第五話『強襲魔獣』
レイドボス。
ALMOでは漢字表記で強襲魔獣となる。
このゲームの中では専ら忌み嫌われる存在ではあるが、カタカタ表記の方だけでならMMORPGやソーシャルゲーム等で聞いたことのある人は多いであろう。
その大半はイベント関連のものだったりするのが多い中、このARMOにおいて、前述した通りに忌み嫌われている。
理由は大きく分けて二つある。
まず、倒しきっても報酬が美味しくないというのが一つ。
良い報酬が出るとしても稀であって、大抵は下級、もしくは中級のポーション系統のアイテムを落とすだけである。
出たら出たでプレイヤー全員に行き渡る親切設計ではある。
その後、他のプレイヤーから持て囃されるがすぐにチートチートと呼ぶ輩が現れて評判が悪くなり、最悪アカウント停止に追いやられたプレイヤーも存在したりする。
次に、レイドボスが尋常じゃないほどに強いというのが一つ。
レイドボスが強いということは当たり前な話のようにとらわれがちだが、このARMOの強襲魔獣はそんじゃそこらのレイドボスとは一味違う。
まるでプロのゲーマーがそのまま中に入ってるんじゃないのか、とネット等で話題に上がるほどである。
勝てたとしても高ランカーかつ熟練者で埋め尽くされた50人程の討伐部隊が壊滅状態に陥っていることが多いのだ。
報酬金額は普通に受ける依頼よりも多めに設定されてあるというものの、討伐隊として編成された人に山分けという形で支払われるのでこれまた美味しくない。
結論としては、コストパフォーマンスが悪くてやるだけ無駄なものなのである。
「アリスちゃん、あの影って何かな?」
つまり何が伝えたいのかを強いて言うとすると、村からでて王都と呼ばれる都心に向かう途中、クロネがアリスに伝えた一言が事態の始まりであったということである。
「……ふぁっ!?」
(ど、どうしてこんなところに強襲魔獣が!?)
「アリスちゃん、どうしたの!?」
クロネ自身、魔術士としてなら相当の熟練者ではあるものの所詮は賢者の下位互換。
実際のところは魔術特化なだけの初心者向けの案山子である。
彼女はゲームを始めてまだ三ヶ月である上に、野良では滅多にやらないのであまりそういう情報も入ってこないのであろう。
そもそも、度重なるアップデートでも全く変化がなく、現在では完全に死に機能と化していたため知らないプレイヤーがいてもおかしくはない。
「あの影は多分強襲魔獣だと思う……」
「強襲、魔獣?」
どうにもわかってなさそうな雰囲気のクロネに苛立ちと羨ましさを感じる。
こいつは強襲魔獣の恐怖を知らないのである。
無知というのがこんなにも羨ましくないわけがない。
「討伐隊として編成された熟練者高ランクプレイヤーの半数が死に至るほどの強敵……。ゲーム中最強の存在とも言われてるし」
「さ、最強……?」
最強に近いアリス本人の口からその言葉が出てくるとは思いもしなかったようで、クロネは一抹の不安を覚える。
「今の私が一人で挑んでも勝てるかわからない」
昔、このゲームでは全能士になれば最強になれるとほざいていた奴らがいた。
だが、現実としてはこの扱いづらさである。
消費HP、MPが二倍なってクールタイムが三倍になる全能士限定の特別仕様。
ジョブ一覧で新たに解禁されるもう一つの名称不明の謎職業。
「隠密化!」
中級程度の影魔術を唱える。
隠密化とは、同格もしくは格下の魔物から一時的にヘイトを受けなくする便利な魔術その一である。
格上確定のレイドボスにこの効果があるかはわからない。ほんの気休め程度になるならばと念のためにかけたものである。
それでも、このフィールドにいる魔物からは攻撃を受ける確率は極めて低くなったため、アリスたちが捕捉される可能性は随分と低くなったであろう。
「……禍々しい」
クロネがぼそりと呟いた。
ゲーム初期の頃から修正も入ることがなくずっと残っている強襲魔獣。
その中でも最も最強で最恐だと言われるのは……。
「大罪受けぬ裁きの龍……」
「アリスちゃん、ゲームってなんでもありなんだね」
それにはアリスも激しく同意である。こんな厨二めいたセリフがサラリと言えてしまうのもファンタジーな世界観だからこそなのであろう。
だが、ここまで恐怖を感じるとは思ってもみなかった。
空を舞っているそのものは精緻に出来ているのだ。
須応が知っているゲームの3Dよりも断然質感がある。
「あのドラゴンはそこらへんのダンジョン等にいるドラゴンとは一味違い、とんでもない程に早くて強く、頭がいい。まともに戦うだなんて選択肢はない。どうにかやり過ごそう」
