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手を繋ぎました。

「はよ」

「おはよ」


 玄関を出ると、輝が立っていた。

 挨拶を交わして、他愛のない会話をしながら学校へと向かう。

 眠い授業を何とか耐えたり耐えられなかったりしながら午前を乗り越え、女友達といつものようにガールズトークに花を咲かせながらお弁当をつついて。そして再び授業が始まる。

 その授業は生物であった。

 頭部が若干薄い先生の話は、ためが長くのんびりとした話し方のせいかこれまた酷く眠気を誘う。

 私は偶に舟を漕ぎながらも、落書きに筆を走らせながら眠気を紛らわせていた。

 うんうんと唸りながら書いたり消したりを繰り返していると、誤って消しゴムを落としてしまった。

 後ろへと転がっていったそれは輝に拾われる。

「何やってんだよ、ばーか」

 呆れたような顔で、消しゴムは返された。

 渡される時、ほんの少しだけ指先が触れる。

 取り敢えず私はありがとうとだけ言ってけど、ばかとは何だと睨んでやった。


 そして放課後。

 掃除をつつが無く終え、輝と共に帰路に着く。

――いや、これってさ。


「これまでと何も変わってなくない!?」

 思わず叫んでしまった私は悪くないと思う。

 一緒に登下校するのも、挨拶したり軽い会話を広げるのも、バカとかアホとか罵り合ったりするのもいつもと同じ。なんら変わりない日常だ。

 私達って新しい刺激を求めて――あとちょっとの見栄と――付き合い出したんじゃないの? ドキドキは何処。あれ? ていうか、付き合ってるってことでイイの?

「え? いや、男女交際ってこんなもんなんじゃねーの?」

 混乱し出した私に戸惑った様子の輝が問う。

 目を丸くして豆鉄砲くらったみたいな顔だけど、そんなアホ面さえも不細工には見えない。イケメンは変顔してもイケメンってことか、ケッ。

「だってこれ、全然ドキドキとかトキメキを感じないよ」

「…………」

 私の呟きに輝は目を逸らす。

 そして、投げやりな様子でぼそりと吐いた。

「だったらお前は何がしたいんだよ?」

 こいつ、私に押し付けやがった。

 そういえば、輝も『恋人いない歴イコール年齢』同盟を組んだ仲間だったなと私は思った。

 おいおい、言いだしっぺはキミだろ。まさか、分かってないくせに恋人ごっこしようぜ、なんて、言ったのかよ。

 私は輝を睨む。

 だがしかし、視線は噛み合わない。

「ほら、色々あるじゃん! 恋愛ドラマとか映画とか小説とか少女マンガとか…… 」

「お前もよく分かってないんじゃねえか。何だよ、少女マンガって。夢見るイタイ系の乙女か」

「イタイとは何だね、イタイとは! 仕方無いじゃない。今までそういうラブい事とは無縁だったんだもん」

 何が悲しくてこれまでの非モテ人生を語らなければいけないのか。

 虚しいというか、腹立たしいというか。

 取り敢えず馬鹿にしてきた輝を学校指定鞄で殴ってみたけれど、何故か輝は口元を緩めて嬉しそうにしていて。

 気味が悪くてすぐに止めた。

 けれども輝のニヤケ顔は家に着くまで治まる事はなかった。

 こいつ、もしかしてM……。



「ん」

「は」

 突然差し出された掌に、私は思わず間抜けな声を上げた。

 輝の顔と手を交互に見つめる。

 輝は唇を尖らせて、仏頂面……というよりは、何処か照れている様な表情だった。

 掌は空を掴み、ひらひらと揺れている。

――あ、握手したいのかな?

「何、急に。私芸能人とかじゃないけど?」

「は? 芸能人? ……いや、そうじゃねーよ! 何でそうなるんだよ」

 目の前にあった掌は、いつの間にか私の頭部へ攻撃していた。いや、ふつうに殴られたんだけど。

 輝はワザとらしい溜息をついて、「これだからバカは」と零す。舌打ちも忘れない。

「手だよ手!」

「だから、手が、何」

「お前が言ったんだろ! いつもと変わんないとかドキドキしないとか」

「?」

「ああっ、もう!」

 輝は短気だ。

 いつも私の言動にいちいち反応して、怒る。

 原因が私にあるというのは分かるのだけれど、何故輝を怒らせたのか、理由がまるで分からない。だから多少の理不尽を感じてしまって、いつも私がスルーするか言い合いの喧嘩に発展するかのどちらかだ。大抵は後者になるのは想像に難く無いだろう。だって私と輝だし。自分で言うのも何だけど、低レベル同士だし?

 そういう訳で輝は沸点が低いのだが、いつか高血圧でヤバくなるんじゃないかと私は危惧している。

 だって本当にいっつも怒ってるんだもん。アホみたいに喚き散らしたり、怒りを必死に耐えてるみたいな。せめて、ご臨終なさいました、とかにはなりませんように。

 くそっと顔を真っ赤にした輝は顔を顰めた。

 やがて、意を決した様に、唇を震わせながらも徐ろに言葉を繋ぐ。

 こんな輝は見た事が無かった。

「……っ手、つ、つつ、繋ぐぞ、て、言ってん、だよ…………」

「え?」

 およそ数秒間の沈黙が訪れる。

 その言葉を理解するのにそう時間は掛からなかった。

 同時に、輝の顔が赤く染まっていた理由が怒りだけでは無いという事に気が付く。

 自然と私の頬も熱くなった。

「えっ、あ、いやその、え?」

「何度も言わせるなよなっ。……ほら」

 ぐいっと強引に手が引かれる。

 手汗が、とか、心の準備が、とか、そんな咄嗟に思い浮かんだ言い訳を口から出す猶予さえ与えられずに、私の右手は輝の左手に重なった。

 微かな振動がお互いの緊張を表していて、脈が暴れ出す。

 じんわりと、どちらからか湿った触感は妙に生々しくて二人は無言になった。

 少し強く握り締められれば、骨張った掌の硬さが私の掌に染み込んでいく様で、顔は愚か全身が熱に悲鳴を上げる。

 心臓が煩くて、胸が苦しい。

 ドキドキ、よりもバクンバクンって鳴るものだから聞こえてしまうのではないかと冷汗が流れる。しかし、額に光る汗さえも蒸発してしまって、益々拍動が激しくなった。

 突如として頭に響いた『おててつないで~』のフレーズに、とうとう耐えられなくなって、誤魔化す様に私は笑った。

「そういえば幼稚園の頃もこんな風に皆で手繋いでたよね! 懐かしいなー!!」

 そうだ。

 手を繋ぐくらい、幼稚園児だって出来るんだから、このくらい何ともない。そう、何ともないのよ!

 必死に言い聞かせようと、何ともないを脳内で繰り返していると、それを知ってか知らずか、輝が無惨にも台無しにした。

「あの頃と今とでは関係とか状況とか全然違うだろ。一緒にすんなよ」

 再び、暫しの沈黙が場を支配する。

 そっぽを向いた輝の表情は見えないが、どうやら不貞腐れているようだった。

 私の顔はさぞ滑稽だろう。笑えばいいさ、笑えば。ハハッ。

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