第二話『混沌の街』
感想、嬉しいです。
宿をとっておいたレンダートとアルフレッドは、ベッドの上で静かに話し合っていた。
これからどうするのか。
アリス達と合流してどうするのか。
それまで何をするのか。
彼らの話題は尽きない。
「街を出ようにもどうしようもないですね、街の入り口付近ではクラン同士の衝突が相次いでいますからねぇ」
「それなら俺たちはどうすれば良いってんだよ……」
「街に居続けるのも手の一つですけど最終的に資金が尽きて行き倒れになりますしね……」
「金が無いと何も行動すらできやしないじゃねぇか……! 何をしようとも資金面の問題でおしまいじゃないか!」
「でもどうにか対策を練らないと共倒れですよ!?」
「考えるだけ無駄だっての! もうここで俺たちは死ぬんだよっ!」
「なっ! アルフさんはまたそう言う! 前のクエストの時だってそう言いながらもなんとか逆転できたじゃないですか!」
とアルフレッドが負のオーラ全開で語る中。
アリスとクロネは抗争が行われていたエリアを抜けて居た。
アリスは散々周囲のプレイヤーから抗争を止めてくれてありがとう、と感謝されていたのだが、その解釈が間違っているとうるさい。
しかもクロネにおんぶされ、アリスは膨れっ面で言う。
「勘違いしないでよね、別に抗争を止めたわけじゃない。避けただけなんだからね」
「はいはい、アリスちゃんありがとう」
何があったのかは分からないが、クロネに対してツンデレになっていた。
しかもこの説得力のなさ。
周りから見ると、ただ、子供が駄々を捏ねている、もしくはすねている様にしか見えない。
しかし、二人は街の中央に進むに連れて顔色が悪くなっていくこととなる。
衝撃的なオブジェクトが増えるにつれて、ふざける回数も少なくなっていく。
そして二人とも黙り込んでから数十分経った頃、クロネが重々しい空気を打ち破った。
「アリスちゃん、死臭が……」
「……多分プレイヤーに殺されたんだと思う。オンラインに置いて街中で剣を振り回すようなNPCはそうそういないはずだから」
アリスはクロネの言葉に推論を交えて答える。
クロネはその答えを黙って聞いていた。
するとアリスがハッとした表情を作る。
そしてアリスがクロネに耳打ちをする。
「ここは周囲のNPCに聞いたら良い気がする。何か見ているかもしれない」
「確かに、ここが本当に異世界になっているのなら……。本当であれば色々な情報も得られるね」
アリスはクロネの言葉に頷くと、素早い動きでクロネの背中から降りて、近くのNPCに話を聞きにいく。
ゲームとは違いここは異世界なのだ。
NPCが一つの生物として行動していてもおかしくはない。
そしてアリスがトテテテッという感じにクロネの元へ走りこんでくる。
「アリスちゃん、どうだった?」
「この惨殺死体のことだけど、急に奇声を上げ始めたかと思えば周りの人が集まってからこれだって」
直ぐに戻ってきたアリスはクロネに言った。
そして顔を町の中央へ向けていう。
「早めに二人の生存確認をした方が良いかもしれない」
「そ、そうね……。掲示板を見れば何かあるかも」
クロネはここまで悲惨な状況を見ても冷静でいられるアリスを尊敬していた。
まあ、アリスには長年の経験があるのからなのだが。
掲示板に到着後、アリスとクロネは徹底的に掲示板の張り紙を見る。
ゲーム時代とは打って変わってやりとりを確認するためのウィンドウは一切現れない。
「どう? アリスちゃん」
「こっちにはないみたい」
二人は裏の建物の壁にまでびっしりと貼られた張り紙の中を探す。
そして数分後、クロネより先にアリスが声を上げた。
「クロネ、どう?」
「これ、かなぁ?」
クロネは首を傾げながら掲示板から剥がした紙をアリスに見せる。
そしてクロネが内容を読み上げる。
「えっとー、アルデス区の二番目に小さい宿屋にいます。須応さん、来てください」
アリスはその紙を覗き込むが字が汚くて読むのが精一杯である。
