「リコちゃんの休日」<エンドリア物語外伝23>
花が大好きなあたしは花屋で働くことが小さい頃からの夢だった。
好きだったから、花の名前もいつの間にか覚えていた。色んな花の育て方も本で覚えたのもあるし、自分で育てたのもいっぱいある。
あたしが学校を出たとき、お父さんの仕事の関係でラゴタからニダウに移り住んだ。お父さんが仕事先で店員を募集していると花屋があると聞いて、あたしはすぐにお店を訪ねた。
小さな花屋さんだけれど素敵なお店で、あたしはすごく幸運に恵まれたと思っていた。いまでも、とっても幸せだけど、ひとつだけ憂鬱がある。
斜め前の古道具店”桃海亭”
1年前に店主が変わって、ちょっと困ったお店になった。
でも、毎日楽しいし、お花に囲まれて幸せだと思っている。
お店の名前はフローラル・ニダウ。
あたしの名前はリコ・フェルトン。
「リコ、こっち、こっち」
乗り合い馬車を降りると、手を振っているコニーが目に入った。
ラゴタに行ったのは親友のコニー・ダウニングに会う為。
ニダウからラゴタまではちょっと遠いから、学校を出てから一度も会っていなかった。
先週、手紙がきた。
『彼ができたから紹介したい』
絶対に見なければと、返事を書いて今日待ち合わせた。
「ごめん、遅れた?」
「だいじょうぶ。あたしも今来たところ」
学校をでて2年も経つと大人っぽくなっている、と思っていたら、学生時代と全然変わっていない。
「リコ、王都に住んでいるから、お洒落をしてくるかと思ったのに、昔と同じみたい」
「王都といってもエンドリアだよ。普通に田舎」
「そっか」
学生時代の延長みたいな会話を続けて、ちょっと大きな食堂に入った。コニーの彼はすでに席をとっていてくれた。
窓際の4人がけのテーブル。お日様が暖かい。
「彼女がリコ。あたしの親友。こっちの彼がチャス。そっちが彼の友達のカール」
「こんにちは、リコ・フェルトンといいます」
「チャス・ゴルボーン。コニーからいつもあなたのことは聞いています。夢をかなえて花屋で働いているそうですね」
快活な感じであたしに笑いかけてきた。
「カール・ハルフォード。初めまして」
顔は普通。ちょっと暗めの感じの人。
会話を主導したのはチャス。
話題を均等にふってくる。
「花屋か、女性の仕事って感じですよね」
「花屋って力仕事が多いんですよ。筋肉もばっちりついちゃうし、水もたくさん使うから手も荒れます」
あたしに聞いた後は、カールに「お前の方が楽そうだな」と話をふる。
「そうでもない。本は重い」
「あのね、カールは本屋さんで働いているの」
チャスは実家の食堂で働いていて、コニーは家事手伝い。
自己紹介をかねた話が終わった後は、近況や最近の出来事をチャスがうまく話題に盛り込んでくる。
あたしは注意した。
親友だからこそ、知られたくないこと。
「ニダウか、そういえば、あそこは最近桃海亭が有名だよね」
「面白いって噂よね。リコは行ったことあるの?」
「ないわ」
笑顔で答えた。
斜め前に建っているけれど、桃海亭には、行ったことも、入ったこともない。
だから、あたしは嘘を言っていない。
「……リコ」
コニーが心配そうにあたしを見た。
「なに?」
「頬がケイレンしているみたいだけれど、どうかしたの?」
「ちょっと、びっくりして」
「あ、桃海亭の話はイヤだったかな」
チャスがうかがうような目をした。
どっちだかわからない。
あたしが桃海亭を知っているのを探っているのか、それとも、本当に話題をイヤがっているのを確認しているのか。
「ええと、他の話がいいな」
絶対にバレたくない。
「そっか、残念だな。ニダウに住んでいるなら、桃海亭のこと聞けるかもって、ちょっと期待していたんだけどな」
思わず、ジュースをチャスの頭にかけそうになって思いとどまった。
桃海亭の話。
