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遺恨  作者: 木下秋
4/6

1985/07/01

 薄い、黄土色の明かりに照らされた部屋の中で、男の怒号どごうが響いた。

「このクソアマ

 次いで聞こえたのは甲高い、破裂音にも似たバチン、という音。

「どこに隠しやがった」

 四十過ぎの、痩せた男だった。上には袖のない下着を着ていて、股引を履いている。けた頬には白髪混じりの無精髭ぶしょうひげが生え、同質の毛が頭まで続いていた。身体中がミイラの様に干からびて見えるが、目だけはギラギラと光り、生命力を発散している。

 裸足で部屋を動き回り、何かを探すその様子は、老猿ろうえんのようであった。

 一方、部屋の隅には女がうずくまっていた。着古きふるされた和服に身を包み、左手で頬を押さえている。男に比べて、少し若く見える。

 男は、上から引き出しを開けてゆき、中のものを乱暴に取り出しては、そこらに放った。

 その放り投げた物の一つ、巾着袋に何かを感じとると、男は引き出しを探るのを止め、拾い上げてその口を開けた。

 中には、金が入っていた。

「……おとなしく渡しときゃあ」

 男は跳ぶ様に、部屋の隅でうずくまる女を捕まえる。女は、顔を歪めた。それは痛そうにも、悲しそうにも見えた。

「や、やめて」

「わしだってなぁ、殴りたくて殴ってるわけじゃあないんじゃ。お前がなぁ、すぐに金を渡しゃあ、こんなことはしないんじゃ」

 男は女の髪を頭の後方から掴み、無理やり顔を上げさせ、その前で札を揺らした。その金は、女が働いて稼いだ金だった。

 男は乱暴に女を離し、立ち上がる。そのままベタベタと歩き、玄関へと向かった。


 ドンッ


 女が、男の背中にぶつかった。男がよろめき、壁にぶつかる。そのまま倒れると、女がぶつかってきた辺りをさすった。

 違和感がある。何か、異物が飛び出していた。

 それが自分の身体から飛び出した“何か”でなく、突き刺さった“包丁”であることに、男は少しの間、気付かなかった。

「あっ、くっ……あぁあっ」

 痛みは遅れてやってきた。傷口からは生暖かく、ぬるぬるとした血液が溢れ、男の手を染めた。はぁ、はぁと荒い息をし、脂汗がにじむ。

 女はその様子を、座ったまま見ていた。腰が抜けたようにへたり込み、男と同じく荒い息をした。

「こっの、クソ女」

 男は苦しげな表情で、女を睨んだ。その歪んだ目から、生気がすり抜けてゆくかのように、消えてゆく。

 女は、壁を頼りに立ち上がった。そして男を、汚いものを触らないようにするかのごとく避け、玄関の扉を開く。

「ま、待っ……」

 開け放った扉から、女はサンダルのようなものを引っ掛けて、出て行った。カン、カン、カン、と、階段を急いで降りてゆく音が聞こえてくる。

 代わりに湿気が、室内に忍び込み、漂う。

「殺してやる……殺して……」

 男は呟くように言いながら、息を引き取った。

 何もかもが動きを止めた、静止画のようなその空間に、外から聞こえてくる雨音だけが、虚しく響いていた。

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