「最後の本名と言うのが気になるが、これは暗号代わりか。ゲームの中で知っているのはレンダーかアルフかクロネだけだし」
異世界に来てまで本名を聞いた所為だからか、アリスは口をとんがらせる。
「本名が暗号代わりに使われたのは癪に触るかもしやないけど、この緊急事態だし許して上げて?」
クロネがアリスを宥める。
実際、アリスは本名のことではなく、ただアルデス区というそこまで栄えていなく、かつ遠い地区に行かなければならないと言うことに腹を立てているのだった。
要するにただの面倒臭がり屋だ。
「むぅ……」
「アリスちゃん、取り敢えず行こうか。二人も待っているだろうし」
アリスは渋々了承する。
そしてクロネとアリスは歩きでアルデス区へと赴くのであった。
・
アルデス区のとあるボロい宿屋。
ゲーム時代も回復の効果が低いためあまり人気がなかったのだが、ゲーム内の殆どの法則がが現実基準となった今は回復量も他の宿と大差ない。
むしろ宿の安さは目を見張るものだ。
「俺たち、これからどうすれば良いんだろうな」
「野垂れ死にじゃないですか? こんなゲームに似た訳の分からない世界で、ね」
アルフレッドがベッドに横になって呟く。
先ほど、必死にアルフレッドの説得を試みていたレンダートだった。
しかしつい先ほど、アルフレッドの負の言葉に押され、ついには飲まれてしまった。
言い合いを繰り広げるうちに気がつけば夕方である。
途方にくれてしまい、何か対策などの手段すら考える気力も失せてしまっている。
考えるだけ無駄。
何故なら、そう考える方が気持ちも楽になるからである。
「短い人生でしたよ。でも、楽しかった。アルフレッドさん、あなたはどんな人生だったと思いますか?」
「ん、俺か? 俺は詰まらない人生だと思うよ。ゲームをやってて、そしてゲームの世界に取り込まれる。そして、ゲームの中で死ぬ。これ程詰まらない人生がある物か」
「確かにそうですね。ゲームに生きて、ゲームに死ぬ、ですか。本当に詰まらない人生ですよ……」
二人で乾いた笑いを上げる。
そして二人は考えることすら放棄するのであった。
・
「取り敢えず到着したのね」
「まあそうなるのかしら」
アリスとクロネはようやくついた宿の前に立つ。
「とにかくこの世界には分からなさ過ぎることが多い。取り敢えずは合流してからの情報交換が先決だと思う」
「ええ、二人と合流して話をしましょう」
「(それにしてもこの宿からは嫌な空気が流れているな。これからどうなることやら)」
そんな風に思うアリスだが、先ずは情報収集だ。
頼れる情報の方から当たって行くのが妥当だとアリスは判断する。
そしてアリスを先頭にして宿の中に入る。
中にはいると案の定静かで、宿の職員のような男性がカウンターに一人いるだけだ。
「いらっしゃい」
「レンダートとアルフレッドの部屋に案内して欲しい」
アリスはそう言うと懐から金貨を数枚カウンターに載せる。
「金貨とな!? 全く、どこの貴族の嬢さんなのやら……」
男性は呆れたように言うがアリス達の知ったことでは無い。
男性は静かにアリス達を部屋の前まで案内すると、鍵を渡して去って行った。
10000Gの価値もある金貨を7,8枚渡したので、余計な詮索はしないと言うことだろう。
「いいの? あんな代物を……?」
「あれは余興で買った換金用のコレクション。問題無いよ資産なら尽きない程あるし」
アリスは軽くそう言い、部屋の中に入る。
しかし、アリスに予想外なことが降りかかる。
「うっ……」
何だこれ、空気が重々し過ぎないだろうか。
アリスは部屋に入った瞬間にそう感じた。
男性陣二人はまるで何処ぞのジョー見たく燃え尽きていたのだ。
そして二人の醸し出す空気に、この小さな身体では支え切れずにバランス感覚が崩れ、倒れてしまいそうな錯覚さえして来る。
ふと、アリスは後ろを振り向く。
どうやらクロネもアリスと殆ど同じ様な考えをしていたらしく、壁を支えにして立っている。
