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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
6 / デーモン
33/33

1001


 お前が新生物質を扱うのなら、私は新人類を創ってみせるよ。


 ――ウルボス・ラットマンの手記



 煙の揺蕩う巨大な地下空間。

 そこに生身の生者は居ない。

 残った知性体は、クロム=サー=ベルジュ。彼、たった一人だけ。


『テメェが……なんで……皆を……ソンデイユを……なんで……!』


 顎部を固定するブルクギアが弾け飛び、クロムの口が大きく開かれる。

 同時に頬当てが脱落し、眼光ランプを保護する遮光レンズが顕わになると、そこには大顎を開き、両目に鋭い輝きを湛える悪鬼の顔があった。


『俺がこいつを、連れてきたせいで……!?』


 クロムに対するは、黒き騎士。

 漆黒の滑らかな鎧は返り血を弾き切り、外套だけが僅かに鮮やかな赤みを残している。

 未だ、騎士の眼光に宿る赤き殺意は消えていない。


「貴公のコロニーは、既に魔物(デーモン)による汚染を受けていた」

『デーモン……ぁあ、俺らか……俺らがデーモンかよ……?』

「多数の人も確認できたが、それらは全て魔物(デーモン)の影響により敵性存在へと変貌し、襲い掛かってきた」

『俺のガワだけ見て、勘違いしたってわけか……テメェは……』

「クロムよ。貴公は、人か。それとも、ゴーレムか」


 黒騎士が左手に握った剣を向け、問いかける。


『人か、ゴーレムか……んなもん、決まってるだろうが』


 クロムは開ききった顎部から魔煙を燻らせ、右の拳を顔の高さまで掲げた。

 拳は怒りと殺意に震え、軋みをあげている。


『俺は、人だ。人間。このクソッタレな世界でしぶとく生き残っている、ちっちぇえ人間だよ……』

「結局、汚染の影響を受けていなかったのは、貴公のみであったか」

『ああ……』


 未だ拳をにらみ続けているクロムをよそに、黒騎士はもはや納得したかのように背を向けた。


「ならば、話は早い。このコロニーを脱出し、私と共に魔物を討ち滅ぼす旅に出かけよう」


 それは黒騎士が弾き出した答え。

 背後にいる者が同類であるという、機械的にして安易な結論だった。

 もはや黒騎士のフルフェイスからは敵愾心の潜む赤い輝きは覗けず、平時通りの振る舞いをしているかのようである。

 辺り一面、人とノイドの死体で溢れているにも関わらず。


「砂鉄の山、汚水の海。魔物はどこにでも生息している。我々は王の遺志を果たすため、全てを越えて、全てを討たねばならぬ。魔物が滅ぶその日まで、我々に休息する暇は無い」


 黒騎士は悠然と言い、そして歩いた。

 もはやソンデイユのコロニーは“終わった”と言わんばかりに。


『……おい。ポンコツ野郎』

「む」


 クロムは、そんな後ろ姿に声をかけた。


「どうし――」

『潰れろや』


 そして振り向いた瞬間には、既に鉄拳が鎧を抉っていた。


「ぐガ――」


 魔力。未知のエネルギーを乗せた拳の一撃が、黒騎士の胸部装甲を大きく歪ませる。

 その衝撃は騎士を十メートル近く吹き飛ばし、ソンデイユ外周部の強固な金属壁面に叩きつけるほどの強烈なものであった。


「――ギ――コ、ゥ――」


 蜘蛛の巣状のヒビが走った壁面から、黒騎士が緩慢にずり落ちる。

 クロムの不意打ちに、黒騎士は一切反応できなかった。

 左手に握っていた刃もどこかへと吹き飛んだのか、武器はない。


『誰が人だ。何が魔物だ。……テメェは何様だ。魔物はテメェの方だろうが』


 強い感情によって荒いノイズが混じった声で、クロムは静かに憤る。


『ぶっ壊してやる……こんなこと、もう二度と、絶対に……』


 クロムは頑強な右腕を回しながら、壁に凭れた黒騎士へと歩み寄る。

 人であれば心臓があろう部分は大きく凹み、騎士はもはや動かないように思われた。


「ぃう、ち、とは――卑怯――なり――」


 だが、黒騎士は糸に吊られるような不気味な動きで立ち上がってみせる。

 フルフェイスの奥に潜む赤い輝きは再び燃え盛り、クロムを無機質に睨んでいた。


「ゴーレム――を――確認――」

『黙れ』


 黒騎士が十全に再起動する前に、再び鉄拳が落とされた。

 数メートルあった距離を一瞬で詰めた上での、頭部への容赦ない打撃。

 それは黒騎士のフルフェイスを大きく歪ませながら、壁の亀裂をさらに深く刻み込む。


『危険――未知のエネルギー流入による回路損傷――新生金属断裂――Project“Faithful Quest”の続行に――』


 ノイドでも致命傷になるであろう顔面の陥没。

 不調を来たし始めた高音質な機械音声。


『再試行――再試行――反撃――外的危険性の緊急排除――』

『てめぇこそ、人にとっての魔物だろうが』


 それでも不器用に両腕を伸ばし、クロムに掴みかからんと足掻く様は、人でもノイドでもない、化け物と言って過言ではない狂気を感じさせる。


『内部補助電源緊急解放――』


 クロムに伸ばした騎士の腕が、青白い雷光を発し始める。

 それは騎士の内部に蓄積されたエネルギーの片鱗であり、全てを解放すればしばらくの間機能不全に陥るという、捨て身の攻撃。

 各地の地下を流れる電床にも匹敵するであろう高圧電流だった。


『ゴーレム――よ、――覚悟――』

『くたばれ』


 凄まじい電撃が迸るかに思えたその瞬間。

 クロムは拾い上げていた黒騎士の刀身を強く握り込み――


『鉄屑野郎』


 ――歪んだフルフェイスの隙間に、それを深々と突き立てた。


『――能不全――損――停――』


 雷光は収まった。

 いくつかの断片的な言葉を発し、声も止んだ。


 そしてフルフェイスの黒騎士は、その頭部を剣で貫かれ……もはや再び動くことはなくなった。


『……畜生』


 致命的な損傷を負い、機能を停止した機械の殺戮兵士。

 それは動きを止めてみれば、そこらに倒れ伏したノイドとも変わらない、人と同じサイズの鉄屑でしかないように見える。


『なんで……どうしてこんな……』


 涙を流せないクロムの震え声が、滅亡したソンデイユの片隅に虚しく響く。


『俺が……俺のせいなんだ……俺がこのコロニーまで案内しちまったから……』


 悔やむ声。許しを請う声。

 一人きりになったノイドの言葉を聞く者は、誰もいない。

 農場も、工房にも、居住区にも、地上の警備所にさえも、ソンデイユにはもう、誰も残っていなかった。




 ソンデイユの地上に、今日も瘴気混じりの砂嵐が吹き続けている。


 訪れる人間はいらず、襲い来る魔物もいなければ、ふらりと立ち寄る機械もない。


 ただ遠くにひとつだけ、僅かに傾いた古代の鉄塔があるばかり。


 もしも人間がそれを見たならば、置き去りにされた孤独な塔に、自分自身を重ねるのかもしれない。




 黒騎士の長き旅は、こうして終わりを告げたのである。



end

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[良い点] ターミネーターこわい ねずみ男とうみぼうずの発明対決に巻き込まれて人類滅亡??
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