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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
6 / デーモン
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0110


 浄化施設では、エアシャワーによる瘴気の除去が行われる。

 その後、装甲に付着した汚れに灰を擦りつけ、廃油で拭き取る。

 装甲の整備には仕上げとして布が使われることもあるが、地下都市における布は貴重品だ。

 そのため、ソンデイユにおいても使い古しの小さな布を多くのノイドで共有するのが常であった。


『……全然錆びてないんですね』

「どうかしたか」

『いえ、貴方の機体。普通は半日も瘴気に晒されたら、傷んだり、少なくともツヤなんて出ないはずなのに……一体何でできているんですか』


 表面上の整備を終えた黒騎士の鎧は、鈍くも黒い輝きを取り戻していた。

 アレックスは、そのような機体を見たことがない。たとえソンデイユで製造される新品の機体であろうと、ここまで見事な品質で仕上がることなど有り得ないからだ。

 よくよく見れば、黒い鎧には緻密なレリーフが施されている上、その芸術性も高い。

 それは地下都市で生み出されるありとあらゆる芸術品をも凌駕する程であろうか。

 アレックスにそちらの方面の造詣は皆無であったが、黒騎士の鎧は、彼にそう思わせるくらいの異質さだったのである。


「全て、我が王より賜ったもの。我が祖国にて生み出された無数の至宝の内の一つ」

『し、至宝……それってもしかして、さっきの汚い油で拭くのはまずかったのでは……』

「多少純度が低かろうと問題はない」

『そ、そうですか……』


 口ではそう言っているものの、大切な鎧を汚されて怒っているかもしれない。

 悪気は無かったし、ソンデイユにおいては普通の浄化措置であったのだが、黒騎士の威厳ある姿や態度に触れていると、どうにも自信が失われてしまう。

 これ以上は、自分では対応できない。アレックスはそう考えた。

 彼は身支度もそこそこに、更なる地下へと案内してゆくのであった。




『この先、階段を降りていけばソンデイユの地下都市になりますよ』

「うむ」


 人気の少ない階段を下ってゆくと、その最奥で大きな扉に辿り着いた。

 両開きの扉である。壁面にはハンドルが据えられており、そこから開けるようであった。


『これが最後の隔壁ですね。緊急時には内側からロックをかけることもできるんですよ』

「魔物に備えてか」

『魔物……って言われてもわからないですけど、デブリですかね? まあ、本当に緊急時用の仕掛けですから、使われることは全然無いんですけど。そんなセキュリティもありますから、安心して過ごされてください』

「用心に越したことはないな。心遣い感謝する」

『いえいえ』

「この先が、ソンデイユ。人の暮らす、コロニー……か」

『ええ。良いところですよ! 決して裕福ってわけじゃありませんが……きっと、貴方も気に入ってくれるはずです』


 アレックスはハンドルを回し、最後の隔壁を解錠してゆく。

 隔壁とはいえ、誰でも開けることが可能な、分厚いだけの扉である。その作業は慣れたもので、しばらくすれば扉は速やかに開け放たれた。


「……」


 扉の向こうは、広大な地下空間であった。


 円形。いや、すり鉢状の地下都市である。

 中央には人工物であろう太く巨大な柱が通っており、据え付けられた数多のダイオードによって地下都市全体を明るく照らしていた。

 家屋のほとんどは粗末な乾燥レンガの壁と、ブリキ板の屋根である。しかし豊富な金属板によって補強されたそれらは見た目以上に頑強であり、継ぎ接ぎではあっても確かな実用性を備えている。


『ソンデイユです』


 地下空間の壁面にはへばりつくように溶接された家屋の他にも太い水道管が走っており、上部の貯水槽から生活用水を各所へと分配しているようだった。場所によっては大きな工場にもパイプが通っているため、工業用水としても活用しているらしい。


 そして何より、その豊富な水によって、このコロニーの各地に見られる緑……植物を育てているのだろう。

 景色の殆どは味気ない鈍色であったが、よく見れば隙間を埋めるようにして緑が添えられている。

 大きい所では川沿いの水田。小さなところでは屋根の上のプランター。

 ソンデイユの人々は、食料としてだけでなく、紙や布としても貴重な植物をこよなく愛しているのだった。


『見てください。夕方ではありますが、多くの人が歩いているのでしょう。みんな笑顔です。……彼ら彼女らが、我々が守るべき大切なもの……ソンデイユの家族と、仲間たちです』


 アレックスが腕を広げ、どこか自慢げに景色を見せる。


 黒騎士は視線を下げて、地下都市の細い通りに注意を向けた。


「……」


 そこを歩いていたのは人だった。

 手をつなぎ歩いている、母親と少女である。親子の服装はいかにも着古したものであったが、最低限は清潔であり、表情には健康そうな血が通っているように見える。


 その親子だけではない。

 ソンデイユの通りには、隔壁や浄化設備によって護られた多くの生身の人が歩いている。

 工場務めから帰る者。農園に赴く者。買い物へとゆく者……。

 今の荒廃した地上には存在しない、かつて地球上にあった人々の暮らしが広がっていた。


 それを目視した黒騎士は、フルフェイスの奥に潜めた赤い眼光を強く輝かせた。


「……貴公。これが、ソンデイユのコロニーなのか」

『ええ、びっくりしましたか?』

「貴公には、この景色が当然であると、そう見えるのか」

『まあ、そうですね。……ええ、昔は貧しい土地だったらしいですし、未だ苦しい環境にあるコロニーの話も聞こえてきますけど……ソンデイユは、それが当然。これが普通なんです。甘っちょろいって言う人もいます。けど、それって素晴らしいことだと思うんですよ』