せっかく、ラゴタにいるのに、桃海亭のことなど思い出したくなんてない。
昨日だって、ムーの失敗召喚獣がキケール商店街を歩いていた。
大きさは10センチほどと小さく、球体を半分にしたような形で見た目は可愛いかった。色もペパーミントグリーン。小さいの気づかずに、うっかり踏むと怪しげな匂いを出した。濃厚に甘くて、それでいて、爽やか。吸い込むとしばらく気分がよくて、そのあと落ち込む。
昨日の夕方には、落ち込んだ人達がキケール商店街のあちこちでうずくまって膝を抱え、指で地面をなぞっていた。
「リコ、目がつりあがっているけれど、何かあった?」
「ううん、何もない」
こわばった顔を、頑張って笑顔にした。
「すごい魔術師がいるって聞いたけれど」
カールの言葉に、思わずストローを折ってしまった。
「本当に大丈夫?」
「うん。ちょっと手が滑ったみたい」
いますよ、います。
あたしが必死に笑顔を保っているのに、気がつかない鈍感カールに、あのチビ魔術師を投げつけたい。
食堂の扉が開いて、2人の魔術師が入ってきた。
二人とも黒いローブを着て、手にロッドを持っている。
「へえ、珍しいな」
「久しぶりに見たよな」
カールとチャスの会話に、魔術師が珍しいことを思い出した。見かける魔術師は旅の人で、ラゴタにはほとんど住んでいなかった。
毎日、ムーとシュデルを見ているので、珍しいことを忘れていた。
あっちに行け、というあたしの祈りは通じなかったみたいで、あたし達の隣のテーブルに座った。
顔を寄せて何やら相談をしている。
「ねえ」と、コニーが話しかけてきた。
「なあに?」
「桃海亭のことなんだけれど」
やめて欲しいと言おうとして、コニーが真剣な顔をしているのに気がついた。
「桃海亭がどうかしたの?」
「ムー・ペトリって、どんな人?」
どんな人……あれは人に分類されない、なんて、言えない。
「ん、チビ」
そういってから、慌てて言い直した。
「ピンクの服を着た魔術師」
「やっぱり、見たことあるんだ」
「あるけど」
「ウィルは?」
「普通の人」
他に言いようがない。
茶色の目と髪。中肉中背。最近はちょっと痩せ気味。顔にも体型にも特徴がない。
「ふーん」
ジュースをストローでかき回している。
あたしはさっきストローを折ったので、しかたなく直接口にコップを運んだ。
「ハンサム?」
思わず吹き出しそうになって、こらえて、ジュースが気管に入った。
「ゴホッ、ゴホッ」
「ごめん、そんなに驚くなんて思わなくって」
「ううん、ちょっと、びっくりしただけ」
「なんで?」
そう聞いてきたのは鈍感カール。
「ウィルは、ハンサムとは言えないと思う」
「じゃあ、やっぱり偽物かなあ」
「えっ?」
「ピンクのローブを着た魔術師が、オレが働いている本屋に来たんだ。ムー・ペトリじゃないかと大騒ぎになってさ」
ムーじゃない。
それだけは断言できる。
いつもショッキングピンクの上下(パジャマ兼用)を着ている。
「美形だった?」
「美形?」
「長い黒髪の美少年」
「髪は白色だった」
次に何を言っていいのかわからなくなった。
桃海亭の偽物がいるというのは聞いたことはあった。
でも、ムーとウィルに化けてもいいことなんてあるとは思えない。
「偽物?」
「たぶん」
「一緒にいたハンサムな青年がウィルかと思ったんだけど」
「絶対に違う」
カールが不思議そうな顔をした。
「なんか力が入っているね。ウィルと親しいの?」
「ううん、前にみたことがあるだけ」
昨日も魔術師達に追いかけられていた。逃げられると思った魔術師たちがウィルの頭上に大量のファイアボールを落とした。何十個という火の玉が落ちてきたのに、ウィルは上を見ながら、全部よけきった。
あの時は、観客から一斉に拍手がおこった。
「残念だな、偽物か」
「とにかく、桃海亭とムーとウィルの話は終わり。あそこのことは本当に知らないの」
