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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
6 / デーモン
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 コロニーへと続く大階段を転げるように下り、重厚な隔壁のハンドルを二人がかりで解除してゆく。

 その間も耳慣れない警報はトンネル内に響いており、警備所から飛び出したパーツハンター達は焦燥にかられている。


『開けろ、速く回せっ……!』

『くっそ固ぇ! 最終隔壁、いつもはこんな重くねえぞ!?』

『整備不良か!? 何か噛んでるのか、歪んでるのか……!』

『班長、予備の武装もありったけもってきました!』

『よくやった、クロム……はいらないか。手すきの野郎ども! 隔壁を開けている間に武装を装着しろ!』

『くっそ……外付けプレートアーマーなんて何年ぶりだよ、畜生……!』


 一体コロニーで何が起こったのか。

 崩落か。爆発か。貯水槽が破裂でもしたのか。

 それとも、まさか、魔獣なのか。


 嫌な予感を口に出すことはできなかった。

 今の彼らは、全力を持って隔壁を開き、不明瞭な“何か”に備えることしかできないのだから。




 重々しい音を立てて、最後の隔壁がゆっくりと開いてゆく。

 その先はコロニーの中心、ソンデイユの居住区であり、生身の人間でも生きてゆけるよう完全な浄化設備と環境が整えられた最重要区画だ。

 ソンデイユの営みの中心であり、心臓。居住区がなければ人間は生存できず、ここが汚染されるということはつまり、地下都市の死を意味していた。

 故に居住区は最も厳重に守られている。今日も、今この時も、守られているはずだったのだ。


『……なん、だよこれ』


 そう漏らしたのはクロムだった。

 僅かな隔壁の隙間にねじ込むようにして先行した彼は、一足先に居住区の様子を見れたのである。

 だがその光景は、決して良いものではなかった。


『……、インジー……、……か……?』


 血溜まり。踏み出したその瞬間、彼の目に飛び込んできたのは赤黒いそれだった。

 飾り気のない灰色の床には真新しい赤い水溜まりができており、それは階段を下り……地面に倒れた女性にまで続いている。

 クロムはその女性に見覚えがあった。

 インジーである。

 長い付き合い。作業着も後ろに結った髪も特徴的だったので、見間違えるはずもない。


 しかし、見間違えでなければ、何故インジーは血溜まりの上で動いていないのか。

 何故インジーの傍らにアレックスが倒れているのか。


「いやぁああああ!」

「誰か! 助けて! 殺される、誰かぁっ!」

「許してください! お願いします、その子はっ! まだ子供なんですっ!」


 何故、平穏であるはずのソンデイユのコロニーが、血と煙と死体と悲鳴に包まれているのか。


『何が……』


 突発的に湧いた数多の異常と悲劇に、クロムは思考を働かせることができなかった。


『開いたぞ! 物資通るか!?』

『おい中で何が起きた!? うわっ』

『コロニーが……コロニーが!』


 隔壁からノイド達が勢い良く押し入り、そして眼下の光景を見て立ち止まる。

 すり鉢状に形成された穏やかなソンデイユの町並みは、今やもう跡形も残っていなかったのだ。


 家屋は砕け、人は血まみれになって路傍に打ち捨てられ、そこかしこで黒煙が上がっている。

 いくつもの大災害が同時に訪れたかのようなコロニーの惨状は、決死の覚悟で飛び込んだパーツハンター達をも沈黙させた。


『……っざけんな』


 茫然自失とした空気の中で、クロムの呟きが漏れた。

 彼の声に合わせ、周囲のノイドたちも、武器を握る手に力を込め、震えている。


『……コロニーを襲った奴を見つけ出せぇッ!』

『おおおッ!』

『活かして返すな! 魔獣だろうがなんだろうがッ……絶対にぶっ殺してやるからなぁッ!』


 幾つもの雄叫びとともに、パーツハンター達は弾かれたように階段を駆け下りていった。

 コロニーの惨状を作った下手人は、まだわからない。だが人々の悲鳴が聞こえる以上、市街地にいることは明らかだ。

 居住区はコロニーの心臓。遅れれば、自分を含め全てのソンデイユの民が死に絶えるだろう。

 もはや巨大な魔獣だの何だのとは言っていられない。後戻りのできない闘いは、既に始まっているのだ。

 だから男たちは、誰一人未知なる敵を恐れること無く駆けていった。


