3.今の勇者と先代勇者
美味しい紅茶とお菓子を食べて落ち着いた私は、魔王に勇者の手助けをしていることの説明を求めた。
「確かに姫の言う通り勇者を助けるなどという本末転倒なことをしている訳だが、今の勇者はそうでもしなければならぬほどヘボいのだ」
「勇者がヘボいから手助けねぇ……。魔王、いくら今は勇者がヘボくても、様々な経験を経て成長すれば──」
「あのだな、姫。この勇者はそういう次元の問題ではないのだよ」
「『そういう次元の問題ではない』? なら、勇者はどうヘボいというの?」
「まず地図が読めない。しかも方向音痴でもある」
「……勇者としてそこがダメってかなりキツイわね」
「ああ、本当にな。だがこんなものは序の口だ。1番の問題点はヤツが自分の勘を信じて行動することだ。ヤツの勘は1度として正しかったことはないというのに、懲りずに勘で行動するせいで迷子になるのは勿論のこと、街へ辿り着けず食料が底をついて餓死しそうになるわ、野生動物用の罠にかかって負傷するわ等々、とにかく酷いのだ。そういった事態を我が何度助けてやったことか。
まぁ、それを人間の生活の中に当てはめて対価として金を貰っているのだが……さすがにな」
魔王はうんざりした様子でそう言った。確かにそれはうんざりするわね。でもそもそも──。
「ねぇ、その人って本当に勇者なの? いくらなんでもヘボすぎじゃない? 魔王が授業で『勇者は神のお告げを聞いた大神官により誰が勇者か分かる』と教えてくれたけれど、その大神官が神のお告げを聞き間違えてしまった可能性はないの?」
「残念ながら姫よ、大神官は神のお告げを聞き間違えてはおらぬ。まぁ、大神官の話だけでは信用できないであろうからもう1つ情報を与えよう。
今まで何人もの勇者を見てきた我は、ヤツからも歴代の勇者と同じ勇者の力を感じてしまったのだ」
「そうなのね……。あぁ、嘘であって欲しかったわ」
歴代の勇者と会ったことのある魔王がそう言うのなら本当なのね……。というか魔王の口から「勇者の力を感じてしまった」なんて言葉が出るなんて、人間側を同情してるってことよね。勇者のヘボさに人間側を同情する魔王……なんておかしな状況よ。
「まぁ、こうなってしまったのは恐らく先代勇者のせいだろうな」
今の勇者の状況に呆れていると、魔王がそんなことを呟いた。
「先代勇者のせい? 何かあったかしら?」
授業で先代勇者も魔王を封印することに成功したと教えてもらっているけど、何かおかしなことでもあったかしら?
「先代勇者はな、本っ当に最低なヤツだったよ」
魔王は心底嫌そうな顔をしながら話し始めた。
「まず、今の勇者がヘボいままの原因の1つに、歴代の勇者が受け継いでいた聖剣を魔王城に置き去りにしていったことだ」
「はい? 聖剣を置き去りにして行ったですって!?」
「ほれ、そこにいつも置いてある取り外された床石に突き刺さった剣があるだろう?」
「えぇ。……ってまさかこれが聖剣だったの!?」
単に魔王が飾りとして置いている豪華な装飾の施された剣のレプリカだと思っていたけど、本物の剣だったのね! ──ってか本物の剣を抜き身の状態で置いておくなんて危ないじゃない!
「ちょっと、危ないじゃない! 本物の剣ならちゃんと鞘に納めておきなさいよ!」
もし何かにつまずいてうっかり倒れそうになった時、もたれようと伸ばした手が抜き身の部分に触れたらどうするのよ!
「ちゃんと鞘に納めておきたいと思ってはいるのだが、聖なる力によって我では剣に触れることができぬのだよ」
「あー……、それなら仕方ないわね」
魔王が普通に勇者の剣に触れれるのなら、聖剣の意味なんて無いようなものになってしまうものね。
「ねぇ、魔王が触れれないなら魔族でもない私はどうなの?」
「触れるだけなら姫に害はないだろう。勇者でなければ聖剣の真の力を引き出せぬし」
「そう。なら危ないから私がしまっておくわよ」
私は床石に突き刺さったままの聖剣のところへ行き、念の為まずはそっと指先で剣の柄に触れた。……うん、何も起きないから大丈夫そうね。
安全が確認できたから今度は両手でしっかりと柄を握り、床石に乗って聖剣を引き抜きにかかった。
しかし、全力で引き抜こうとしても抜けたのはほんの僅かだけだった。う~ん、分厚い床石に刺さっているだけあって簡単には抜けないわね。でも、素の力だけでも僅かに動かせたということは、魔王から護身用にと教わった身体強化の魔術を使えば抜けるんじゃないかしら?