「これは立ち直らせるのが大変そうだな」
「そ、そうね……」
「さて、どうした物かね。こんな自暴自棄になっている二人を復活させるのは骨が折れそうだ」
アリスはため息混じりにぼやく物の直ぐに二人のためにできることを考え始める。
そして、ふと一つの境地に達する。
「アリスちゃん、何か思いついた?」
「成功するかは分からないけど、とっておきの方法が一つ、ね」
アリスはクロネの疑問に曖昧に答える。
その後のアリスは行動は早かった。
まずカーテンと窓、廊下の窓、入り口を開いて部屋全体の風通しを良くし空気を入れ替える。
そして、二人をそれぞれ平手打ちをして目を覚まさせ、地面に正座させる。
「は、早い……」
クロネはアリスの鮮やかなお手並みに只々唖然としていた。
「「……ぇ?」」
アリスは急に平手打ちを喰らい正座をさせられて、某然とする2人。
そしてアリスはそんな頼れない男2人を諭す。
幼女に諭される優しい目つきをした青年と体格の良い成人男性。
はたから見るとなんともシュールな光景ではあるが、この中で精神年齢が一番高いのはアリスである。
事情を知っている物がいればこの様にするのも頷ける。
そしてアリスは重々しい口を開いた。
「さてと、アルフ。レンダー。ゲームの世界に飛ばされて困惑するのは分かる。でも私たちはこの危機をどうにかして打破しないと生きて帰れない。この世界から生きて出たいだろ? そりゃ私だってこの世界から出る方法は知らない。でも、見つかる可能性もある。だから今は耐えよう?」
「「……」」
アリスはこの世界から帰る気は更々ないが、二人の精神状態を維持しつつ安定させるために帰れるということを刷り込ませる。
その時、彼らにはアリスがとても神の様にもとても美しい女神の様にも見えた。
今の彼らにはその幼い外見で有りながらも凛々しくある表情が神々しかった。
強く生きている少女に心を打たれ、尊敬、否。
崇拝に近い感情を抱き始めていた。
「どうなっても私がついているよ。この手を取れば、私は頼れる友人のためにできる範囲でなんとかして見せるよ」
これは一種の宗教勧誘みたいにも思えるが、これがアリスの中で考えついた薬など変なものを使わない唯一の精神安定の方法だ。
何か頼れるものを作っておいたほうが良いと考えた結果、こういう発想に至った。
しかし、宗教とは時に人へ大きな安心感を与える。
「……それなら信じるぜ」
「……僕もです」
「ふふ、大船に乗ったつもりで良いよ。取り敢えず考えつくことを当たったり、やったりして見るから」
そしてこの瞬間、アリスからの宗教的勧誘によって二人は改宗したのだった。
名付けてアリス教(仮)に。
ここにアリス教、誕生。
これを少々古臭い言い方にすると、アリス教、此処に爆誕せり。
こんな風に言い表すのが正しいだろう。
とにかく、新たな宗派がここに爆誕したと言うのは言うまでもない。
「やっぱりアリスちゃんは凄いなぁ……」
そして、クロネはその様子をただただ眺めていることしかできなかった。
そしてクロネは、アルフレッドらがアリスのことを尊敬の眼差しで見ていたのではなく、崇拝の眼差しで見ていたという表現変わっていたと言うのを知らない。無論アリスもだ。
いや知る由もない。
「さて、明日は早いからさっさと寝て体力を温存しようか」
「おう!」
「はい!」
「うん!」
三者三様の言葉を上げ、三人はそれぞれのベッドに横になった。
べつにあらかじめ決めていたわけではないが、心が通じあっているのだろうか、彼らはすんなりと静かな寝息を立て始める。
そんな中で、アリスは一人だけ妙な疎外感を感じていた、と後に語っているとかなんとか。
また、余談ではあるが、この宿の一室は後にアリス教爆誕の地として広まることとなる。
そのお陰でこの宿の主人の家系の人たちが、何百代も安定した生活を送ることとなったのだと言うのは今のアリスには知らぬ話である。
アリス教、信者は三人を軸にこれから増える予定です。
無論、モブばかり。