バースデイケーキを作りましょう
星屑による星屑のような童話。お読みいただけると、うれしいです。
昼下がり、午後二時。
息をはずませたタケシが、学校から一目散に帰って来た。
「大変だ、父ちゃん! 今日は、母ちゃんの誕生日だぞ。プレゼント忘れてる!」
黒いランドセルを背負ったままのタケシが、かぶっていた赤い野球帽をテーブルにぶん投げて、そう叫んだ。
「あん? 何だって?」
リビングのソファーに、まるで何かのかたまりのようにだらりと寝そべっていたタケシの父ちゃんが、ぴょん、と跳ね起きる。自分の首を、壁に向かって光の速さで動かした父ちゃん。カレンダーに目を走らせ、顔をきゅりり、と引きつらせた。
「こ、こりゃ、一大事だ。オレもプレゼント、用意してない……。よし、タケシ! それならケーキを作っちゃおうぜ! 母ちゃんのために、とびきり美味しいヤツをなっ」
「ケーキ? 父ちゃん、そんなもの作ったことあるのかよ」
ニヤリとブキミに口をつり上げて笑う、父ちゃん。その両眼が、キラリ、夏の夜空に浮かぶ星のように輝いた。
「タケシ……オレを誰だと思ってんだよ。タケシの父ちゃんだぞ。作ったことなんて、あるわけないだろ。でもまあ……成せば成る、ってとこだな」
「ナセバナル? 何だ、それ?」
父ちゃんは、右手の親指をそり返るくらいにぐんと突き立てると、目の下の「クマ」が目立つ顔をムリヤリ押し広げるようにして、明るく答えた。
「やればできるってことさ!」
夜の時間に働く警備員の仕事をしている、タケシの父ちゃん。今日は、一週間に一度の、休みの日だった。
いつもなら、小学二年生のタケシが学校から帰っても、ソファーでぐったりしているばかりで、タケシの話など聞いてもくれない。
けれども、今日はちがう。何せ、一年に一度の、母ちゃんの誕生日。大切な大切な、記念日だ。
「さあ、買い物に行くぞ。タケシも手伝え」
◇
足早に、近くのスーパーへと出かけて行った、二人。
小麦粉、卵、生クリームにイチゴ――買い物かごをのせたワゴンをがらんがらんと走らせ、レジへと向かう。
「ピッピッ、てやってください。早くっ!」
息を切らし、眼の血走った二人におどろいたレジのおばさんが、体をのけぞらせた。
レジを済ませて、家に戻る。
早速ケーキ作りを開始! といきたいところだけれど、二人とも、作り方がよくわからない。
「たしか、料理の本があったはずだ……」
父ちゃんが、本だなの奥で眠っているカビ臭い料理の本を、引っぱり出してきた。父ちゃんと母ちゃんが結婚したてのころ、使っていたものだ。
『誰でも簡単、おいしいケーキ』
今の二人に、ぴったりの名前の本。
イチゴケーキのところをばさっと開くと、父ちゃんは「うん、これこれ」とつぶやいて、タケシにぐいっと本を押しつけた。
「タケシはクリームを作れ。父ちゃんは生地を作る。母ちゃんはいつも六時に帰ってくるんだよな……よし、急げっ!」
――こうして、二人のケーキ作りが始まった。
「父ちゃん、バターないよ」
「マーガリンでも入れとけ」
「父ちゃん、リキュールって何だ?」
「外国の酒だよ。たしか料理用の酒があったよな……。同じ酒だし、それでダイジョーブだろ」
「父ちゃん――」
「えーい、ゴチャゴチャうるさいぞ。テキトウにやれよ。あっ、見ろ! 生地を床にぶちまけちゃったじゃないかッ」
そこら中が、あやしい色の生地と妙なにおいのするクリームとで、ベトベトになる。
――それでも何とか、ケーキは焼きあがった。
「父ちゃん。これ……何だ?」
「ケーキに決まってるだろ」
オーブンから出てきたケーキは、まるで炭のかたまり。ガチガチに固いケーキのはじをつまんで食べると、これでもかというくらい、苦かった。
がっくりと肩を落とし、大きなため息をついた、二人。でも、これくらいでへこたれるような、父ちゃんではない。
「よし、こうなったら、アレしかない!」
父ちゃんは、小麦粉の入ったボウルに卵をまぜ、モウゼンとかきまぜ始めた。
時刻は、すでに五時を少しこえていた。
◇◇
夕方、六時になる。
アゴのざらざらブショウヒゲを汗で光らせながら、父ちゃんがさけんだ。
「よし、できた! あとは母ちゃんが――」
そのときガチャリと開いた、玄関のドア。ついに、母ちゃんが帰って来たのだ。
リビングの入り口で、男二人が、息を止めて待ちかまえる。
「ただいまあ……あれ、誰もいないの?」
母ちゃんの声が、聞こえた瞬間。
パパーン!
二つのクラッカーが、勢いよくはじけた。
「ハッピーバースデー、母ちゃん。これ、ぼくたちからのプレゼントだよ!」
タケシが指さしたのは、大皿いっぱいに横たわった、ちょっと薄くてこうばしいにおいのする、ケーキだった。
たっぷりのソースの上に、まんべんなく散りばめられた、青のりとかつおぶし。
そして、マヨネーズで書かれた「たんじょう日おめでとう」の白い文字を取り囲むようにして、色とりどりの小さなロウソクがこれでもかというくらい、たくさん立っていた。
「……。関西風のケーキね――ちょっとロウソクの数が多すぎない? まあ、いいわ……ありがとう」
母ちゃんは、クリームやソースでベトベトになったキッチンとリビングを見わたすと、半分泣きながら、半分笑った。
―おしまい―
お読みいただき、ありがとうございます。
もしも関西の方で、不快に思われた方がいらっしゃいましたなら、申し訳ありません……。悪意はありません。
逆に「こんなの普通」と言われたらどうしようと内心びくびくしております。