すぐさま私は自分に身体強化の魔術をかけて聖剣を引き抜くことにした。今度は先程よりも長く聖剣を引き抜くことができたけれど、それ以上引き抜くことはできなかった。はぁ、身体強化をしても抜くことができないなんて……まるで聖剣自身が引き抜かれるのを拒んでいるみたいだわ。
「あぁ、そうだ。姫の聖剣を引き抜こうとする姿で思い出したのだが、歴代の勇者達は台座から聖剣を引き抜くことで聖剣に真の勇者と認められた証だとかいう験担ぎのようなことをしていたらしいぞ」
「へぇー。じゃあつまりこの聖剣は床石を台座の代わりにして、勇者ではない私に引き抜かれまいとしているというわけ?」
「……かもしれぬな」
「冗談じゃないわよ! そんなくだらない理由で抜き身の状態でいられるなんて、危なくてしかたないじゃないの!」
聖剣が勇者の験担ぎを守るために拒絶しているということに苛立った私はダンッ! と思いっきり聖剣の刺さっている床石を踏みつけた。その直後──。
ビキビキッ、バコッ……!
突然、聖剣の刺さっている床石が真っ二つに割れて聖剣を床石から分離させることができた。えっ、なんでこんなに分厚い床石が割れたの? 一体どういうこと……?
「ほぅ。やるではないか、姫。引き抜くことができぬなら台座代わりとなっている床石を破壊してしまえばいいという型破りな発想、実に面白いではないか」
状況を理解できていないでいると、魔王は感心した様子でそう言ってきた。うん? 魔王の言い方からしてこの分厚い床石を真っ二つにしたのは私がやったことみたいだけど……あっ。そういえばまだ、身体強化の魔術を解いていなかったわ。
急いで身体強化の魔術を解き、さも意図してやったかのように振る舞うことにした。
「ふぅ、これで問題は解決ね。魔王、聖剣の鞘はどこにあるの?」
「鞘はこれだ」
魔王は空間を歪ませると鞘を取り出した。鞘を受け取り、聖剣を納める。よし、これで安全が確保されたわね。じゃ、先代勇者の迷惑な置き土産は一旦、部屋の隅の壁にでも立て掛けておいて、っと。
「ありがとう、姫。これで安心して暮らせる」
魔王はホッとした様子で感謝してきた。世界を恐怖に陥れる存在であるはずの魔王の口から感謝の言葉、しかも「これで安心して暮らせる」なんて聞くことになるなんて……はぁ。まぁ、この件はもう終わりにして──。
「話を戻すわよ。魔王は始めに今の勇者がヘボい原因の1つが聖剣が魔王城に置き去りにされたことだと言ったけれど、原因はそれだけじゃないのよね?」
「ああ、そうだ。これから話すことが1番のヘボ勇者誕生となった原因だろう」
魔王はそう言って深くため息をつくと、嫌そうな顔をしながら先代勇者について語り始めた。
「先代勇者はな、歴代の平民出身の勇者と違い最初で最後の上流貴族出身の者だったのだ。裕福な家庭に生まれた先代勇者はとにかく大事に大事に甘やかされながら育てられ、我が儘で傲慢な人物となってしまったのだ。
そんな先代勇者が大神官から神のお告げを聞いた時、先代勇者はなんと答えたと思うか?」
「……まさかとは思うけど、行きたくないとごねたなんて言わないわよね?」
「まぁ、大体はあっているな」
「ちょっと! それ、本当なの!?」
「あぁ。先代勇者は『なんで勇者の力があるだけで魔王を倒しに行かなければならないのか理解できない』と言い出したのだ」
「はぁ? そんなの勇者の力がなければ魔王に対抗できないからに決まっているじゃないの!」
何この勇者! 根本的に考え方がおかしいわ! こんな人に勇者の力が与えられたなんて信じられない!
