0011
女性ノイドのユレンの先導によって、黒い騎士は施設へと案内された。
それは無数の金属板を溶接して無理やり半球状に整えたかのような小さなドームで、上部にはいくつかの煙突が伸びている。
『こっちだ』
ユレンはドームのハッチを開き、更に内部に存在する幾つかのハッチを通り、内部へと進む。
黒騎士は特に文句を言うでもなく、黙って彼女の指示に従った。
狭く明かりのない階段を何十メートルか下ると、そこにはひとつの部屋があった。
家具はなく、幾つかの机と椅子、そして拘束具などがあるだけの殺風景な部屋である。
部屋には二人の男性ノイドが控えており、階段を降りてきたユレンと黒騎士をどこか不思議そうに見つめているようだった。
『ユレンさん、その人は?』
『不明よ。……カッサの浜辺で、海神の遣いを殺しているのを見かけたわ』
『ええっ!?』
二人のノイドは驚き、同時に大げさなほど引き下がった。
だが眼光の黄色いランプは忙しなく瞬いており、彼らは心底怯えているようだった。
『……とりあえず……貴方からは事情を聞かなければならない。そうでなければ、こちらのコロニーに迎え入れることもできないわ』
「ほう」
『そこの椅子に座って。しばらく、貴方は質問に答えてもらう。良いわね』
「私に答えられる事があれば、協力しよう」
『話が早くて助かるわ』
黒騎士は勧められた廃材椅子に腰を下ろし、堂々と背筋を伸ばす。
少しも怯える風でない騎士の様子が気に食わなかったのか、女性ノイドはつまらなそうに眼光を弱めた。
『まず、貴方がどこのコロニーからやってきたのかを聞かせてもらうわ』
「コロニー。共同体。それは、私が属する組織を指す言葉か?」
『当然』
「であれば、私が属する場所はただひとつ。人のための王国、シーエイトだ」
『……シーエイト。初めて聞くコロニーね。ウェイン、彼の証言の記録を』
『はい』
取り調べを受ける黒騎士の言葉は合皮の紙に書き記されてゆく。
『ではシーエイトからのお客人。貴方が海岸に居た理由について聞かせてもらえる?』
ユレンは片手に握ったネイルハンマーをちらつかせながら、脅すように尋ねる。
だが、それにさえも黒騎士は動揺を見せることはない。
「私は魔物を退治するために旅をしている」
『……はあ、魔物?』
「そうだ。これは王命である」
あまりにも毅然とした物言いに、冗談や苦し紛れの嘘でないことを悟ったのだろう。
それでもユレンは二人の男と顔を見合わせ、どうしたものかと暫く思考する時間を必要とした。
『えーと……魔物っていうのは、何?』
「あの浜辺にいたビートルのような存在のことだ」
『ビートル……海神の遣いのこと?』
「海神の遣い」
『ええ。私達はあの虫をそう呼んでいる』
ユレンはしばらく両手でネイルハンマーを弄んでいたが、それを近くの机に放り投げ、黒騎士の向かい側に座り込んだ。
『……貴方がいたカッサの浜辺から、海岸沿いに南西へ2キロメートルほど歩いた場所に、私達が“海神”と呼ぶ存在が海岸に打ち上げられ、横たわっているわ』
「海神」
『ええ。見てくれはただの魚よ。一見してどこにでもいるような、少し太っただけの、普通の青魚よ……そいつが三十メートル近い巨体を持ち、陸に打ち上げられてから何百日以上も経ち、虫に腹を喰われても未だに死ぬ気配が無い事以外は、ね……』
ユレンの言葉には、怒りか、それよりもやるせない別の感情が隠されているようだった。
『海神は強烈な悪臭と体液によって海を汚染し……更にはあのおぞましい……無数の海神の遣いを呼び寄せることで、自らに近づく存在を排除しているわ。おかげで私達の食料源であったいくつかは消滅し、行動範囲も狭まった。……正直に言って、ここはコロニー存続の危機に陥っているの』
「それは、海神と海神の遣いによってか」
『ええ。だから私達は、貴方を……もしくは貴方が属するコロニー……シーエイトだったかしら。それを迎え入れるだけの余力も持ち合わせてはいないわ』
自らのコロニーの弱みをさらけ出す言動。
それは外部の者に行うには、かなり軽率なものであった。
だが、部屋にいる二人の男性ノイドはユレンの軽口を咎めようとはしない。
それは、彼らが職務に怠慢であるためなのか、それとも既に彼らのコロニーが、取り返しのつかない段階にまで弱体化しているが故の諦めなのか……。
「つまり、その二種類の魔物を討伐すれば良いということだな」
『……え?』
しかし、黒騎士にとって彼らの現状認識は関係の無いことであった。
「ならば、斬れば良いだけのこと」
『ちょ、ちょっと! まだ取り調べは……!』
騎士は素早く立ち上がり、堂々たる歩みで階段を登ってゆく。
あまりにも恐れや怯みのないその行動に、三人のノイドはひたすらに焦るばかりだった。
『外に出て、どうするつもり! 貴方の勝手な行動は、私達のコロニーに被害をもたらす危険が……!』
「これは、王命である」
『……!』
一瞬、ユレンは黒騎士のフルフェイスの兜の隙間に、赤く鋭い眼光を見た気がした。
「南西へ2キロメートルだな。情報提供に感謝する」
『あ……』
彼女はどうしてか、その輝きに恐ろしいものを感じ取ってしまった。
部屋にはいくつかの拘束具や、侵入者を無力化するための武器であったり、殺傷能力の高いネイルハンマーもあったのだが、それを脅しに用いようという気持ちさえも起こらなかった。
『何よ……あの、男……』




