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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
1 / コボルト
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0011



 全長十メートル。全高四メートル。

 巨大な影が、四本の太い足で廃材の地面に大きな型を付けながら、ゆっくりと歩いている。

 それは四方を見回しながら、熱湯が泡立つような音を喉元で鳴らし、時折白い息を大きく吐いている。


 立ち込めるのは、異臭。巨体が全身から放つ壮絶な臭気と吐息は、どんなものにも例えがたい悪臭を帯びていた。


『……!』


 大きな廃材の影に隠れて震えるこのノイドもまた、近づいた悪臭には、思わず顔を覆うほどである。


『なんでだよ……なんでこんなことに……』


 彼の足元には、ダイオードと呼ばれる大きな部品がある。

 この部品を見つけ、自分たちの住まう安住の地下に持ち帰るのが、彼と、その兄に課せられた役割であった。


 しかし、彼の兄はつい数十分前、殺されてしまった。


『なんで……!』


 小刻みに震える彼は、未だにその時の光景が目に焼き付いていて、頭から離れない。

 振られる巨腕。放られたゴミのように吹き飛ぶ体。崩れ落ちる下半身。

 本能的に臆病だったおかげで彼はすぐに駆け出すことができたが、その代わりに兄は死んでしまった。


 頭に巡るのは、現状を打開せんと焦せるばかりの思考と、自分は兄を見捨てたのではないかという後悔と、強大な力に対する恐怖ばかり。


『あ……』


 小刻みに震えるノイドは、自身から小さな金属音が出ていることに気がついた。

 音を立てては、あの怪物に見つかってしまう。彼は慌てて身体を抱きかかえるように腕で覆い、音を立てぬようしっかりと押さえつけた。

 するとすぐに金属音が止んだ。そして、代わりに今まで聞こえなかった息遣いが聞こえてくる。


『え……』


 彼は首を傾け、真上を見上げた。

 そこには、大きく裂けた口に無数の細い牙を並べた巨大な狼が、こちらを静かに見つめていた。


 黒くてらてらと光る大きな鼻。

 黒いまだら模様が浮かぶ、巨大な二つの赤目。

 裂けた口からは、悪臭放つ白い湯煙を震える彼に吹き付けている。


 その一瞬、男は逃げ出すことも、言葉を放つこともできなかった。

 ただ、死ぬであろうと。自分の生が摘み取られるであろうという、確信に近い感覚を噛み締める他、考えられることがなかったのだ。




「貴公を斬り伏せる前に、名乗っておこう」


 このまま噛みちぎられて死ぬ。

 男が覚悟した時、どこからか凛とした声が響いてきた。


 声に合わせて巨大な狼の首も、男から興味を失ったように、そちらに回される。

 自分を見つめるまだら模様の瞳が外され、男を縛る恐怖が緩んだ。

 男はその場から、息を吹き返した虫のように這いずり出し、怪物から距離を取った。


『はあ、はあ、助か……』


 瓦礫の丘を離れ、化物から距離を取る。しばらく駆けて振り向くと、化物はその場から動いておらず、視線は別の方に向けられていた。


『なんだ……あいつ』


 男が見たもの。

 それは、廃材の丘の上に立ち、巨大な怪物に剣を向ける、一人の黒騎士の姿であった。


 騎士は、黒い長剣を片手に持ち、その剣先をまっすぐ怪物の顔に向けて、美しい姿勢で佇んでいる。

 両者を隔てるその距離は、十メートルもない。


「私は――」


 騎士が次に言葉を発した時、怪物は目にも止まらぬ速さで空を跳んでいた。

 十メートルもの距離は、後ろ足の一蹴りによって刹那の間に詰められて、着地の寸前に強靭な前足は大きく振りぬかれる。


『あ……』


 獣が激しく息を吹き、金属音が甲高く響く。

 男が情けない声を漏らすわずかな時間で、騎士の身体は兄と同じように宙を舞い、何十メートルも離れた瓦礫の丘の斜面に落ちていった。


 闖入者を早々に片付け終えた巨大狼の斑目が、再びノイドの男を射止める。

 水の泡音を喉元に響かせ、一歩一歩と迫り来る。


 ありえない程の巨大な身体。それを容易く動かしてしまう、規格外の脚力。

 男は、かつてないほど恐怖している。

 しかし二度も非現実的な猛威を目のあたりにしては、逃げることの無意味さも十分に理解できている。


 あの“狼”は、単なる人によってどうにかできる存在ではない。

 一度奴に見つかったが最後、そこらに転がっている廃材と同じようにズタズタに引き裂かれ、殺される他に道は残されていないのだ。


『せめて、一思いに……』


 男が自分の死を悟り、狼と真正面から向き合ったその時。巨大な狼の背後から、小さな影が飛んでくるのが見えた。


『え?』

「不意打ちとは卑怯なり」


 地上五メートルを跳躍した黒騎士が、黒い外套を翻し、跳んでいる。

 黒剣を構え、それを振りかぶっている。


『嘘っ』


 つい数秒前に死んだかと思われた彼の姿は、男にとって、何か都合の良い夢か、幻のようであった。

 その一瞬後に訪れた、数メートルもの距離を転がされる巨大狼の姿も、自分の見間違いだろうと思った。


『いたっ』


 しかし、それによって舞い上がった瓦礫が自分の脛を打つ痛みは、紛れも無く本物だったのである。


『ええっ!?』

「怪我はないか」


 騎士が男の前に立ち、剣を構える。


 瓦礫の丘の下では、背中を斬られ吹き飛ばされた狼が、ゆっくりと立ち上がるところであった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] こんなにも王道英雄譚な始まりなのに。 [気になる点] >>するとすぐに金属音は止んだ。そして、代わりに今まで聞こえなかった息遣いが聞こえて始める。 →聞こえてくる >>そこには、大きく…
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