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壁ドンをされました。

 七月を終えようとしている今日。まだまだ夏は終わらない。寧ろこれから本格的な猛暑となりそうだ。

 偶に吹く生温い風を感じながら外にあるごみ捨て場へと足を進める。


「何でわざわざ外に出なきゃならないのよ……」


 分かっている。私のくじ運の無さが今こうして私を不幸に陥れていることは。

 今日は終業式。一学期も終わりを迎え、明日からは待望の夏期休暇が始まる。

 そんな学期末には大掃除が行われる訳で、この日までに出されたゴミは普段の掃除と何ら変わりなく校外にある焼却炉近くのごみ捨て場へと持って行かれるのが規則となっている。

 風通りの悪い校内と大して変わらない気もするが、やはり太陽の光を直接受けるのとそうでないのとは全く違う。

 現在私の抱えているゴミ袋は三つ。どんなに多くゴミを出しても週に一度のペースで捨てさえすれば普通はこんな量にはならない。三袋あるという事は三週間も捨てていないという事になる。どういうことだよっ。ちゃんと捨てろよ、掃除当番!

 因みに三週間前の当番はかくいう私である。

――悪いのは私だけではないと言っておこう。

 そんな訳でこんなゴミの量になったのはこの三週の間に為すべき事をしなかった当番のメンバーが悪いという事でその中から抽選した所、見事ミラクルな確率で私が選ばれたのだ。全く、嬉しくないくじ運である。


「重てぇ…………たかがゴミ袋の筈なのに」


 改めて考えると凄い量である。

 教室のゴミ箱は悲惨な状態だった。詰に詰められていた為、中に敷いていたゴミ袋は無惨に破れ、新しいものを用意しなくてはいけなかった。その上、更にみみっちい箱には収まりきらず、山が出来、周辺には溢れた残骸がばらまかれていた。

 寧ろここまで来るといっそ恐ろしい。執念さえ感じる。ごみ捨てがそんなに嫌なものなのだろうか。人のことは言えないけど。

 胡乱な目でそんな事を考えていると、いつの間にか目的地に到着したので三袋同時に投げ捨てる。

 ふうと息を吐きながら額の汗を拭う。


「もう三週が経つのか……」


 輝との擬似恋人同士となったのは今から約三週間前の事。そして、手を繋いで下校したのもその頃だ。

 思い出して私の頬は熱くなる。

 未だにあれは恥ずかしい。はがゆいというか、いたたまれなくなる。

 けれど、輝の方は至って普通でとても腹が立つ。腹いせに頭突きしてやった事は少し後悔している。輝は石頭で、こちらの方がダメージが大きかった。……何だかまた胸がムカムカしてきた。私なんて、あれのせいでずっと頭がグルグルして、数日後のテストで痛い目にあったというのに。何で私ばっかり――全く八つ当たりである。

