第四話『現状脱却』
お久しぶりです。
これから書き直していきます。
今まで読んでいてくれた人には申し訳ないですが、話の内容が結構ぶっ飛びすぎたというのもあるので……。
アリス教。
その勢いは衰えない。
訪れる村の至るところに配られたビラに悪徳のように売りつけられる聖遺物(アリスという文字が刻印された置物、なぜか買う人がいる)。
今日もまた別の村へと旅をする。正直なところアリスには罪悪感しかない。
もうやめようと進言したものの、アルフレッドその他2名の狂信度がものすごくて逆に"布教することがなんたるか"とか、アルフレッドによって変な説教をされてしまう羽目になった。
生活する中で唯一楽しみなのは風呂であろうか。
異世界に来る前からもゲームの次に好きな程であり、1日最低でも二回は入っていた。
若い頃からコミュ障をこじらせていたのもあるし、昼間等は介護担当からゲームを禁じられていたというのも相まって多くて4回入ったこともしばしばあったのだ。
「ふんふん、ふふふん、入浴じゃー」
最近移動ばかりでまともに長く風呂に浸かることもできていない。
入浴中にクロネから絡まれてもろくなことになりそうにないし、それを避けるためにも必要最低限のことをやったらさっさと風呂から上がっていたからである。
しかし、なんと本日はすでにクロネが入浴済みなのである。
それなら毎回待ってもいいかもしれないが彼女は夜更けに入浴することが多く、アリスの行動をストーキングしていることもしばしばあるので油断できないのだ。
最近になってからは気配が読み辛くなってきている。
もしかすると関連スキルをどうにかして手に入れた可能性があるために警戒している。
「あぁ、あぁあぁぁ……」
ついつい声が漏れる。
老人ホームにいた頃からの癖ではあるが今更治せるわけもなく、放っておくことにしている。
年相応ではないと言われても否定なんてしない。
須応にとって、それは事実なのだから。
・
夜。
泊まっている宿をこっそりと抜け出してみる。
夜風は冷たく、数分前に浴びた湯の火照りが相まって気持ちが良い。
「三人とも怒るだろうな……」
アリスは自身の装備を整えて出発の準備をする。
お気に入りの赤みがかったオレンジのローブに動きやすい革靴である。
これからすることは逃げだ。
こんなことをしてもアリス教は無くならないし、根本的な解決にもならないのは承知である。
だが、少しでも状況を変えておかなければならない。
そのためにはまずこの世界の様子を確認すべきだろう。
そのためには、まずこの組織を離れて面倒なしがらみから解放されるべきだと思い至ったという結論である。
「さてと、また会おう。アルフ、レン、クロネ」
門の前でそう言い残して村から出発しようとする。
書き置きを残しているというのもあるので彼らに直接言うようなこともない。
直接会っても話にならないのだが。
「きゃふ!?」
歩き始めてからすぐにこけた。
カランカランと金属の音が聞こえる。
それも、四方八方からたくさん。
こけた原因になった場所をみる。
「縄……?」
張り巡らされた縄につながったものは金属製の何か。
「な、鳴子……!?」
「アリス様ァ?!」
どうにか考えが行き着いた瞬間に宿から怒声がこだまする。
「「「アリス教の未来のために!」」」
花壇が盛り上がって、まるで不屍族の如く現れる狂信者。
さらにそんなとこに伏せてあったのか、と言いたくなるようなあらゆる場所から狂信者の集団がアリスへと襲いかかる。
まさに四面楚歌というべき状況である。更に言えば孤立無援という言葉も当てはまるだろうか。
いくらアリスが高レベルプレイヤーとはいえどうにもなりそうにない量である。
相手の生死を全く気にしなければどうにかなるかもしれないレベルだ。
しかし、殺すのは後味が悪いために殺さずに無力化するというのは幾分かの丁寧さが必要なのである。
幾度か襲い掛かってきた暗殺者でも練習はしたもののアリスにはあの数ではどうにも自信がない。
「さあ、アリス様を生かして捕らえるのです!」
教皇アルフレッドがお気に入りの装備で宿から現れる。
そして、その佇まいから察するにその怒りの度合いについては相当のものだと感じ取れる。
「……ありゃ、捕まったら死ねるわ」
それも、主に精神的な方面でというべきか。時間もそれ相応に浪費してしまう可能性も否めないが……。
とにかく今は逃げるべきだと本能的に感じ取ったアリスはダッシュで村の外を目指した。
・
どれほど村を逃げ回っただろうか。
ちなみに、あの後村から出ようとしたら、結界が張られてしまってあり自由な行き来が制限されてしまっていた。
おそらく術者は高練度の魔術者のクロネだろう。
そしてアリスを追う狂信者は一向に減らない。