「リコは、興味ないの?」
コニーが聞いた。
「ないわ」
きっぱりと断言した。
「せっかくニダウにいるのに」
「そうだよ、ラゴタには何もないんだ。刺激的なことなんて、何も。桃海亭があったら楽しかっただろうなあ」
カールが残念そう。
「本物だったらよかったのに」
コニーも残念そう。
あまりにも残念そうな2人が可哀想になった。その時、奥さんがムーとウィルが先月の末、ラゴタを通ったことを教えてくれていたことを思い出した。だから、ちょっとだけ夢見るお手伝いをしようと思った。
「ねえ、先月の末にショッキングピンクの服を着たチビの少年がラゴタを通らなかった?」
「ショッキングピンクの少年?」
「あれじゃないか、猫を頭に乗せていた」
「あ、あれかしら?」
チャスとカールとコニーがうなずいている。
「その少年、白いくせっ毛で…」
あたしが話しているのに、カールが口をはさんだ。
「耳だけ青い変わった白猫だったよな」
あたしは反射的に立ち上がった。
「ティパス!」
「え、リコ、どうしたの?」
「……ううん、なんでもないの」
ティパス。
異次元召喚獣で青い耳の白猫。は、仮の姿で本当の姿は長毛の巨大な狐と狼を足して2で割ったような獣。
ムーがシュデルとの喧嘩で呼び出して、キケール商店街の通りで使役したことが2回ある。長い毛は電気を帯びて、鋭い爪は空間を切り裂く。ムーが使役する獣型召喚獣でも上位の攻撃力をもっていて、シュデルも最上位の防御力を誇るセトナの護符で防ぐしかなかった。
「頭の上に丸まって、可愛かったよな」
ティパスが本気で暴れれば、あたしが育ったラゴタは数分で壊滅する。
「…あの…チビは」
連れていた理由もわかる。
乗り合い馬車の御者はムーの顔を知っているから乗せてもらえない。
ティパスならムーとウィルを乗せて楽々走れる。
「あの子供がどうかしたの?」
「ええと、そのそばに18歳くらいの少年はいなかった?」
チャスとカールが顔を見合わせた。
「そんなのいたかな」
「記憶にないよな」
あたしはわかりやすく言った。
「いるかいないかわからないほど影が薄くって、服がすり切れていて、ツギが当たっていて、見るからに貧乏そうな感じなんだけど」
「あっ」
「あれかな」
「覚えている?」
「なんとなく、子供の後ろにいたような」
「いた気がする。ぼっーとしていた」
「そう、その彼。その彼がウィル。ウィル・バーカー」
2人ともジト目であたしを見た。
「そんなわかりやすい嘘にひっかからないよ」
「ニダウにいったことがないからって、からかうなよ」
ちょっと怒っている。
「本当だって。白い髪のチビがムー。ムー・ペトリ。頭の上の異次元召喚獣はティパス」
「あのさ、ちょっとひどくないか」
「自分がニダウに住んでいるからって、バカにしているのか、俺たちを。さっき、桃海亭に行ったことないって、言っていたじゃないか」
完全に怒らせちゃったみたい。
こうなったら、知られたくないことを言うしかない。
「行ったことはないわ。でもね、あたしの働いている花屋はフローラル・ニダウ。桃海亭の斜め前にあるの!」
3人ともあっけにとられた顔であたしを見ている。
「毎日、毎日、毎日、あの桃海亭のせいで……せいで…」
悲しくないのに涙が出た。
「リコ…」
「…桃海亭があるばっかりに…」
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないから……」
言葉にならなくなった。
「桃海亭に何かひどいことされたの?」
あたしはキッとコニーをにらんだ。
「毎日のように空から何か降ってくるのよ。氷とか、炎とか、この間は、変な海老のような生き物が大量に降ってきたわ」
「そ、そう」
「店にいれそこねた花が、みんな海老にチョッキンと切られたわ」
「そうなんだ」
