2.魔王の計画
机の上を片付け終えた魔王は魔術を使って空間を歪ませると、ティーセットとお菓子を取り出した。そしてカップへ2人分の紅茶を注ぎ終えると椅子に座り、淹れたての紅茶で一服した。
「まずは何故、魔族がいないのか説明しよう。魔族達は何度も勇者によって封印される我を見て人間と戦う意欲を無くし離れていったのだ」
「あー……まぁ、それは仕方ないわよね。でも離れていったということは、どこかで暮らしているということよね?」
「あぁ、魔族達は人間達の中に紛れてひっそりと暮らしているそうだ」
「呼び戻しに行ったりしなかったの?」
「復活当初はそうしようと思っていたが、彼らが残していった手紙を読んで思いとどまったのだ」
「えっ、あっさり諦めすぎじゃない?」
「まぁ、その手紙を読んでみれば分かるだろう」
そう言うと魔王は空間を歪ませて一通の手紙を取り出し渡してきた。
手紙の内容を簡単に要約すると、残った魔族同士で話し合った結果、魔族という種の存続の為に争いをやめ、人間の中に紛れてひっそりと生きていくことに決めたということ。それによって魔王が封印されている間に離れていくことをお許しください、という謝罪の言葉が書かれていた。
「我も魔族という種が滅んでまで世界を支配するつもりはなかったからな。だから呼び戻すことはしなかったのだ」
「そうなのね。でもじゃあ何故、私を拐ったの?」
たった1人になってしまったというのに、魔王が復活したことを世界に知らしめるように姫を拐うなんておかしいわよね? 世界を敵にまわすなんて自殺行為と同じじゃない。
あ、もしかして魔族が自分の元を去っていってしまったからヤケになったのかしら?
「……言っておくが、我は自暴自棄になったわけではないからな」
「えっ、なんで分かったの?」
「15年も姫の面倒を見てきたのだ。姫が考えそうなことは大体予想がつく」
「えー、何だかズルいわ」
「フフッ、仕方なかろう。こういうのは長年培ってきた経験と勘も必要なのだからな」
魔王は得意気にそう言ってきた。
「むぅ~。いいわ、魔王は『おっさん』ですものね」
「なっ……、こらっ! 確かに歳をくってはいるが、我は『おっさん』ではなく『おじ様』だ!」
「はぁ、どちらでもいいじゃない」
「いいや、良くない! 身だしなみや身のこなしを常に気にしているというのに『おっさん』呼ばわりされるのは我のプライドが許さぬ!」
魔王がそう言ってきたから、私は改めて魔王の姿をよく見ながら普段の様子を思い出した。
「……んー、あぁ、確かにそう言われれば品のある感じがするわね」
だらしない体型ではなくスラリとしていて姿勢もいいし、普段の様子もぐぅたらな生活ではなくテキパキと行動している感じだから『おっさん』よりもやっぱり『おじ様』の方が似合うわね。……って話が逸れてしまったわ。
「話を戻すわよ。私を拐った理由は一体なんなの?」
「それは身代金要求という名目での資金集めのためだ」
「し、資金集めー!?」
魔王が資金集めってどういうこと? 全っ然話が見えてこないわ。
「実はだな、我は魔族だけの街を作ろうと考えているのだ。今、魔族達は人間に魔族だとバレぬようにひっそりと暮らしている。万が一、魔族だとバレてしまえば平穏な生活は失われてしまうからな。
そこで我は魔族だとバレることに怯える日々から魔族を解放するために、同族同士で生活できる豊かな街を作りたいと思っているのだ」
「その街を作るためにお金が必要というわけね。でも、そのお金は人間の国で使えるお金よね? ということは魔王は人間の国から街作りに必要なものを買っているということ?」
「そうだ」
「なんでそんな面倒なことをするの? 魔王なら必要なものを魔術で作り出せたりするんじゃないの?」
授業で黒板に書いて説明する時、チョークが足りなくなるといつも魔術で作り出していたから、それと同じように街作りで必要なものを作り出してしまえばいいと思うのだけど。その方がお金もかからないし、買い物をする時間が無くなったことで街作りに当てる時間が増えて効率がいいと思うわ。
「確かに魔術を使って街作りに必要なものを作り出せないことはない。ただ、一時的に使用するためのものであれば問題ないが、建物など長期に渡って使用するものには向いていないのだ。
そもそも魔術によって作り出された物というのは時が経つにつれて込められた魔力が減っていき、魔力が朽ちれば消滅してしまうという欠点がある。一応、魔力を補充すれば消滅することはないが、魔力は同じ術者の魔力でないと補充することができないのだ。
それに比べて資材を買って建てた建物なら自然消滅することはないし、建築作業の時に使う魔術は1から物を作り出すよりも遥かに少ない魔力の消費で済むから効率が良いのだ」
「なるほど、そういうことなのね」