ちょくちょく直接打撃を与えて減らしてはいるものの、いかんせん相手の数が多すぎる。
魔法を駆使して飛び上がって逃げたり、職業をいろいろ変えてみたりとたくさん創意工夫しているが全くと言っていいほど効果はない。
そもそもレンダートやらアルフレッドやらと出会わないように工夫するのに手いっぱいで思考にふける暇さえない。
建物の中に入ろうにも全ての建物の鍵は施錠されており、入れそうにもない。
結界魔術のレジストについても考えてみたが、詠唱するには時間が足りないため却下。
どうにか現状を打破できないものかと周囲を見渡す。
「……クロネ?」
クロネが民家の裏から手招きをしている。
もしかするとフレンドリーな気配を装ってアリスを罠に嵌めてしまう可能性も捨て切れなかったが、彼女はそんなことをする人間ではない。
「アリスちゃん、無事?」
「う、うん、クロネは?」
「大丈夫。ピンピンしてるよ」
そう言って目の前で2、3回ほど飛び跳ねてみせる。
普通に可愛いと思う。
こんな動物捕まえたくなるのも少しは頷けるかもしれない。
「アリスちゃん、ここに隠れてて。私が呼びに来るまでそこから出たらダメだからね!」
そう言ってクロネは民家の裏にある地下室への扉を開く。
中は真っ暗でよく見えなかったが、恐らく光源魔法でも使えば問題はないであろう程の広さ。
問題はそこではない。
クロネが白なのか黒なのか、だ。
結界を作り出している張本人でもあるのかもしれない。それだとこんなに親身になって協力をする説明がつかない。
「早く、アリスちゃん!」
「……」
彼女を疑う余地などない。
一歩も引くことができぬ今、彼女のことを信じるしかないであろう。
・
「──ちゃん、アリスちゃん!」
目が開く。
どうやら外は夕方のようだ。
最初の頃はいつ来るか、いつ裏切られるのかと心配でたまらなかったのだが、途中で疲れ果てて寝落ちしてしまった。
だが、そんな心配などは杞憂に終わったらしく、クロネに続いて入ってくるような信者はいない。
「……クロネなの?」
「え、そうだけど?」
アリスには暗くてよく見えないが、クロネはキョトンとした顔で目を丸くしている。
「疑ったりなんかしてごめん」
「へ?」
突拍子もなくアリスから出てきた言葉に丸い目を更に丸くしてしまう。
「……なんでもない」
「え、ちょ。それ、めちゃくちゃ気になるよー!?」
アリスはクロネから目をそらして入り口を見る。
差し込む光は橙色に染まっていて大分外も暗そうである。
外はもう夕方なのであろうか。
「アルフたちは行ったよ」
「え、行った? 行くったってどこに」
「布教活動だってさ。スケジュールは崩せないらしくてね。私も今回の混乱に乗じてアリス様を探すとかなんとか言ってドロンするつもりだったの」
苦笑をしつつもアリスに言う。
「ちなみに、監視とかは?」
「いないっぽいよ。どうしてかは分からないけど」
クロネが残る以上、監視はつけるであろうとは思っていたがそれは予想外だ。
この様子だと妙にリアルな演技が功をなしたのか、それとも今もアリスを騙し続けているのか。
思考において負のスパイラルに陥ったらどうにもならないと思い、アリスは考えることを諦めた。
「クロネ、この世界。一緒に見て回らない?」
「え?」
アリスの口から発せられた突然の誘いにクロネは素っ頓狂な声を出す。
きっとゲーム中で見たものも五感がある中で見たら大きく印象が変わると思うし、ゲーム中では見られなかったものも見られるような気だってする。
そんな予感がする。
「人生、生きてたらイベントだらけさ。ゲームとは大きく違ってね。どうする?」
「いいの?」
「もちろん、まだ心の片隅では疑ってるけど……」
そこまで言ってその先の言葉が出てこない。また変なスパイラルにはまりかけてしまった自身の心に自分で喝を入れる。
「……仲間ってことには変わりはないし、ね?」
我ながら臭いセリフであるとは思いつつもどうにか出てきた言葉を前の言葉と違和感がないようにくっ付ける。
「ふふ」
クロネは軽く笑い、アリスから差し伸べられた手を取る。
それは差し出されたその手を引き込んだからである。そして彼女はその小さな身体を両手でしっかりと抱きとめる。
「ありがとう」
クロネはそんな言葉だけ耳元で囁いてさらに強く抱きしめる。
「んなっ……」
とはいえ、急だったので対応しきれなかった。そして心なしかちょっとだけ苦しい。
それにしてもいわゆる抱き締めるとかそういう類は初めての経験であることに気がつく。
リアルではおろかゲームでさえこんな経験なんてしたことなんか一度もないのだ。
「よろしくね、アリスちゃん」
我を取り戻したアリスはすぐさまクロネの胸に顔を埋める。
この限りある時間を思う存分に至福のひと時を堪能しようと思う。そして、これからの予定についても思考を巡らせるのであった。