わかっている。
3人ともあたしを可哀想な子を見る目でみている。
店の扉が音とたてて開いた。
「全員動くな!」
数人の体格のいい男達が入ってきた。
先頭の人があたしを見て驚いた。
「リコちゃん、どうしてこんなところにいるんだ?」
「アーロンさんこそ、ニダウから出ていいんですか?」
ニダウ警備隊隊長アーロンさん。
毎日のように桃海亭が騒ぎを起こすから、キケール商店街の人はみんな顔なじみになった。
「ダイメンから至急の要請があって」
「動くな!」
あたしの隣にいた魔術師があたしを捕まえて、ロッドの先端をつきつけた。
光攻撃用のロッド。上級者用のTU23。
この間、逃げていった魔術師達が落としていったのを、ウィルが笑顔で拾っていた。中古でも1本金貨2枚にはなるって、拾ったロッドに頬ずりしていた。
「この魔術師さんに用事なんですか?」
「ああ、ダイメンから問題がある物を盗んでな」
「問題のあるものが盗まれて、ダイメンから至急の要請があってアーロンさんがここにいるということは……もしかして、ピンクのあれもいるってことですか?」
アーロンさんが困った顔をした。
あたしはロッドをつかんだ。
「放せ!」
「使えないロッドなんて、つきつけないでよ!」
「何を!」
あたしは思いっきり、魔術師の足を踏んづけた。
あたしをつかんでいる腕が緩んだ。ロッドごと魔術師を突き飛ばす。
「それは上級者用ロッドTU23。わかっているの?」
毎日見ていると、魔術師のレベルがある程度はわかってくる。この魔術師は初心者。TU23を使う魔力も技術もない。
「魔法道具店で一番高いロッドだぞ」
「じゃあ、使ってみなさいよ」
魔術師があたしに向かってロッドを振り下ろしけど、何も出ない。
「えい、えい!」
「だから、使えないって」
もうひとりの魔術師が袖から何かを出した。
「これが見えないのか!」
高々と掲げた宝石。
「あれが盗まれた物ですか?」
「そうだ。ダイメンの神殿から盗まれた」
あたしは急いで窓を開けた。
「逃げるとこいつを使うぞ!」
宝石を持った魔術師が言ったけれど、そんなこと気にしていられない。
「あたしは逃げるからね!」
コニーに言って、窓枠に足をかけて、外に飛び出した。
あたしの尋常でない様子に気づいたコニーも窓枠を乗り越えてきた。
「こら、逃げるな!」
魔術師の声のすぐ後に「いくしゅ!」と聞き慣れた声が聞こえた。
あたしは地面に伏せた。
窓から噴き出した何かが頭の上を通り過ぎた。
店の中が騒がしくなって、そのあと、窓のところから声がした。
「大丈夫ですか?」
涼やかな声に顔を上げると、白い手が窓からさしのべられた。
「リコさんもいらしたのですか?」
「シュデルも来ていたんだ」
「盗まれた宝石の能力が毒霧だったんです。追いつめられた盗賊たちが毒をまき散らさないよう、宝石を説得する為に僕が呼ばれたんです。もう危険はありませんから安心してください」
「そうなんだ、ありがとっ」
さしのべられた手につかまって立ち上がった。
「ムーの声がしたけど」
「ムーさんも店長も来ていますよ。呼びましょうか?」
思いっきり、首を横に振った。
あの2人とは関わりたくない。
「リコ、こちらの人は?」
たちあがったコニーが頬を赤く染めていた。
「桃海亭の店員のシュデル。シュデル、こっちは友達のコニー」
「はじめまして。いつもリコさんにはお世話になっています」
微笑んだシュデルを見て、コニーの顔が真っ赤になった。
とても、話せる様子じゃない。
しかたがないので、あたしが聞いた。
「シュデル、その辺りに男の子が転がっていない?」
「2人いましたよ。どちらも顔と足にかすり傷をしていたので隊長の部下の方が通りの向かいの診療所に連れて行きました」
「わかった。教えてくれてありがとう」
