0100
「重ね重ね、感謝する」
『構わんさ』
リザードマンと呼称された巨大生命が走り去り、アークトル廃材丘陵に静寂が訪れる。
クロムは辺りを見やり、改めて戦闘の激しさを知った。
廃材丘陵というだけあって、このエリアに堆積する金属廃棄物はほとんどが使い物にならないクズ鉄ばかりである。
とはいえ、辛うじて原型を留めているものは多い。掘り返せば錆の少ないパーツもいくらか発掘できるので、それを狙うパーツハンターも時折訪れることを、クロムは知っていた。
だが今は、その丘陵のほとんどが平地になっていた。
歩けば何かしらの折れる音や撓む音がするこの丘陵地帯が、強大な力によって上から叩き均され、歩けばまるでセメントのような硬い感触を返してくるのである。
深く踏み込んだか踏ん張ったであろう、くっきりと見えるほどの溝になった黒騎士の足跡。
陥没と呼べる程度には沈み込んだ、巨大生物の手の痕跡。
“道理で轟音が響いてくる訳だ”と、クロムは一人で頷いた。
「同胞の仇は討てなかったが、いずれまた相まみえるだろう。その時こそ、奴の最期だ」
黒い騎士はリザードマンの去っていった方角を眺めながら、無感情に呟く。
改めて騎士の声を聞いたクロムは、まるで生身の人間ようにほとんどノイズを感じさせない音声に驚いたのだが、それはこの場で深く追求する程のことでもなかった。
『あの化け物は、お前さんの宿敵か何かかい。仇ってことは、つまり……』
「奴はリザードマン、魔物だ。ラットマンが創り出した中でも最も忌むべき変異生命体の一つ」
『リザードマン……魔物……魔獣、か。俺は初めて見たぞ、あんな奴』
「魔物に出会った事がないのか」
黒騎士の言葉に、クロムは頷いた。
彼はパーツハンターとしてこの地域に出没するデブリを駆逐することはあれど、巨大生物を相手にすることは全くと言っていいほど無かった。
言い伝え程度にしか魔獣という存在が語られていないのだから、他の者達にとってもそれは変わらないだろう。
「ならば、それは運が良かったのだろう。この世界には、ああいった魔物が数多く生息している」
『……恐ろしい話だな。嘘とは思わんがよ』
「私は今まで、ああいった魔物を数多く討伐し続けてきた。その中で、犠牲になった人は数え切れないほどいる」
『……マジかよ』
黒騎士は神妙に頷き、懐から一枚の歪んだ金属片を取り出した。
それは一見して複雑な構造ではあったが、パーツハンターとしてやってきたクロムは、それがおそらくデブリの体内から産出される部品の一種であろうことを察した。
デブリから獲れる劣化の無いパーツは、ノイドにとって有用な機体の材料となることも多い。
それを取り出して見せたということは……つまり、黒騎士の掲げたそれは、“遺品”ということなのだろう。
パーツハンターとして生きていれば、死ぬことは珍しいことではない。
だがその相手が未知の“魔物”であることに、その脅威がすぐそこに存在したという事実に、クロムは戦慄した。
「今は地下で暮らす人も多いようだが、犠牲の多くはそういった人々だ」
『な、コロニーが? コロニーは多重隔壁で護られている。安全の……はずだぞ』
「コロニーと呼ぶのか。呼称は知らないが。だが私の知る限り、これまで魔物の支配を受けていなかったコロニーとやらは一つも無かったぞ」
『……あんな連中が、人間の住む地下コロニーを襲うってのかよ』
生身の人間は外の瘴気に耐えられないため、浄化設備を備えた地下コロニーで暮らす必要がある。
機体に魂を移植したノイドであれば外で活動することはできるが、生身の人間はそうはいかない。かといってノイドは生殖活動ができないので、コロニーを繁栄させるには生身の人間が不可欠だ。
故に、浄化設備を整えたコロニーは全力で死守しなければならない。
『……させねえ』
ソンデイユの地下コロニーが魔物に支配されるなど、想像しただけでも身震いがする。
クロムは知らぬうちに、山吹色の眼光をより強めていた。
「地下に存在するタイプの魔物は、ほとんどが非力だ。討伐することは難しくないだろう」
『そうか、なら』
「しかしそういった魔物には人を操る力があるらしい。私も詳しくはないが……個体によっては魔物を人に変えるという、人智を超えた術まで備えている場合がある」
『人を操る……魔物を人に変える……つまり、見分けがつかない、と?』
「そうだ」
黒騎士は丘陵を歩き、ある地点で何を思いついたか、地面を掘り始めた。
掘削器具も重機もない素手による作業であったが、まるで雪でも掻き分けるかのようなスピードで廃材が掘り起こされてゆく。
ほどなくして地中から現れたのは、根本から折れた長剣の、その抜身の刃であった。
「魔物は総じて狡猾だが、地下に潜むタイプは特に危険だ。もしも操られている同胞を見つけたならば、迷ってはならんぞ」
黒騎士の顔を覆い隠すフルフェイスヘルムの隙間から、警告するかのように赤い眼光が煌めく。
「魔物は、全て殺せ」
感情の押し殺された騎士の忠告に、クロムはただただ、静かに頷く他なかった。




