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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
1 / コボルト
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 薄汚れた黒い外套。艶の僅かな漆黒の鎧。その手に握るのは、やはり黒い剣。

 男の目の前に現れた黒騎士は、悠然とそこに立っていた。

 向かい合うは、巨躯の狼。全身が剥き出しの筋肉に覆われ、黒ずんだ爪に、薄汚れた牙を揃えた、異形の狼だ。


 機を狙ったかのように颯爽と現れた黒騎士は、まるでお伽噺に出る勇者のようだ。

 しかし、相対する敵は、全長十メートルの怪物。常識外れの肉体を持つ狼を前にしては、彼の手に握られた一メートル数十センチの長剣は、心細い。


 ――では、先ほど狼を吹き飛ばしたのは?


 男が考えている間にも、戦局は大きく動く。


 身体を転がされ泥をつけられた狼は、怒りの咆哮を上げた。

 粘性の高い涎を含んだ大声は、廃材の丘で反響し、軽い地響きを引き起こした。

 小高い丘からは腐り折れた鉄パイプが転げ、錆びついたスプリングと共に雪崩れてゆく。

 もちろん、これは攻撃ではなく、単なる鳴き声でしかない。


 本命の攻勢は、ひとつ吠えた後すぐに訪れた。

 後ろ足の筋肉を膨張させた狼が、またもや一度の跳躍で、黒騎士に襲いかかったのだ。

 しかも今度は横に振り払う爪ではなく、上から押し付ける爪。

 吹き飛ばすだけでは済まない、より強い殺意が込められた一撃が、黒騎士の身体を影で包む。


 ――廃材と共に、潰されてしまう。

 男は一瞬、血の気が引く緊張のあまりに眼光を強めたが、その目に悲劇が飛び込むことはなかった。


「ふんっ」


 上から伸し掛かる狼の巨体を、黒騎士はなんと、剣で受け止めて見せたのだ。


 黒騎士の足元の廃材の地は素直に陥没し、クレーターのように沈み込んだが、その中心である黒騎士は潰されることも、折れることもない。

 狼の運動エネルギーが全て相殺されて空中で停止するその時まで、騎士は両手に握った剣でもって、狼の爪を受けきってみせたのだ。


「はっ!」


 宙で停止し、驚愕のあまりに醜い目を大きく剥いた怪物は、剣の勢いで逆に跳ね返された。

 巨体は不安定に乱回転し、しばらく風を切って放物線を描いた後、凄まじい音を立てて、廃材の地に落下する。


 立ち込める石綿の砂埃と、舞い上がる薄い鉄板。


 静けさが訪れたのはほんの少しだけで、狼はすぐに立ち上がった。


『ひっ!?』


 非現実的な闘いに、もはや完全な傍観者へと成り果てた男だったが、黒靄の中から姿を見せた狼の姿を見て、薄まりかけの恐怖を呼び起こされた。


 狼が、二本足で立っているのだ。

 暗い靄の中を、頭から先に出てきた狼は、二本の長く太い足で、こちらに歩いてくる。

 一歩、一歩と。だが大きく開いた口から滴り落ちる涎からは、二足歩行の生物にあるだろうと言われた知性などは、欠片も感じられない。

 黒っぽい目から感じ取れる感情はただひとつ、殺意のみである。


 狼は二足歩行のまま空を仰ぎ、再び吠えた。

 天に向かって放たれた咆哮は、にわかに涎の雨を撒き散らし、それらは地に触れると共に、急激な酸化反応を示し、小さな煙を棚引かせる。


「かかってこい」


 黒騎士はその場で剣を構える。

 狼はすぐ近くの廃鉄骨を掴み取り、確かな足取りで駆け出した。


 黒騎士が尋常ならざる力で放り投げた距離も、巨躯の疾走は瞬きする間に埋めてしまう。

 近づいた狼は鉄骨の間合いで立ち止まり、急停止により地面を砕き、捲り上げる。


 そして狼は、手にした鉄骨を大雑把に薙ぎ払った。

 超大な質量による純粋な殴打が、周囲を金に染め上げるほどの火花を撒き散らす。

 それは、一度だけに留まらない。狼は黒騎士のいる場所に、何度も何度も鉄骨を振るい続けた。


 一撃の度に火花が吹き荒れ、鉄骨の軌道に吸われ、舞い踊る。

 豪快な金属音は、付近にいれば鼓膜を破る程に大きなもので、普通の人間がいれば、それは肌を刺すような衝撃の連続であった。


 巨大な狼が鉄の戦棍を片手に、まるで鍛造でもするかのように、一点へと振るい続ける。

 横に、縦に、真下にと、それは留まることがない。


 人間ならば、一撃で死ぬべきだ。

 人ならざるものであっても、三発目には潰れているべきだろう。


 それでも狼は、鉄骨を振るい続けている。

 何故かと問えば、答えは簡単だ。



「――甘い」



 そこで、潰れているべきものが、いつまでたっても潰れないのだ。

 何度叩いても、殴りつけても、黒騎士に一撃は通らない。

 鉄骨に対して楊枝のような細い剣で、巧みに受け流し、受け止め、狼の攻め手を防ぎ続けている。


 狼は、何度も何度も鉄骨を振り回し、やがて怒りに任せたつけが回ってきたためか、動きに鈍さが生じ始める。

 全身の筋肉からは湯気が立ち上り、口からは生臭い白煙が汽車のように噴き出ていた。

 鉄骨は無数の剣戟で傷まみれになり、所によっては深い切れ込みさえ入っている。

 対する黒騎士の長剣は、見窄らしい色合いではあるものの、目立つ傷はひとつもない。




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