0010
廃材の丘にて。
「リザードマンを確認」
肌色の丸太のような豪腕が、目にも留まらぬ速さで振り下ろされた。
大質量の一撃は廃材の小山を一瞬のうちに粉微塵に破砕し、窪地となる。
だがそこに、豪腕が狙いを定めていた黒騎士のスクラップは存在しなかった。
「ここだ」
長剣を構えた黒騎士がいたのは、その真横。
彼は相手の図体と較べれば木の葉のような刃を振るい、その脇腹を斬りつける。
「ゲェッ!」
鋭い斬撃に蛙のような悲鳴を上げたのは、肌色の異形生物。
体高は五メートル。体長は頭部から尾までで、十五メートルはあろうか。
胴の短い大山椒魚のような姿を持ち、眼の無い頭部には特徴的な切れ長の大口がある。
全体的に柔らかな質感であり、事実体表に鱗の類はなく、長剣によって深々と切れ込みが刻まれる程度には脆かった。
「効かぬか」
「コノ、ガラクタ風情ガ!」
しかし、傷は瞬く間に塞がった。
鋭い切創は閉じると共に流体のように溶け合い、血や体液などを流す間もなく閉じたのだ。
「進化ナキ者ヨ! 貴様モ大地ニ還ルガイイ!」
「我らが同胞を殺した罪、万死に値する」
効果の薄い斬撃は無数の傷を生み出したが、それは致命傷となる前に修復される。
巨大両生類の殴打は凄まじい破壊力であったが、そちらは素早い立ち回りの騎士に命中することはなく、虚しく地を均すばかり。
黒い騎士と両生類の闘いは、何日も続いた。
廃材の丘は砕け散り、轟音は遠くまで響き続けた。
しかし死闘が四日目にも及んだ頃、彼ら闘いにも変化が訪れる。
「グ――」
目にも留まらぬ速さで放たれた黒騎士の三連撃が、両生類の肌色の組織の一部を剥いだのである。
が、ここまでは何度かあった光景だ。切れ込みを連続的に作り、再生する前に分離させる。その目論見は全て、完全に離れきる前に両生類によって吸収され復元するという形で頓挫していた。
「燃え尽きろ……!」
「!」
今回違ったのは、その体組織が強烈な電撃により、吸収される間もなく炭と化したことだ。
黒騎士の手から突然放たれた高圧の電流が、組織を一瞬にして燃やし尽くしたのである。
「オノレッ! 我ガ肉体ヲ削ルトハ!」
巨大両生類は激昂し、身体はこれまで以上の熱を帯びた。
怒りは数百度の温度上昇となって身体を包み、足元の可燃性物質の塵は赤い火花となって燃えてゆく。
同時に、猛攻が始まった。巨大両生類は脇腹に傷を負ったとは思えないほどの速度で両腕を縦横無尽に振るい、騎士を追い詰めてゆく。
相手に傷をかばう素振りも、痛がる様子もない。逆に、電撃を放った黒騎士の方こそ動きが鈍っているかのようであった。
「が――」
やがて、不覚にも足を滑らせた黒騎士の真横を、平手の一発が直撃する。
水かき付きの柔らかそうな手による殴打だが、その際に轟いた音はこれまでで最も大きく、廃材の小山を三つ超えた先まで届くかのようであった。
事実、黒騎士は山を一つ越え、廃重機の斜面へと強かに打ち付けられた。
それほどの直撃をまともに食らったのである。
「ぎ――ぅ――損――か……!」
しかし、それでも黒騎士は生きていた。掠れたような、ざらつくような声を漏らしながらも、どうにかその場で立ち上がったのだ。
とはいえ、一撃による代償はあまりにも大き過ぎたのかもしれない。これまで幾多の死線を掻い潜ってきた黒騎士であっても、ここに至って、無傷という結果では済まなかった。
「……継戦する」
黒騎士の右腕は、長年連れ添ってきた黒い長剣の柄だけを強く握りしめたまま、力なく垂れ下がったまま動いていない。
よく見れば、長剣はほぼ根本から強引に引きちぎったかのような跡がある。
彼は一瞬の攻防の末に、右腕の自由と、愛剣を失ったのだ。
「――ゲェ、ゲッ……ゲェッ……!」
が、痛みを負ったのは黒騎士だけではない。
彼は決死の攻防の末に、右腕と剣を犠牲とすることにより、同じくらいの深手を巨大生物にも与えていたのだ。
「足掻クカ、貴様……!」
巨大生物はその感覚によって遠方の黒騎士の無事を確認していながらも、素早い追い打ちに出られずにいる。
それは紛れもなく、脇腹に穿たれた巨大な穴……そこに垣間見える、雷光を帯びた刀身が原因であろう。
深い傷口の奥に突き刺さった雷の剣は、折れても尚強力な電撃を保持し、両生類の身体を焼き続けている。
焼失してゆく組織は再生を鈍らせ、深い傷は本来不死身であろう巨大生物の体力を着実に奪っていた。
己の腕と得物を引き換えに繰り出された黒騎士の捨て身の一撃。
人語を解する両生類は、恐怖を知ることのない黒騎士の反撃に僅かな動揺と分の悪さを覚え始めている。