 あれから特に変わったことは無い。恋人らしいことは一切していない。手を繋いだのもあれ一度きりだ。

 一緒に登下校はしてるものの、それは偽の交際を始めるまでと何ら変わりはない。


「何考えてんだか」

「何が?」

「……っうわ!」


 突如現れた男は「人をまるで化け物みたいに見やがって」とぶつぶつ文句を垂れているが、私にはそんな事知ったこっちゃない。いきなり現れる方が悪いのだ。

 噂をすれば影が指す――――言わずもがな、輝であった。


「お前、ごみ捨てるだけでどんだけ時間かかってるんだよ」

「べ、別に! 外が好きなだけだしっ」

「……熱中症になるぞ」


 輝は私を呆れた目で見つめてくる。どうやら適当に言った言葉が誤魔化したものだと気付いているようだ。目敏い。

――どうしてあれから何の沙汰も無いのよ。

 そう考えて、言える訳がないと頭を振った。

 輝の事を考えてましたなんて口が裂けても言えない。結局、私は押し黙るしかなかった。


 取り敢えず、深く突っ込まれても嫌なので教室に戻る事にした。もう直ぐ清掃の時間も終わる。輝も後から着いてくる。

 改めて空を見上げてみれば思っていたよりもずっと太陽がギラギラと輝いていた。この炎天下で長時間居れば、海へ行った訳でもないのに薄皮が向けそうだ。

 先程の自分の発言を思い出して頭が痛くなる。輝は何も言わない。その優しさが胸に染みた。

――さぞ、馬鹿な女だと思ってるんだろうな。色んな意味で。

 眩しさに目を細めていると、私の顔に影が掛かった。あれ、と思い、開けてみると、鼻先に輝の顔が迫っている。


「っ!? ……っぅえ、んな、な、にっ」


 あまりの近さに思わず変な声が出てしまう。

 言葉にもならない言葉を発しながら、一歩、二歩と後退していく私。それと同じく前進する輝。彼の前には私がいるので当然二人の距離は離れない。それどころか輝の歩幅の方が広く、益々縮まってしまう。これでは私が後ろに足を動かしている意味が無いではないか。

――何してるのよっ!!!!

 とん、と背中に硬いものが当たった感覚がした。壁だ。

 不思議な事に、これだけ暑い日射しを受けながらも校舎の壁は熱くなかった。寧ろ冷たい。薄い制服の布越しに、その冷たさを背中に伝えている。

 輝は先程から無表情だ。何を考えているのか分からなくて構えてしまう。目も勢い良く泳いだ。

 顔はもう鼻と鼻がくっついてしまいそうだった。中央付近だけ薄く薄く開かれた唇は凄く柔らかそうだと思ってから、すぐ視線をずらす。淡い檸檬の香りがして、そう言えば授業中にガムを噛んでたのを見たなと頓知感なことを浮かべ、呼吸を止めた。

 輝の長い睫毛が規則的に上下する。吸い込まれそうな程澄んだ茶色の円に自然と視線は固定された。

 口の端をきゅっと結んでじっと輝を見つめていると、彼の瞳の奥が微かにほくそ笑んだ気がした。

 次の瞬間、





 フゥ。


「ひゃあっ!!!?」


 耳に生温い風を感じた。ゾクリとした感覚が耳から身体中に走り渡った。

 逃げようとするも輝が壁に手をついてそれを妨げる。この野郎、私に何の恨みがあるっていうのよ!

 息をかけられた耳に手を当てながら目の前の男を睨みつけた。


「さっきから何なのよ!」


 鼻息荒く怒鳴った私に、これまたまるで動じない表情で、輝はさも当然だと言わんばかりに口を開いた。


「暑そうにしてたから、日除けしてやったんだろ」

「……はああ?」


 ちょっと不良のお兄ちゃん、のようなガラの悪い声をあげる私の額に、仕方が無えなと言うように輝の手が触れる。それはこの暑い中で不自然な程ヒヤリと冷たく感じた。


「それに、少女漫画みたいってこういうことだろ」


 輝が不敵に笑う。いつもの馬鹿っぽい無邪気な笑顔とは何だか違う。

――言われて気付いたけど、これって噂の壁ドンってやつか。

 顔の両横に伸びた輝の腕を見やり、ぼんやりとそう考えた。

 そして、目線を逸らし、ふんっと言いのける。


「確かに、やってる事はそれらしいけど、さっきの言葉何? 雰囲気ぶち壊しじゃない」

「…………」

「それに無表情で迫ってこられても何事かと思ったわよ」

「……まあ、トライしてみますよ」


 口を尖らせた輝の表情は分かりやすく不満の色が見えた。そのまま手を退いて、収穫が云々とぶつぶつ文句を言いながらも校舎へと足を向ける。

 そんな輝を見つめ、視線を何となく未だ耳を触れていた自分の手に移した。そうだと思い出す。そして先程疑問に思った事を口に出した。


「輝ってさ、冷え性だったっけ」


 輝はこちらをゆるりと振り向く。暫し瞠目した後、その目はにやりとほくそ笑んだ。

 私はデジャヴを感じた。


「さあね」


 先に戻ってるわ、とまた前へと足を動かす輝。それを見つめて、はあと一つ、長い息を吐いた。


「一体何しに来たのよ」


 一瞬、ごみ捨てを手伝いに来たのだろうかという考えが浮かぶも、まさかなと直ぐに打ち消す。確かに輝も私と同じく当番であったが、私を気遣ってそこまでするだろうか。第一、来るのが遅い。

 考えても無駄かと思考するのは諦め、もう一度溜め息を漏らし壁に体重をあずける。


「……疲れた」


 冷たく感じた筈の壁は、既に生温いものへと変化していた。

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