いろいろできて便利な魔術でもそういう欠点があるとは知らなかったわ。だから資材を買わなければならないというのはわかったけれど──。
「でも、資材を買うために使ったお金が身代金なわけでしょ? 身代金で建てられた建物、ひいては身代金で作られた街なんてちょっとイヤじゃないかしら?」
「確かに身代金という名目で金を貰ってはいるが、ただで貰っているわけではないぞ。我もそれなりの対価を払っている。──いや、今はむしろ我の働きに対して対価を身代金という名目で支払ってもらっていると言った方が正しいな」
「え、対価? しかも今は魔王の働きに対してとはどういうこと?」
まるで魔王が人間側の為に行動をしているみたいじゃない。魔王が理不尽に人間側からお金を奪っていたのではないことにも驚いたけれど、それ以上の驚きだわ。
「実はだな、姫。そもそも身代金というのは王族である姫が勇者に助け出されるまでに掛かるであろう衣食や教育費、護衛に支払われるであろう報酬など、姫が我に拐われることなく人間の城で暮らしていた場合に掛かると思われるあらゆる費用を合算した金額を貰っているだけなのだ」
「そうだったの? 一体いくらになるのか分からないけれど、それでもその金額を人間側が用意できないことはなさそうだと思うわ。そしたら何の脅威にもならないと思うのだけれど」
「確かに姫の言う通りだ。だから姫を拐った当初は人間側がとても用意できぬ莫大な金額を1度に要求し、『できなければ姫の命を生け贄にし、勇者の力でも止めることができぬ圧倒的な力でこの世界に生きる人間共を全て滅ぼすまでだ』と脅していたのだ。
当然、人間側は用意できないのだから分けて支払うのはダメかと交渉してくる。それをしぶしぶ了承したという体で金を受け取っているのだ」
「なるほど。教育費に関しては魔王が直々に教えているから教師への報酬はかからないし、護衛への報酬はそもそも護衛する必要がないからその分が浮いて街作りの為に回せるというわけね」
「何を言っているのだ、姫。身代金のほとんどは街作りの為に回しているぞ」
「えっ、どういうこと?」
これ以外に街作りへ回せるものなんてあるかしら?
「人間の王族の暮らしというのはとにかく無駄が多いからな。衣食はできる範囲で自給自足でやっているし、勉強道具などもできる限り我が作ったりと出費を抑えれるところは抑えていたのだ」
「えっ。じゃあ、この服や飾りは?」
「あぁ、それらは人間の店にあったものを我が真似して作ったものだ」
「魔王が真似して作ってたの!? し、信じられない……」
まさか今まで魔王が私の服まで作ってくれていたなんて。縫い代の始末はすごく綺麗だし、ハンカチやスカーフなどに施された刺繍なんてすごく細かくて綺麗だからてっきりこの城に綺麗な状態で保管されていたものを魔王が私にくれているだけだと思っていたわ。まったく、一体どれだけ器用なのよ。
はっ、そういえば以前、裁縫の授業をしてくれた時、ぎこちない動きはなくスムーズな動きで私に教えていたじゃない。魔王はどんな授業も完璧にこなすから当然のように教わっていたけれど、よく考えたら魔王が裁縫のスキルを身につける必要なんてないじゃない。おかしいと思わなきゃ!
今思い返せば魔王ったら裁縫のスキルだけでなく料理や掃除など家事スキルまで身につけていたじゃない。どうして疑問に思わなかったのかしら。あぁ……、慣れって恐ろしいわ!
「そうか、我の手作りだったとは思ってもいなかったか……フフッ」
私がこの15年間、特に疑問に思うことなく過ごしていたことを自責していると、魔王が嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ちょっと、なに嬉しそうな顔をしているのよ!」
「いや、間接的ではあるが職人が作ったものと遜色ないと思ってもらえたと思うと嬉しくてな」
「はいはい、喜ぶのは後にしてちょうだい。話を戻すわよ!
魔族だけの街作りの為に私を拐ったという理由とお金の使い道は分かったわ。次は魔王が今、人間側に支払っている対価について教えてちょうだい」
「あぁ、そうだな。我が人間側に支払っている対価だが、それは勇者の手助けをしていることだ」
「はいぃぃいっ!?!?」
待って待って待って!! 魔王が勇者の手助けをしているっておかし過ぎるでしょ!
「ちょっと魔王! あなた、自分が何をやっているのか分かっているの!? あなたがやっていることは魔王として本末転倒なことをしているのよ!」
「あー、確かに姫の言う通りだが……。まぁ、とりあえず紅茶でも飲んで一旦落ち着きなさい。この紅茶に合う美味い茶菓子もあるぞ」
「っ……そ、そうね。そうするわ」
魔王の衝撃的な発言につい冷静さを失ってしまった私は、魔王に言われた通り紅茶を飲んで心を落ち着かせることにした。