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遺恨  作者: 木下秋
3/6

1992/12/20

 誰もいない、塵屑ごみくずの散らかった灰色の部屋。

 外ではサァサァと、氷雨ひさめが降りしきる。

 凍える寒さの中、押入れの隙間から、煙のような白い息が漏れた。

 その押入れの中には、一人の少女がいた。少女にとって、部屋は広く感じる。その広い部屋にいると、寒さをより強く、感じる様な気がする。

 だから、少女は押入れの中に入った。ここならば部屋よりも狭く、少しは寒さも“まし”な気がする。

 ただ、少女は暗い所が苦手だった。また、締め切っていると息苦しいので、押入れの扉を少しだけ開け、外を見ていた。

 景色は、全く変わらない。ただ殺風景な、かわいた部屋。

 これが、電車の車窓ならいいのに。と少女は思った。かつて、家族と旅行に行った時に見た、色とりどりの景色たち。あれが、ここから見えればいいのに。そう思った。

 少女は、一昨日おとといから眠り込んだまま、全く動かなくなってしまった弟のことを心配していた。三才年下のまだ小さい弟は、昨日起きたら冷たくなっていた。この寒い部屋にある、どんなものよりも冷たかった。だから、少女はありったけの衣類で弟を包み、押し入れに一緒に入った。暖かくなります様に、と、願った。

 弟は、今も眠ったままだった。

 手を伸ばし、その肌に触れる。そのあまりの冷たさに、思わず手を引っ込めた。



 弟は動かない。父は帰ってこない。母は、去年“お星様”になってしまったらしい。

 父は帰ってきたとしても“痛いこと”をするので、帰ってきて欲しくないな、と少女はこれまで思っていた。

 それでも、そんな父であっても、帰ってきて欲しい。今は、そう思っていた。

 母が“お星様”になり、いなくなってからというもの、父は変わってしまった。

 父は愛していた妻が空に昇ってしまうと、その辛さから逃げる様に家を売った。父の勤めていた会社の業績が悪くなり始めたのも、ちょうどその頃からだった。そのうち父は会社を辞めさせられ、何度も仕事を替え、何度も引越しをした。最終的にたどり着いたのは、このアパートの一室だった。



 『マッチ売りの少女』は寒さの中、マッチをこすって、その火の中に夢を見た。

 しかし少女は、マッチの一本すら、持っていなかった。

 残っていた食べ物は全て二人で食べてしまったし、衣類も全て、弟を包むのに使ってしまった。

 もう少女には、何も無かった。



 お母さん、どうして一人で、“お星様”になってしまったの?

 お父さん、もう悪いことしないから。ずっといい子にしてるから。“痛いこと”されたって、泣かないから。お願いだから、帰ってきて。



 少女は静かに、ゆっくりと目をつむった。

 暖かな水滴が、ポロポロと転がる。

 涙の筋は、すぐに冷たくなった。



 二人の子どもの遺体が押入れの中から見つかったのは、春になってからだった。

 寒さの中にあって、腐敗が進まなかったため、発見が遅れたのだ。

 一人は餓死、一人は凍死だった。

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