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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
6 / デーモン
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0101


 戦闘が終わっても、黒騎士の右腕は動かなかった。

 それほど大きな損傷であり、戦いだったのだろう。長剣の柄を握り込んだままの腕には大小無数の傷がつき、所々はひしゃげてもいる。


『ソンデイユのコロニーに来てくれないか。うちの着床師ならあんたの腕も直せるだろうし、もっとよく話を聞きたい』


 クロムはそのような提案をし、黒騎士は快諾した。

 自身の腕が直るのであればそれは願ってもないことであるし、久しく行われていなかった情報の同期が出来るのであれば僥倖だったからだ。

 その上、リザードマンとの戦闘によって大部分の力を損耗している。これ以上の戦闘を行うには、黒騎士であっても充分な補給が必須となるだろう。


『歓迎するぜ。フォートギアのコロニーと比べたら手狭だが、俺らの所の地盤はしっかりしているし、揃うものは揃ってるからな』

「ありがたい」

『何、お互い様だ。しばらくの間はあんたもソンデイユに居つくことになるだろうが、身体が直り次第働いてもらうしな?』

「当然。人の為ならば、我が身体が朽ちるまで死力を尽くそうとも」

『はは、真面目だな』


 幸い、二人の脚は健在であった。

 クロムの“走れるか?”という問いに対して黒騎士が“当然だ”と返すことにより、帰り道は非常に早いものとなった。

 驚いたのは、何よりもクロムの方である。脚に力を注いだクロムの機動力は、ソンデイユ内において比肩する者の居ない程であったが、黒騎士はそれに少しも遅れることなく追従できていたのだ。

 大抵の同僚パーツハンター相手であれば二倍差、三倍差をつけて距離を離せるというのに、背後にぴったりとつく黒騎士からは疲れたような雰囲気を微塵も感じない。


『おーい!』

「どうした」


 やや強くなってきた灰色の風の中で、クロムは声を張り上げた。


『もっと速くても、ついてこれるか!』

「可能だ」


 クロムは黒騎士の返答に満足そうに頷くと、獣のように腰を沈めた。


『なら、遅れるなよ』

「了解した」

『いくぜ』


 クロムにとって、十数年来となる競争相手の出現であった。

 瘴気による機体の損耗も無視はできなかったのだが、道中を急いだ理由はそれがほとんど全てであったのだろう。

 しかしそんなやり取りもあってか、どうにか日が暮れる前にはコロニーへと帰り着くことができたのであった。




 ソンデイユのコロニーは錆びた塔から離れた場所に存在する。

 頑強な地中は空洞の拡張に都合が良く、コロニー内部はこれまで何度も拡張を続けてきたらしい。

 クロムがそのような自慢話をしているうちに、コロニーへの入り口は見えてきた。


 四角錐型の瘴気避けテントが点在し、地下エリアへ続く重厚なゲートがその中央にある。

 地面の廃材はほとんどがチップ状に細かく破砕されているか、押しつぶされて平坦になっている。歩きやすいよう、工事がなされたのだろう。

 見やれば、この地上にもまだ何人かのノイドが歩いているようであった。


『お疲れさん。ここがソンデイユのコロニーだ』

「あれは瘴気避けか」

『ああ。地上に出るノイド達の臨時の詰め所っつうか、休憩所だな。使い方は知っているな?』

「概念は知っている」


 地上に露出した臨時の浄化施設であるが、瘴気や戦闘によって酷く損耗した機体を休めるには必須の設備である。

 クロム自身、デブリとの戦闘で傷ついた身体を休めた事も少なくない。


『お、クロムさんですか。おかえりなさい。……ん? その隣の人は?』


 二人が瘴気避けの付近を歩いていると、クロムに声がかけられた。

 相手は煤だらけの小汚い機体であったが、声はクロムよりも若い男のようである。


『ああ、アレックス……話せば長くなるんだが……そうだな、戦友みたいなもんだな』

『これはまた随分と端折りましたね。ちっともわかりませんよ』

『本当に長くなるんだ。俺自身、知らないことが多い。これから詳しく聞く所なんだ』

『流民ですか』

『そんなところだ』


 アレックスは物珍しそうな目を黒騎士に向けた。

 流民。コロニー間での人の流入や流出は珍しいことではない。

 だが、アークトル廃材丘陵の方にコロニーがあったという話は聞いたことがなかったのである。

 とはいえ、クロムが連れてきた人物となれば疑う必要もない。

 アレックスは特に深く考えることもなく、ただ黒騎士に“見事な機体を持った流民”という評価を下し、適当に納得したのであった。


『そうだ、アレックス。このお客人を下の浄化施設に案内してくれるか? 俺はちと、先に警備所の連中と話すことがあってよ』

『ええ、構いませんよ。……何か込み入った話ですか』

『そんなもんだ。お客人に失礼のないように頼むぜ。長旅で疲れているようだし、今日の所は休ませてやりたい……ああ、それと怪我もしてるんだ。腕の再着床が必要かもしれん』

『っと、怪我人ですか。それは急がなければなりませんね』


 二人の間で、話はポンポンと進んでゆく。

 黒騎士はその円滑な会話を、ただ黙って見守っているだけであった。


『それでは、ここからは僕が案内しましょう。クロムさんは警備所に話があるようなので』

「ふむ。了解した」

『わ、随分とクリアな声ですね。生身みたいだ。良いなぁ』

『頼んだぞー』


 こうして、アレックスと黒騎士、そしてクロムは別れたのであった。

 アレックスを先頭に、黒騎士が地下へと潜ってゆく。

 少し歩いてゆけば、居心地のいい本浄化設備に着くだろう。自分で言ったこととはいえ、一足先に休める黒騎士を、クロムは少し羨ましく思った。


『……はあ。魔獣か……俺が言っても信じてはもらえないだろうが、先に報告はしなくちゃなあ』


 彼が本腰を入れて休むには、もう少しだけ時間が必要なのであった。



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[気になる点] >>自身の腕が直すのであればそれは願ってもないことであるし、 →直るのであれば
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