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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
2 / トレント
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0010


 廃材の砂漠の、なだらかな地帯。

 地を埋め尽くす部品達がボロボロに劣化したがために、場所によってはまさに“砂漠”と呼べるに相応しい、粒度の細かな足場も存在する。

 そこは脚を傷つける鋭利な部品が少ないので、ノイドが外に出て遠征を行うには、丁度良い場所でもあった。


 それ故に、黒騎士の足取りは普段よりも滑らかだ。


「……」


 灰色にぼけた遠景の中には、大きな塔らしき影が見えている。

 騎士は大きな影を目指して歩いていたのだが、その手前で自然のものではない何かを見つけた。


「煙」


 大きく高い影の手前に、いくつかの細い煙が登っている。

 煙は何十メートルも登らずに、強風に巻かれてかき消されているが、見間違いようもなく、それは煙であった。


 騎士は、奥に佇む影と、その手前の煙に向けて、歩調を早めた。




『おい、人だ』

『なに……本当だ』


 煙の側にいた二人のノイドが、近づきつつある人影に気付いたらしい。

 煙は、複数の鉄板を継ぎ接ぎして作られたテント型の構造物の頂点部分から登っている。


 歩み寄る人影は、黒き騎士。

 彼はこの煙を目指し、近づいてきたのである。


『……』


 二人のノイドは、ワイヤーでまとめた廃材を抱えたまま、謎の騎士の姿を直視した。

 遠くからでは判然としなかった、鎧の全貌が明らかになるや、二人は同時にノイズ混じりの感嘆を漏らす。


『なんと見事な……』


 二人は、目の前で脚を止めた黒騎士の姿に、その正体を訊ねる前に息を飲んだ。


 外で活動するノイドといえば、誰もが砂嵐と瘴気で装甲をやられ、外装は張替えを行っても半年も保つものではない。

 新たな機体に換装したとしても、綺麗なままでいられるのは外に出る前と、出た後の十時間がせいぜいだ。

 だというのに、目の前にいるこの名も知らぬ騎士は、全身が飾り甲冑のように華奢な出で立ち。

 それでいて、目立つほどの大きな損傷や劣化は見られない。

 唯一の消耗らしい消耗といえば、背中に垂れた大きな黒の外套のみである。


 奇跡のような姿だと、二人は思った。


「私は……」

『お、おおっ、すまん! 見ない顔ってことは、別のコロニーから来た人だな!?』

『まだ近くにあったなんて……どこから来たんだ?』


 慌ただしく動き出した二人のうちの一人の質問に、騎士はやってきた方角を指差して答えた。


『とにかく、長旅だっただろう。瘴気除けに入って、ゆっくり休んでくれよ』

「瘴気除け?」

『これだ』


 ノイドの男が拳で金属テントを叩き、入口を示してみせた。


『こんな地上にあるから、完全な浄化地とはいえないけど……寝心地は悪くないぞ』

「寝るための場所か」

『休憩所に近い。最近は外に出る機会が多くなったから、使う用も多くて……』


 三人がその場で話していると、砂利を踏む音が割って入ってきた。


『あ……』

『シス様』


 騎士と話していた二人が、足音の主に深く頭を下げる。

 その動きは、統率された組織の一員として相応しいものであった。


『この時期に、流浪の者か……ようこそ、我々のコロニーへ』


 “シス様”と呼ばれたノイドは、他の者よりも高い電子音で、唸るように呟いた。

 外装には曲面の多いパーツが多用されており、元々の性別であろう、女性らしさが強調されている。


『とにかく、旅で疲れているだろう。瘴気除けと言わず、地下都市に来てくれ。歓迎するぞ』

「それには及ばない」


 シスの申し出を、騎士はにべもなく断りを入れる。


 空気が硬直する。

 騎士の返答は失礼にあたる態度ではあったが、それ以上に、この場にいる三人のノイドからしてみれば、不可解な返答でもあったからだ。


 人が暮らす地下都市、コロニーは各地に点在する。

 かつてコロニー同士の距離が近かった頃はそれらの行き来も簡単だったのだが、時の流れと共に数が減り、減ったコロニーから移民が出て合併してゆく度に、また更に数が減っていった。

 今や、この世界に存在する地下都市の間には、数えきれないほどの無人コロニーと、超大な無人地帯が広がるのみ。


 騎士は、シス達のコロニーの者ではない。

 ならば、別のコロニーからはるばるやってきたと考えるのが妥当である。

 はるばるやってきたのであれば、ノイドとはいえど瘴気により機体は損耗しているので、大がつくほどの修理をしなければならないし、そもそもにして、コロニーから出る理由といえば、別のコロニーを目指すというのが尤もな、唯一無二の理由だ。


 コロニーからの歓迎を向こうから断るなど、前代未聞のことであった。


「私は、魔物を退治しにやってきた」

『……魔物?』


 表情の伺えない黒騎士の言葉に、シスが黄色い眼光を強めた。


 黒騎士は腰に佩びた長剣を抜き、遥か彼方に切っ先を向ける。

 剣。それに疑問を抱くシスであったが、剣の切っ先が向く方角に目をやると、彼女は心の一部で、騎士の言葉に納得した。


『……旅人よ。お前は、あれを魔物と呼んでいるのか』

「そうだ」

『……退治、それができるなら、我々も苦労はしていないのだがな』


 騎士の握る大きな剣は、遠方の塔のような影を指し示している。

 それは、彼らのコロニーが現在抱えている問題の象徴であった。


「トレントを確認」


 黒騎士は誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。


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[良い点] コロニー危機一髪!!
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