「う、うん!」
速さに強さ、知能の高さ。
この三つの要素が相まってしまい、このドラゴンだけは倒されたことがないと言われている。
しかし、アリスにはただ一人だけ倒した人物に心当たりはあった。
だがそれはもう三年前に他界した人物である。その上、噂話の範疇にしか過ぎない。
とは言え、いざとなればクロネを逃がすために玉砕特攻をする覚悟はある。
体は若くてもアリスの精神年齢は83歳。そして。須応の自己を顧みることはしないという性格。
それらも相まって、若人のためになら自分の身を犠牲にすることは厭わないだろう。
(今深く考えても意味ないか……)
「アリスちゃん。あいつ、飛んでったよ!」
「本当だ……」
考えことに耽るあまりに時間の流れすら忘れてしまっていたらしい。
確かに周囲の空にあのドラゴンの姿は一切見当たらない。
「アリスちゃんはここで待ってて。私が安全確認をしてくるから」
「え、ちょっと待っ──」
クロネは安全確認をしてくると一方的に言い、アリスの呼び止めを聞くこともなく走って行ってしまった。
(追いかけるべきか……)
仲間の勝手な行動はサバイバルにおいて致命的なものだ。
じっとここで待っていてクロネが倒れてしまえば全能士の名も廃るような気もする。
『どこへ行こうというのだ。全能士』
走り出そうとしたところで体が固まる。そして連鎖的に体から力が抜け、地面へとへたり込む。
辛うじて首を今向いている方向の逆へと向ける。
そこには一匹のドラゴンが地面に降り立っている。
鱗の一枚一枚は赤黒く、同じく赤黒い翼には黒丸の模様がついている。
大きさは成人男性の四、五倍はありそうである。
また、棘が全身のいたるところについていていかにも凶悪そうな雰囲気さえ醸し出している。
「隠密化……!?」
ドラゴンと比べるとこちらは格下。
それならば相手に見つからないで近くに降り立つことができたことに納得がいく。
『ほう、この魔術はるハインドと呼ばれておるのか。覚えておこうではないか』
感心したかのようにアリスに語りかけるドラゴン。
ものすごい威圧感の中でアリスは気がついた。こいつは戦う気なんて最初からないのだと。
(というか威圧感仕事しすぎだろう……。言葉さえ発するのが容易じゃないぞ)
おそらくそれこそ魔術師への対策も含まれているのだろうがアリスにはそこまで気が回らない。
『どうやら、怖くて声さえ出ぬようだな』
それはお前のせいだろうと言いたくても威圧感の所為で言い切れない。
「私に……、なんらかの用があるの?」
『そうだな、偶然見かけたから寄っただけだ』
へたり込んだ状態だが、一瞬だけずっこけそうになった。嫌いではないがなんなのだろうかその自由な考えは。
それにしてもこのドラゴン、とてもフレンドリーである。大罪受けぬ裁きの龍とは言ったもののここまで親しみやすいオーラを放っているとは……。
『それにしても貴様の魂は歪な形をしておるな』
「……歪?」
歪な形をしている、とは一体どういうことなのだろうか。
『狭い器に無理やり閉じ込められているかのような強大な魂だ』
「……」
なるほどわからん。
もし、この威圧感がなければアリスはそう小さく呟いていたであろう。
『……ふむ、そろそろ時間のようだな。有意義な時間であった』
「ち、ちょっと、待っ──」
そう言うとドラゴンは空高く飛び上がっていく。その際、風圧など感じさえしなかった。
そして呼び止めに応じなかったことにわずかなデジャヴを覚える。
それよりもあの恐ろしい程に強かった強襲魔獣。そんなものがここまでフレンドリーなことに驚きを隠せない。
「おーい、アリスちゃーん!」
クロネが戻ってきていたらしい。
今回勝手な行動をしてしまったが、結果オーライだったわけなので咎めることはしないでおこう。
「あっちのほうは大丈夫みたいだよ」
「クロネ、あんまり相談もせずに勝手に動かないこと。そうでないと他の人の命が危ないよ」
咎めはしないが、念のため釘は刺しておく。
それと、ただ予測ではあるが、クロネが戻ってきた所為で逃げたのだろう。
あのドラゴンはそこまで人目に触れたくないのだろうか。
それならそれで接触する理由もわからない。
「アリスちゃん、どうかしたの?」
「……なんでもない、ちょっと気になることがあっただけだよ」
アリスは答えの出ない問答を終わらせるのは保留して再び足を進めることにした。
今、深く考えても意味はないのであろう。