1985/07/01
薄い、黄土色の明かりに照らされた部屋の中で、男の怒号が響いた。
「このクソ女」
次いで聞こえたのは甲高い、破裂音にも似たバチン、という音。
「どこに隠しやがった」
四十過ぎの、痩せた男だった。上には袖のない下着を着ていて、股引を履いている。痩けた頬には白髪混じりの無精髭が生え、同質の毛が頭まで続いていた。身体中がミイラの様に干からびて見えるが、目だけはギラギラと光り、生命力を発散している。
裸足で部屋を動き回り、何かを探すその様子は、老猿のようであった。
一方、部屋の隅には女がうずくまっていた。着古された和服に身を包み、左手で頬を押さえている。男に比べて、少し若く見える。
男は、上から引き出しを開けてゆき、中のものを乱暴に取り出しては、そこらに放った。
その放り投げた物の一つ、巾着袋に何かを感じとると、男は引き出しを探るのを止め、拾い上げてその口を開けた。
中には、金が入っていた。
「……おとなしく渡しときゃあ」
男は跳ぶ様に、部屋の隅でうずくまる女を捕まえる。女は、顔を歪めた。それは痛そうにも、悲しそうにも見えた。
「や、やめて」
「わしだってなぁ、殴りたくて殴ってるわけじゃあないんじゃ。お前がなぁ、すぐに金を渡しゃあ、こんなことはしないんじゃ」
男は女の髪を頭の後方から掴み、無理やり顔を上げさせ、その前で札を揺らした。その金は、女が働いて稼いだ金だった。
男は乱暴に女を離し、立ち上がる。そのままベタベタと歩き、玄関へと向かった。
ドンッ
女が、男の背中にぶつかった。男がよろめき、壁にぶつかる。そのまま倒れると、女がぶつかってきた辺りをさすった。
違和感がある。何か、異物が飛び出していた。
それが自分の身体から飛び出した“何か”でなく、突き刺さった“包丁”であることに、男は少しの間、気付かなかった。
「あっ、くっ……あぁあっ」
痛みは遅れてやってきた。傷口からは生暖かく、ぬるぬるとした血液が溢れ、男の手を染めた。はぁ、はぁと荒い息をし、脂汗がにじむ。
女はその様子を、座ったまま見ていた。腰が抜けたようにへたり込み、男と同じく荒い息をした。
「こっの、クソ女」
男は苦しげな表情で、女を睨んだ。その歪んだ目から、生気がすり抜けてゆくかのように、消えてゆく。
女は、壁を頼りに立ち上がった。そして男を、汚いものを触らないようにするかの如く避け、玄関の扉を開く。
「ま、待っ……」
開け放った扉から、女はサンダルのようなものを引っ掛けて、出て行った。カン、カン、カン、と、階段を急いで降りてゆく音が聞こえてくる。
代わりに湿気が、室内に忍び込み、漂う。
「殺してやる……殺して……」
男は呟くように言いながら、息を引き取った。
何もかもが動きを止めた、静止画のようなその空間に、外から聞こえてくる雨音だけが、虚しく響いていた。