 一人は製造工場へと駆け込み。

 一人は農場エリアへと走り。

 一人は中央の行政区へ急ぎ。

 ハンターたちは各々が、様々な区域を目指して駆けていった。

 既にコロニー中に惨死体が転がっているが、手分けをして探せば、生存者の確保も敵の発見を容易だと考えたためである。


『ぐぎゃぁああっ!?』

『――!』


 しかし、彼らの手分けはすぐに中断される。

 居住区へ駆け込んだノイドの一人が、コロニー中に響くかのような断末魔をあげたからだ。


『だ、誰だっ……誰なんだよぉ、おめぇ……!』

「ゴーレムを確認」


 右脚と右腕を斬り捨てられたノイドが、這いずるようにして大通りへと出る。

 致命傷を負ったノイドは恐怖に震えるマチェットの刃先を、路地裏に向けているようだった。


 応援に駆けつけたノイド達はそれに気付くが、


『ふざけんなよぉ……! なんでこんなっ、酷いっ……!』

「魔物め」


 全ては遅かった。

 路地裏より現れた黒騎士の一太刀は、誰の目にも止まること無く、風前の灯を刈り取ってしまった。

 ノイドの頭部がゴロリと地に転げ落ち、首の断面は僅かな雷気を発し、眼光は光を失ってゆく。


 助けようとする間もなく、一瞬のうちに殺されたノイド。

 そしてそれを躊躇なく実行に移した、全身鎧を身に纏った黒い騎士。


『なんだ……貴様! 何奴だ! なぜこのような……!』

「ゴーレムを確認」

『お前ら! なんでもいい、こいつをッ』

「魔物め」


 それは人の身体ではおよそ不可能な速度で距離を詰め、この時代では精製できない特殊合金の刃を振るう。


『ぐ、ぎぃ……!』

『班長!? うわぁッ!?』

『な、なんだよこいつ! どうしてっ!?』

『効かない! 嘘だ!? 今のはデブリの装甲でもッ、ぐぁッ』


 無慈悲に。無感情に。

 黒騎士は向かい来る者も、逃げ帰る者も、全てを赦すこと無く、機械的に屠る。

 躊躇はない。疲労などあるはずもない。

 命令という忠義を与えられた機械は、その身が壊れるその時まで、決して止まることはないのだ。


 パーツハンターは確かに優秀な狩人だったかもしれない。

 だがそれは屋外での小型デブリを相手にした場合であり、それらのモンスターは黒騎士と比べれば、遥かに劣る存在だと言わざるを得なかった。


『やめて……やめてください、もう、お願いだから……』

「魔物め」

『ひ、ぎァッ……!』


 瞬発力も、膂力も、黒騎士に敵うことはない。

 ほぼ全てのハンター達は一合の剣戟によって武器を破壊され、二合目には致命傷を負って倒れ伏していた。

 かといって逃げようとすれば、黒騎士はそれを目敏く察知し、手近なものを掴み、投擲してくる。それは投石機もかくやという程の威力を発揮し、必中する。

 隔壁へと逃げる者達は、誰もが上部階段にたどり着くこと無く、命を落としていた。

 仮に隔壁までたどり着けたとしても、ただの人間では“投石”の衝突によって大きく歪んだ壁を開けることはできなかっただろうが。


 黒騎士は、生身の人間を最優先に殺していた。

 最優先とする人間の中でも、人の魂をノイドの機体に移す技術を持った“着床師”だけは、特に最優先の標的であった。

 地下都市における着床師はコロニーの発展に大きく関わる存在であるため、普段から特権階級の如き生活が約束されている。そのため居住区も中央寄りで、緊急時の保護優先順位もかなり高い。

 しかし、機械に人間の魂を入れるというその所業は、黒騎士の逆鱗に触れるものだった。

 結果、ソンデイユの着床師はコロニーの警報が鳴り響く前に黒騎士によって探し出され、速やかに殺害されたのである。


 着床師の次は生身の人間。次点がノイド。

 コロニーは広いが、人外の機動力と察知能力を持つ黒騎士にとってそれは障害にならない。

 もはや全ての施設は破壊され、人は死に、ノイドも等しく死んだ。

 中には死んだふりをして難を逃れようと考えた人間もいたが、黒騎士は倒れた者の脈を測って生存を確認する。生半可な偽装は通用することなく、誰もが見逃されることはなかった。


 男も女も、老人も子供も。人間も機人も。

 パーツハンターでさえも淡々と屠り。


『……てめぇが、やったんかよぉ……!』


 最後の一人になるまで、黒騎士は殺し続けたのである。



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[良い点] 一話目で子供の手を握ってたのも…?
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