第一話『全能士、異界へ』
勢いで書きました。
VR、それは出現と同時に人間の生活空間を瞬く間に変化させた。
元々は軍の兵士の訓練プログラムの一環として用いられていた装置だが、軍はこれを資金にすべく、小型化し民間へ払い下げた。
金稼ぎに目の無い企業が新技術に飛びつかない理由が無い訳がない。
各企業は壮絶な開発競争を繰り広げ、仮想現実を有効活用しつつも様々なサービスを市民へ提供した。
買い物、映画、教育、仕事etc...。
各企業から提供されるそれらは、現実よりも効率が良くより楽しめる。
また、現実移動時間におけるタイムロスを無くしたり、社員情報の徹底管理による情報漏洩の危険性も少ないことから更に普及が加速した。
そんなVRは昔の物に無い刺激を与えることが出来る。
有料のシミュレートソフトを起動すると本物さながらの動作が可能だ(無料の物は大抵CGの質が悪いのであまり臨場感がない)。
それにゲーム業界が目をつけないわけが無かった。
本物さながらの体験が出来るという性質を利用し、瞬く間に多種多様なゲームが広まる。
ある物はロボットを乗っているかの様に操り、戦う。
ある物は戦場の兵士の一人として戦いに身を投じていく。
ある物は何も無い空間に建物や地形、生物を創り、まるで神になった気分で世界を創り上げていく。
ある物はファンタジーな世界で自分や仲間と共に強くなって行く。
老人ホームに住まう有川須応もVRのそんな魅力に惹かれた一人だ。
彼は平成10年に生まれ、SA○等のVRに関するラノベを読んで育ってきた。
要するにオタクだ。
また同時期にファンタジーに関する本も読んでおり、それらも彼に大きな影響を与えている。
オタクである須応は今までコツコツと貯めていた貯金をはたき、VR装置を買った。
それは5年前のことだ。
彼はVR装置を買ってからは、旧友から勧められた『アルカナ・モンスター・オンライン』をダウンロードし、ずっとのめり込む様にプレイをした。
そのせいか、気が付くとトッププレイヤーの仲間入りを果たしていたことには驚いた。
『ARCANAMONSTERONLINE』とは、よくあるファンタジーのMMORPGで、略称はARMOである。
これは普通のMMORPGと比べて戦闘職は勿論、生産職などの職業も多く、装備の種類も豊富で装備を自作することもも出来、豊富なパーツを自由に使い武器も作れる。
だがこんなものよりも一番ユーザーに大ヒットした要素がある。
アバターの外見をにいつでも、種族毎で豊富なパーツの中から編集可能である。
また、他にも既存の装備は固有の外見であり、気に入った外見の装備があれば、それに別の性能の装備を素材武器として合成して、合成元装備の外見をしている素材武器の性能をした装備を作ることも出来る。
そんなゲーマーには高評価の要素によるものである。
主なヒット要因はそんなものであったが、対外的なグッズ展開などもある。
それもあって更なる人気に火をつけたのもあるのだろう。
まあ、そんなところである。
アルフレッド:《アリスさんそれではまた明日(・ω・)ノ》
アリス:《それではアルフにレンダー、それとクロネ、それではお暇させていただきますねー。ノシ》
クロネ:《アリスちゃん、老人ホームの制限って大変ですねf^_^;)》
アリス:《自由が無いのが大変です囧》
レンダート:《アリスさん。また、この時間にあいましょーね(^o^;)/》
アリス:《はい、それではー( ´ ▽ ` )ノ また、会えたら……》
クロネ:《最後が不穏……!?》
ゲームのチャットに会話が表示される。
ちなみにアリスと言うのは須応のゲームにおけるキャラクターネームだ。
アバターは人族の女性(しかも幼女)であり、が男であることとリアルは老人であることはこの三人には伝えてあった。
まあ、要するにネカマである。
本来ならちょっとした会話で済む挨拶だが、のめり込みすぎて制限時間に引っかかったので文字チャットで別れを告げた。
「ふぅ、今日も素材がウハウハじゃなー」
暇を弄ぶ老人はのめり込みすぎてプレイ時間に制限を受けているが、皆が寝静まった後にもこっそりとやっていた。
昼には1時間、夜に5時間と言うところか。体に悪いために制限されていたのに、看護する側のことを考えない質の悪い老人である。
今日も彼は何時もの仲間と共にゲームでクエストの様な物をしまくっていた。
やり込みすぎて、特に欲しい物は無いのだが。
そして今、ついに五時間も経ってしまい、泊りの職員が起き始めんとする時刻になってしまったのである。
「厄介じゃの、どうにか職員の目を欺けんものか。ぐぬぅ……、もっとハッスルしたいのぅ」
須応は残念そうに呟き、ベッドで目を閉じる。
数分後、人が部屋に入ってくる。
須応は横目で入ってきた人を見るが、どうやら何時もの男性職員だ。
これが若い女性ならば、などと思う須応だったがふと職員は予想外の言葉を放つ。
「須応さん、今日はお昼から面会ですよ」
「……面会?」
その言葉に須応は言い知れぬ悪寒がするが、まず面会する人はいないはずである。
親や兄弟姉妹などの家族は皆死に、当の本人も結婚もせず子供もいない。兄弟姉妹の関係も有り得るが連絡先も知らないだろうしこちらも知らない。
昔の知り合いに至っては大概の人とは連絡などとったコトすら無いぼっちである。
「恐らく親族関係かと思いますが……、本人は"孫"と言っていましたが……」
孫……?
