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「反撃」
真っ直ぐ突き出された鉄骨が、黒騎士の脇を掠める。
致命傷を与えるはずの一撃は、僅かな動きによって華麗にかわされた。
それだけではない。鉄骨の側面には騎士の黒い剣が深々と突き刺さり、貫かれている。
騎士は、敵の突きを、逆に突き返したのだ。
直後、狼は想像を絶する力によって、前のめりに倒れ込む。
鉄骨を振るい続ける狼の壮絶な握力と、黒騎士が剣によって鉄骨を引き込む力がそうさせたのだろう。
何トンもの巨体は、不意の引力に負けたのだ。
狼は、自分に何が起こったのかを理解する前に、その顔を地面に衝突させられた。
軽い廃材は衝撃と風圧によって巻き上げられ、辺りに散って甲高い音が幾重にも響く。
長い顔は廃材の中にすっぽりと埋まり、尖った地面は狼の皮膚や筋肉を容赦なく切り裂いた。
だが、それは大した問題ではない。驚異的な再生力と、狼自身の分厚い肉体からすれば、そのような傷は、すぐに治るかすり傷でしかないのだから。
「ハアッ」
だが、地に伏した狼の無防備な頭部へ与えられた一撃は、決して無視できるものではない。
長剣による、たった一発の斬撃だ。
真上に振り上げ、真下に振り下ろす、ただそれだけの一撃。
それは、鉄骨以上の強度と厚みを誇る頭蓋を切断し、黒い切っ先を脳にまで及ばせていた。
狼はうつ伏せのまま、吠えた。地面に発せられた咆哮は地響きを生み、一帯を震え上がらせる。
その叫びが、痛みによるものか、脳をやられたことによるものかは、定かでない。
四肢はもがき、水に溺れた獣のように無秩序に暴れ狂うが、それが剣を振り下ろした騎士に害を及ぼすことはない。
その間にも、騎士は剣を突き出し続け、致命傷をより深く刻みつける。
噴き出す黒い血液。発熱し、何百度にも跳ね上がる体温。
時が経るにつれ、蒸気と血煙と粉塵が立ち込め、辺りを禍々しく彩ってゆく。
そして、間もなく、狼は動きを止めた。
最後に振り上げられた腕は力なく下がり、重力に敗北した。
全身から立ち込めていた蒸気も、金属の大地に体温を奪われることで、すぐに収まった。
狼は絶命したのだ。
騎士の、会心の一太刀によって。
「討伐完了」
狼の頭部から剣を抜き、振り払う。
飛沫となった黒い血液は、狼の躯に歪なバツ印をつけた。
『……すごい』
遠目から、一連の闘いを目撃していたノイドの男が、騎士の姿を見て、そう零した。
黒い全身鎧。黒い長剣。黒い外套。
そして、顔すら隠す、フルフェイスの黒兜。
『あっ』
剣を納めた黒騎士の顔が、今度は男に向けられる。
だが、騎士が彼に興味を示したのは僅かな間のみで、手を振るでも、声を掛けるでもなく、そのままマントを翻し、もう用は済んだと歩き出してしまった。
『待って……待ってくれ!』
命の恩人。コロニーの恩人。そして何より、兄の仇を討ってくれた、勇者。
男は呼び止めなければならない相手であることに気づき、電子音声を張り上げた。
ところが、騎士は振り向かなかった。
足場の悪い鉄くずの地面を、一歩一歩と歩き、去ってゆく。
男はある程度まで追いかけたのだが、騎士の弛まぬ足取りに未熟な自分が追いつけない事に気づくと、すぐに歩くのをやめてしまった。
『……』
それよりも、彼にはやらなくてはならないことがあった。
足元に転がるダイオード。
これを、地下のコロニーへと持ち帰る任務である。
『……兄ちゃん』
兄は、このために死んだ。自分は、このために死にかけた。
しかし、これがなくては、コロニーで大勢の人間が死んでしまう。
逆に、これさえあれば、コロニーは救われ、大勢の人に未来が与えられる。
『……ありがとう』
ノイドの男は、胸の中にダイオードを抱え、歩き始めた。
コロニーまでは、また何日も掛かるだろう。今度の道は、一人きりだ。
しかし、彼はもう、弱音を吐かない。
寒い道も、険しい道も、男は突き進んでゆくだろう。
ここに立っているのが兄だとするなれば、きっとそうしていただろうから。
騎士と男は、それぞれ別の方角を目指し、歩き出した。
黒い風は、今も尚、吹き続けている。
かけがえのない社会性を喪失したものの、狩猟において発揮される知性の高さには見どころがある。
――ウルボス・ラットマンの手記