「そうではあるが……姫よ。姫は我が護身術にと武術や魔術を教えて戦う心得を身に付けているから引き受けて使命を果たそうという気持ちになるだろう。だが、今まで武術に触れることなく育ってきた者がある日突然、勇者の力があるだけで魔王を倒しに行ってほしいと言われたらどう思うか考えてみたか?」
「っ……そうね。いくら勇者の力があるとはいえなんの心得もない状態では不安になるわね」
「そうだろう? それが1番の理由だと主張して先代勇者は行きたがらなかったのだ」
「ふぅ~ん。……あ、ちょっと待って。なんだかその言い方だと他にも理由をつけていそうね」
「鋭いな、姫。そう、先代勇者は他にもいくつかくだらぬ理由を主張しているのだ」
「はぁ……やっぱりね。その理由もおおよそ予想がつくわ。どうせ先代勇者は『魔王討伐など下の者にやらせればいい』とか『高貴な身を危険にさらさなければならないなんて間違っている』とかズレた考えでごねたんでしょ?」
「うむ、正解だ。ではそんな先代勇者でも我を封印することができた。一体どうやって成し遂げたか、十数えるまでに答えよ。……1……2」
「えっ、ちょっといきなり問題?」
魔王が突然問題を出してきた。もう、これじゃあ授業の時の不意打ち問題と同じじゃない! ……あ、でもこのパターンでくるということは既にヒントは出て──。
「7……8……」
「分かったわ! 先代勇者はお金と権力を使ってたくさんの兵を雇い、数の力で魔王を追い詰めたのでしょ?」
魔王が「先代勇者は上流貴族で裕福な家庭で育った」と言っていたからきっとそうよ。
私は魔王の顔を見ながら答えを待った。魔王は腕組みをしながら目を閉じて動かない。
「……残念だがその答えでは丸をやることはできないな。まぁ、姫が完璧な答えを答えたら答えたで姫の将来が不安になるからこれはこれで良かったが」
「なによ、一体どういうことか答えと一緒に説明してちょうだい」
「そうだな。まず答えだが、姫の答えに2つほど付け加えることがある。1つは親のコネを使って少しは腕のある騎士や傭兵を雇ったこと。もう1つは奴隷をたくさん集めて魔道具を使い、強制的に隷属させて戦わせたりしたことだ。特に奴隷の扱いは酷く、まともな衣食住も与えずに戦わせていたのだ」
「うわっ、何よその答え。最低最悪過ぎるわ」
「まったくな。だからこそ、姫がそんな発想を思いつくような人物ではないことにホッとしているのだ」
「あぁ、そういうことね」
確かに短時間でそんなことを思いつける人物がいたら、「この人、ヤバイ人だ」と怖くなって距離を置きたくなるわね。そんな勇者と酷い状況におかれた奴隷達を魔王は実際に目にしたのだから、魔王が嫌そうな顔をするのも分かるわ。……はっ、そんな状況を目にしてたということはその時魔王は──。
「ねぇ、魔王。魔王を責める訳ではないのだけれど、その……奴隷の人達は……」
「金で雇われた騎士や傭兵は金や名声などを得ようと欲にまみれた者ばかりだったから容赦はしなかった。奴隷の方は見ているだけで心苦しくなり、自己満足でしかないが首につけられていた隷属の魔道具を破壊して死んだように奴隷達を気絶させておいたよ。
まぁ、数えきれぬほどの奴隷を相手にそうしていたことで我は体力も魔力も消耗していき、情けないがそこを先代勇者に突かれて封印されてしまったがな」
「魔王……」
魔王は簡単そうに隷属の魔道具を破壊しながら戦っていたと話してくれたけれど、首につけられた隷属の魔道具を破壊するのは少しでも力加減を間違えてしまえば死なせてしまう可能性が高いし、そもそも人を隷属させるほどの力を持つ魔道具なのだから簡単には破壊できないはず。
そんなことは魔術に秀でた魔王なら一目見ただけで見抜いていたと思うけれど、それを承知の上で奴隷の人達に配慮してくれていたのね。世間での魔王の認識は残酷非道でまさに悪の象徴というものだけど、本当の魔王はその逆で……だったら──。
「ねぇ、魔王。魔王はどうして世界を支配しようとしたの?」
「なんだ。そんなことは歴史の授業で教えたではないか。そんな簡単なことも忘れてしまったのか?」
「魔王が教えてくれたことはちゃんと覚えてるわよ。『魔族が人間を支配する世界を作る為』でしょ? でもそれはあくまでも人間側の認識。本当は違うんじゃないの?」
「…………」
「ねぇ魔王、本当の理由は──」
「そんな遥か昔のことなど、もう忘れてしまったよ。ま、思い出したところで何かが変わるわけではないからな」
魔王は私の言葉に被せるようにそう言ってきた。いつもなら私の予想や考えを最後まで聞いてくれるけれど……これまで魔王のとってきた行動からして私の予想はおそらくあっているはず。悔しいけれど確かに魔王の言う通り、歴史を変えることなんてできないわ。例え私が真実を知りそれを人間側に伝えたとしても、“魔王に拐われた姫”という立場の私が言うことなど「魔王に洗脳されてしまったからだろう」と思われて何も変化をもたらすことができないだろうから……。
「そんなことより姫よ、先代勇者がその後どうなったか気にならぬか?」
魔王は暗い空気を払うように違う話題を振ってきた。そうね、過去のことで暗い気持ちになっていても何もいいことなんてないもの。
私は魔王の話に乗っかることにした。