聞きなれぬ響きに須応は困惑を隠せなくなるが、それも一瞬であった。
「……知らんな。ワシに孫はおろか息子も嫁もおらんよ。……前言撤回じゃ。嫁なら、2次元にならいるぞ?」
「有川さんなら言うと思いましたよ……」
職員によるとそう思い断ったらしい。
須応も須応で一瞬だけある疑念を抱くがそれは無いと首を振って考えないようにする。いわゆる現実逃避である。
そしてこの日の20時、後世にまで伝わるほどの大事件が発生することとなる。
のちにこの事件の名前は「VR大量脳死事件」。これによってゲーム運営会社は信用を無くした上に倒産。
VR業界の危険性が新たに証明されることとなる。
しかし、それは須応達、被害者達が知る由も無い話だ。
いつも通りVRの空間に入り、見慣れた景色を見渡す。その空間は未だに現実と言うには中途半端なもので、臭いや味覚などは全く無く半現実といった感じである。
この日もいつもと変わらず魔物狩りをする。そして休日に集まるメンツの集まる場所へと向かう。もちろん、レンダート、アルフレッド、クロネの3人とだ。
しかし、ある街を出ようとした直後に身体が石のように固まる。いや、比喩どころの話ではない。もう石なのではないのかと感じるほどに身体がびくともしない。
これはオフラインストーリーのイベントによくある仕様で、プレイヤーの行動を一時的に封じるものであることを須応は思い出す。
サービス開始時はオフラインにそんな仕様はなかったのだが、ムービーの流れを壊すことができてしまうことが発覚し、このような仕様になった経緯が存在する。
それが発生すると言うことはなんらかのイベントが発生したということだ。
しかし、問題はこれはオフラインのムービーでしか発生しないということであり、オンラインにはイベントおろかストーリーすら存在しない。
そう、このようなことは有り得ないはずなのだ。
困惑する須応ことアリスの前に露出の多い女性が現れる。
何時もの須応なら変態紳士(?)ぶりを発揮して「布一枚ヒャッホウ!(°∀°)」とかふざけるのだが、今回は困惑が強過ぎてそんな余裕が無い。
『あなた方は選ばれし戦士です。これより危機に瀕している私の世界を救ってもらいます』
ワールドチャットをしているプレイヤーからはどよめきが起こる。
瞬く間にチャットが文疑問系の文で埋め尽くされる。
だが、そんな状況の中で須応は密かに期待していた。
とある系統の本で良くあったテンプレな物語である。これはゲームの世界に飛ばされるモノではないかと。
そして、須応の視界はゆっくりとホワイトアウトしていった。
・
「んっ……?」
風が肌を優しく撫でる。
川の流れの音。
うなじに触れる雑草。
それらが妙にリアルに感じる。
ゆっくりと体を起こし、周りを見渡す。
周りは先程待ち合わせ場所のの街に行くために魔力で加速して移動していた草原。
しかも出てくる魔物も大抵は弱い所だ。
ふと、後ろに殺気を感じ取る。
後ろを振り向くと、ハンタードッグと呼ばれる魔物が目を爛々と輝かせている。
ハンタードッグは群れて獲物を狩る習性があり弱い者を優先的に狙う。
恐らくアリスの華奢な外見で弱いと判断したのだろう。
アリスは襲いかかってきたハンタードッグ全てをを手持ちの魔力銃で撃ち抜く。
この暇人プレイヤーは生産職も含む全ての職業をマスターしている。
全てをマスターした報酬のようなもので全ての魔法と技能、武器、道具が使える職業【全能士】をしている。
全能士は技能で職業と装備をいつでも変えることが出来、全てのスキルを扱うことが出来る。それが全能士の長所である。
例としては、職業を鍛治士にすることで、鍛冶士の技能も使用可能なので自分で作ったお気に入りの職種の武器で戦うことも可能と言うことだ。
しかし、その分マイナス点もある。
それは魔法と技能の消費HP、MPが2倍かつそれらのクールタイムが通常の3倍になってしまうことだ。
このゲームは元からクールタイムが長めに設定されているため、例としては元々の4分のクールタイムが12分になるなど、と言う上級者向けの仕様になってしまっている。
また、職業をスキルで変更でいるのは良いものの、職業によって使える技能が大きく変わり、これがまたややこしくて更に技術力と経験が必要だ、という仕様もある。
