だけれど。

 そんなことを思っていると、王が「ふぅ」と息をついた。


「さて、そなたにはいろいろと話さねばならぬことがあるな。とりあえず場所を変えるとしよう。ついてきなさい」


 王がそう言うと侍従は部屋の扉を開け、王は部屋を出た。話さなければならないことって一体どんなことかしら?

 疑問に思いつつ、王のあとを追って私も部屋を出た。

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