 アレックスは一歩前に出て、階段に座り込んだ。


『ノイドが外に出てデブリを狩り、安全を確保しつつ部品を手に入れ……コロニーでは生身の人たちが施設の整備や農業に精を出す。口で言えば簡単なことですけど、なかなか上手く行く場所は多くないって話です。そういう人から見たら、この景色に思う所はあるかもしれませんが……個人的には、良いと思ってます。ここ』


 言い終わるのとほとんど同時に、階段の下から駆け足で上がってくる姿があった。

 年季の入った大きな樹脂エプロンに、油で汚れた顔。しかし若々しく、まだ二十にもなっていないような美しい娘である。


「おーい、アレックスさーん! おかえりー!」

『ああ、インジーちゃん。ただいま』


 インジーと呼ばれた彼女は、ここソンデイユで暮らすノイド整備士の一人である。

 彼女はアレックスやクロムと交流があり、機体の整備ではよく顔を合わせる仲だった。

 インジーはアレックスの姿を認めるや走るのをやめ、階段をゆっくりと登ることにしたらしい。どうやらコロニーの長い階段に疲れたようである。


「はあ、はあ……ねえアレックスさん。クロムはまだ帰ってこない?」

『いや、もう帰ってきてるよ。今は警備所の方に話があるらしくて、もうちょっとしたら来るんじゃないかな』

「警備所? クロムにしては珍しく真面目なことしてるねぇ」

『あー……色々あるそうだよ。というのも、こちらの方に関わることで、どうも重要な話があるらしくてね……』

「ふーん……あれ? 後ろの人はどちらさま? 見ない顔だけど……」


 インジーが不思議そうに首を傾げていると、黒騎士はアレックスの身体を押しのけるようにして前に出た。


「え、と……?」


 インジーは見た。黒騎士の斜め後ろに立つアレックスには見えなかった。


デーモン(魔物)を確認」


 フルフェイスの奥に煌々と輝く、無機質な赤い輝きを。


 正面に立つことで初めて理解できる、忘れ去られし超技術の脅威と畏怖を。


「――デーモン、貴公らを斬り伏せる前に、名乗っておこう」

「え……あの、何を言ってるの……?」


 剥き出しの刀身を握った左腕を高く掲げ、黒騎士は宣言する。

 その声は、まるで人間であるかのように澄んでいた。


「私はシーエイトが創りし総殲滅騎士団・忠実なる鎧騎士(フルフェイス)が一人、B-012」


 唐突に語り始めた騎士に、アレックスも、インジーも、声のひとつすらかけられなかった。

 二人には“それ”が何を言っているのかわからなかったし、また本能的に理解してもならないと、魂に受け継がれた記憶のどこかで拒絶していたからだ。


「魔物は総て、討たねばならぬ。魔物は総て、破壊せねばならぬ。それこそが、我らに下された絶対の王命(命令)であるが故に」


 黒騎士は告げる。


 今まで通りに淡々と。


 途中で邪魔が入ろうとなかろうと。


 インプットされた通りの前口上を。


『だっ……駄目だインジーッ! 逃げろッ!』

「え、あ……」

「覚悟」


 そして全てを語り終えた時、黒騎士は弾けるように動き出した。


 いつもの魔物退治と同じように。


 人ならざる力で踏み込んで。


 握りしめたその剣で、人間(魔物)の肉体を切り裂くのだ。


「あ……なん、で……」


 素手で握った、剥き出しの剣であった。

 そのような武器であっても、黒騎士の常軌を逸した出力は容易く少女の胸部を深く袈裟斬りにしてみせる。

 少女は何者に、何のためにかもわからぬまま、無機質な殺意によって心臓を断ち切られた。


『インジィイイイッ!』


 突沸したアレックスの怒りが、怒号となってソンデイユに響き渡る。

 同時に彼は背中に備え付けたメイスを構え、階段上から黒騎士へと襲いかかった。


「――ゴレームを確認」


 だが無意味であった。

 愚直に飛びかかり、鈍器を振り下ろす程度の攻撃など、黒騎士に通用するはずもない。


『ぐ、あ……!?』


 もはや着地点に黒騎士はおらず、アレックスが相手の位置を背後だと認識する頃には、既に自分の胴体が真っ二つに断たれていた。


 力なく崩れ落ちる若きノイドの身体。

 機械の身体といえど、扱いのほとんどは生身の人間と変わりはしない。

 腹も空けば痛覚もある。胴が両断されれば、その数秒後に待つのは確実な死であった。


「やはり、ここのコロニーとやらもデーモンに支配されていたか」

『な、に、を……』

デーモン(人間)に支配された人間(機械)は、もはや魔物(生物)と同じ。救い難き、忌まわしきゴーレム(ノイド)だ」


 アレックスの眼光ランプが急速に光を失う。

 どこか遠くから、誰かの悲鳴が響き渡る。


 黒騎士は、B-012は、声がした方向へと顔を向ける。


「魔物め」


 ソンデイユの惨劇が始まった。



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