以上の理由のから、他の上級プレイヤーからは敬遠されている職業になっている。
また、魔力銃とは魔力を弾として発射する武器で、魔銃士のみが使用できる射撃武器だ。
狼を屠った直後、アリスはハッとした表情で体をまさぐり、納得の表情を浮かべる。
「やはり無いか……。触覚もあるし……」
アリスは残念そうな表情を作るが仕方ないと割り切り、三人の待つ街へと急いだ。
その小さな胸に希望を抱いて。
・
ここはゲーム中で二番目の規模を誇る街だ。二番目の街ということもあり様々なサービスが発達しており、初心者が必ず王都の次にやってくることになる街である。
その二番目の街では転移に混乱するプレイヤーで溢れかえり、混沌といった様相を呈している。
元の世界に帰れないと悟ったプレイヤーが発狂したり、暴動を起こしたりなどとさまざまである。
中にはトップのギルドが主立って混乱を抑えているようではあるがその成果も芳しくはないようではある。
「なんだ、これは……」
混沌といった様子を見たアルフレッドが乾いた笑いを捻り出す。
確かに自分たちは異世界に来てしまったことは未だに認められないが流石にあのように暴動を起こすまでではないはずだ。
「なんだってこんなにまでやるんだ……」
「アルフも来ましたか。……って僕ですよ僕。レンダートですって!」
アルフレッドは自然と構えていた剣を慌てて下ろす。
「あぁっ。す、すまない、悪気はないんだ。思わず剣を向けてしまっていた……」
「自衛と言われれば納得できましたが……、これはスキル関係の影響なのしょうか……?」
レンダートは首をかしげつつも仮説を述べる。
スキルによる効果。
ここに来るまでに少し試してみた身のこなしなど、そういったことの関連スキルを持つアルフレッドはその仮説に納得できた。
気配感知。アルフレッドにはこの四文字が頭に浮かぶ。
「レン、どう思う?」
「この状況ですか?」
アルフレッドは静かにうなずく。
まずは自分の方を指差しでレンが言う。
「まず僕らのキャラが喋れるということです。そもそもこの技術の未熟さが問題で音声機能は最初のアプデで廃止されたはずでした」
「それのはずが、話せるようになっている……。確かにこれはおかしい事だよな」
「ええ、こうやって現実としてこの世界が作られるにあたって声も僕らに付け加えられたと考えるのが自然かも知れません」
「……そうだな。声のない人間、なんておかしな話だ」
レンダートの現実味を帯びた仮説にアルフレッドは頷く。
「アルフ、アリスさんやクロネさんも心配です」
「ああ、そうなんだが流石にここから外に出て小競り合いに巻き込まれでもしたら大変だ」
アルフレッドはレンダートの提案に少し嫌そうな顔をする。
「その時はその時ですよ。アルフも伊達に聖騎士やってないでしょう?」
「うぅっ、それは確かにそうなんだが、PvPやった事がなくてだな……」
「その時はその時ですって言ってるじゃないですか。魔物戦とそこまで変わりませんよ」
「だ、だが……」
レンダートはひたすらに嫌がるアルフレッドを窘めるが、どんどんちょっとした理由をアルフレッドは付け加えていく。
「さて、どうします?」
「ぐぬぅ……」
だが、それを一つ一つ論破していくレンダートに観念したらしい。
「行くのはいいんだが、探すアテはあるのか?」
「ありませんよ。ですが片やトッププレイヤーですよ。見かけた人くらいならいるかもしれません」
「それはそうだろうな……。それじゃあ出発するか」
アルフレッドは渋々、と言った様子で歩みを始める。その後ろをレンダートが続く。
「一先ず安全圏まで移動しましょう。さっきの場所だといつ戦闘が始まるか分かったものじゃありません」
「迷う危険を考えれば待機した方が良かったと思うが……」
アルフレッドはレンダートの尤もな持論に小声で反論するが、
「もし僕らより上のレベルのプレイヤーに襲撃されたらどうするんですか。一瞬で死にますよ?」
と一蹴された。
そうして二人はクロネとアリスの二人がはぐれることのないように予防線を貼りつつ宿へと向かう。
評判もしくは都合が良ければ次を書きます。