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錆びた塔。
遥か昔より聳え立ち続ける巨大な金属構造物を、現代の人間はそう呼称していた。
垂直ではなく、地面からやや斜めに傾くようにしているが、その高さは三百メートルはあるだろう。
しかし塔の下部は地中に深々と突き刺さっており、そちらを含めれば五百を超えるだろうとも言われている。
塔は頂点まで一定した真四角であり、太さは一辺三十メートル程。頂点に近い側面にはもがれたような破損箇所があるのだが、瘴気の吹く中でそれを正確に確認した者は未だ皆無であるし、何よりこの時代の人間は誰もそのような些事など気にかけもしなかった。
かつて近隣のコロニーでは、この錆びた塔を支柱とした巨大地下コロニーを形成しようと提唱した建築学者もいた。
だが、塔までの長距離移動の負担、高い瘴気濃度による金属腐食の早さ、そして未知の機械生物、通称“デブリ”の異常な生息数のために、数百年の間に提案された何度かの目論見は尽くが頓挫、または発案段階で棄却されている。
錆びた塔を調査するために遠征に赴くノイドは数限りなかったが、それでさえも塔の直下にすら辿り着けていないのが現状である。
謎多き鉄の斜塔。
比較的大きな地下都市であるソンデイユはこの鉄塔に最も近いコロニーではあるが、そこで暮らす者達ですら、鉄塔についてはおとぎ話で聞き及ぶだけに留まっている。
『アークトル廃材丘陵で爆発が起きただって?』
「らしいよ。近くにいたパーツハンターが見たんだってさ」
『爆発も何も……あの利用価値のない鉄くずばかりの砂漠で、一体何が爆発するってんだよ』
「さあ? 古い内燃機関でも埋まってたのか、活きの良いデブリでもいたのか……詳しいことはわからないんだけどね」
ソンデイユの再生加工場で、二人の男女が話し合っていた。
男の方は背の高い、屈強な体格のノイドである。全身を分厚く頑強な装甲で覆った、一目見て“強い”と思わせる風貌だ。
一方女の方は古びた油汚れだらけのツナギを着た女性で、華奢な体格には似合わない大きなレンチを手にしている。
「ただ、爆発……みたいなものがあったのは確かみたい。哨戒観測に出たノイドも、丘陵の形が見るからに変わってたって大慌てだったらしいしねー」
『ほぉー……そいつは、ちょっとした事件じゃねえか』
男の職はこの地方特有のパーツハンターと呼ばれるもので、地上に存在する利用価値のある、あるいは珍しい部品を収集しコロニーに持ち帰るという、非常に危険ではあるが名誉ある役柄であった。
女の職は整備士で、ノイドのメンテナンスや修繕、地下コロニーの機器整備などを行う、これもまた重要なものである。
コロニーの再生加工場はパーツの持ち込みをするノイドと部品の買い付けを行う技師が、暇な待ち時間を潰すついでに情報を交わすには格好の場所だった。
『アークトル廃材丘陵……近くはねえが……遠くもない。ギガデブリでも発生していたんだとしたら、厄介だな……』
「あるいは、魔獣だったりしてねー?」
『魔獣ねえ。他のコロニーの伝説か?』
「過酷な地上でも生存し続ける、屈強な突然変異生物……ギガデブリよりはロマンがあって良いでしょ?」
『俺は見たことねえモンは信じねえけど……んなおっかねえ奴がいるなら、できれば会いたかねえな』
大柄のノイドは肩を竦め、黄色い眼光を冗談交じりに瞬かせた。
「ふふっ。でもクロムならおっきな魔獣相手でも簡単にやっつけちゃえそうね?」
『……へっ。かもな?』
「あー、否定しないんだ。すごい自信じゃないの」
『それなりの裏打ちがあるってことだよ』
「かっこいー。さすが強化持ちは言うことが違うわねぇー」
技師の女は下手な口笛を吹き、それを誤魔化すように舌を出した。
「……で? どうするの? クロムも見てくる?」
『そうだな……まぁ、気になるっちゃ気になるが……ん?』
その時、ノロノロと動き続けていた古いベルトコンベアが停止した。
すると程なくして、電子音声が本日二度目の清掃機の故障を告げ、使い慣れた義務的な謝罪をする。
例によってそれを聞いていたノイドや技師達は、呆れたような、または拗ねたような声色で、建物上部のスピーカーに向かって文句を垂れるのであった。
『……暇になっちまったな』
「じゃあ、どうするのかしら」
『やれやれ。そんなに乗り気じゃなかったんだが、仕方ねえな』
「ふふ、そうね。そういう流れだわ」
こうして、ソンデイユでも最も名の売れたパーツハンター、クロムは、今日二度目となる地上探索に赴くことになったのである。