「帰られるのでしたら、一緒にいかがですか?僕たちは馬車を使ってきていますから…」
「ムーと一緒でしょ?やめとく」
シュデルがクスリと笑った。
その後ろから、もっと見慣れた顔が現れた。
「シュデル、こっちは終わったぞ」
「店長、今行きます」
「あれ、どっかで見たような」
「フローラル・ニダウの…」
あたしはブンブンと首を振った。
ウィルに名前を覚えられたくない。
「働いている女の子です」
シュデルがすばやく言い換えてくれた。
「何でいるんだ?」
「話は僕が聞きました。それよりも、今回の依頼を急いで終わらせないと、夕食に間に合いません」
ウィルを店の奥に連れていってくれた。
お礼に、今度、魔法道具が喜ぶような物を買わないと。ラゴタに道具が喜ぶような物があったかなと考えたところで、コニーがあたしにくっついた。
「リコ。いまの人、誰?」
「いま言ったよね、桃海亭のシュデル」
「綺麗だね」
「うん」
人より魔法道具が大切な変人だけど。
「なんで、リコはそんなに普通でいられるの?」
「毎日見ているから」
変人のうえに、小言が多いおばさんみたいな性格だから。
「どきどきしない?」
「全然」
コニーが変な顔をした。
「リコ、ニダウに行ってから変わったよね」
「そんなことないと思うけど」
「さっき、魔術師にロッドを突きつけられたときも怖がっていなかったし、ロッドも上級者用のなんとかだから、って。そのあとも魔術師を踏んづけて、突き飛ばしていたよね」
「あのロッドが使えないってわかっていたからだよ。そうでなければ、あたしだって…」
「つかまったら、悲鳴をあげない?」
「えっ?」
「キャーって」
「……そういえば、そんなのがあったかも」
ウィルはキケール商店街で剣士や戦士や魔術師に襲われているけれど、悲鳴をあまりあげない。切りつけられながらも、相手を説得しているとか、話を聞いているとか。だから、あたしには魔術師が怖いという感覚が薄くなっていたのかもしれない。
「リコ、やっぱりおかしいよ」
「うん、そうかも」
「ラゴタに帰ってきたら?」
「あたし、フローラル・ニダウが大好きなの」
お店も仕事もご主人も奥さんも大好き。
「だから、絶対に辞めない。たとえ、桃海亭が斜め前にあっても」
断言したあたしの横で、食堂が崩れ落ちた。
「あっ!」
「あーあ。ウィルが貧乏からド貧乏に進化しそう」
「何を言っているの!店が壊れたのよ」
「大丈夫、あの3人がいるから怪我人はでてもかすり傷程度だから」
「……リコ」
「なに?」
「もう、あんたが何を言っているのかわからない」
「リコちゃん、お友達に会って楽しかった?」
翌日、店に行ったあたしに奥さんが微笑んだ。
「お休みありがとうございました。楽しくなかったです」
「どうしたの?」
「桃海亭のせいで…」
涙が出そう。
食堂が壊れた後、コニーと向かいの診療所にチャスとカールの様子を見に行った。二人とも露骨にあたしを警戒していた。
そのあと、コニーはシュデルの話ばかりしていた。何度も紹介して欲しいと頼まれたので、つい『道具LOVEの変人』と言ったら、絶交された。
「…友だちと喧嘩しました」
奥さんが優しく肩を抱いてくれた。
「何か誤解をされたのね。大丈夫。そのうち、きっとわかってくれるわ。あそこが変わった店だってこと」
あたしは何度もうなずいた。
桃海亭が変わっているのだ。おかしいのは、桃海亭。
「だから、オレを殺す前にすることがあるだろう!」
今もキケール商店街の通りで魔術師3人に囲まれたウィルが怒鳴っている。
魔術師が持っているのは、炎熱攻撃用ロッド、上級者用のSV381。
「あぁー、あたし、もうダメです」
「大丈夫よ」
奥さんはなぐさめてくれるけど、自信がなくなった。
お花は大好きだから、自然と名前を覚えられた。
それなのに。
「だって、ロッドの型番まで、わかっちゃうんですよ」