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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
1 / コボルト
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0001

 鈍色の大地。暗色の空。

 吹きすさぶ瘴気の風が、地の果てからやってきては、地の果てへと抜けてゆく。


 風はどこから来て、どこへ向かうのだろう。この荒みきった世界に、安住の地などありはしないというのに。

 ならば風とは、神の如き者がこの世に遣わせた魔そのものであるとでも言うのだろうか。


 何故風が吹くのか。風はどこから来るのか。

 なぜこんなにも、世界は救えないのか。

 五百年経った今となっては、思い出せる人間は存在しない。


 風は吹き荒ぶ。

 かつてその大地に生きた、全ての者を拒むかのように。




『ここは、まだ手付かずのエリアだ』


 錆びついた瓦礫の丘に、金属の手が掛かる。

 電子音声は男のもの。眼光の黄色いランプも煌々と輝き、声と同じく若さを滾らせていた。

 若いノイドの男は小高い瓦礫の丘に登ると、立ち上がって腰に手を当て、景色を一望する。


『まだまだ、探し甲斐がある』


 機人の彼が見た景色は、普段と何も変わらない。

 果てしなく続く鈍色の砂漠と、それが形成する瓦礫の山。

 そして、遠影を黒く塗りつぶす、吹き荒ぶ煙っぽい瘴気である。


『兄ちゃん、はぁ、はぁ、待ってくれって……』


 仁王立ちする男の足元に、更にもうひとつの手が掛かった。

 男の足元で瓦礫の斜面にへばりつく彼もまた、ノイドである。


『今日はゆっくり進んでやってるつもりだぞ、弟よ』

『はぁ、はぁ……はぐれたら、どうするんだよ……』


 弟と呼ばれた足元のノイドは、依然として瓦礫の斜面に四肢を預けたままだ。

 もう半日以上も歩き続けた彼の中には、兄と共に並び立つ程の気力が消えかけていたのである。


『弟よ、情けないことを言うな。ダイオード捜しは、もはや一刻を争う急務なんだぞ』

『……だけど、これ以上は……』

『俺達がそうして休んでいる間に、地下のコロニーで暮らす人々はどうなる? 地下の消えかかったダイオードは、俺達の休息を待ってくれるのか?』


 兄の厳しい言葉に、弟は俯き、黙った。

 鋭利な廃材が風を切る音だけが、世界を支配する。

 しばらくの沈黙の後に、兄はフッと笑い、眼光を弱めて弟の肩を叩いた。


『まあ、まだ、お前も慣れていないからな』

『……』

『辛く当たってすまん』

『……俺も、ごめん。弱音を吐いたよ』


 訪れかけた剣幕な雰囲気は、強い風と共に吹き飛ばされていった。


 そこにあるのは、強い兄と、半人前の弟の姿である。

 彼らの外装はくすんだ灰色で、一見すれば周囲の廃金属と同化しているかのように見えてしまう。

 だが彼らは確かに、辺りの廃材とは違った輝きと、生命力を持っている。


 彼らはノイド。生身を捨て、機械の体に乗り換えた人間である。


『あっ!』


 気の緩んだ一瞬、弟が足を滑らせた。

 兄は咄嗟に手を伸ばすが、あと少しのところで届かない。

 弟は体を何度も斜面に打ちつけながら、いくつもの鉄片と共に転げ落ちてゆく。


『アイゼル!』


 黒い煙を立ち上らせて、けたたましい金属音は止まった。

 距離にして、何十メートルだろうか。兄は、勢い良く落ちていった弟の姿を、目を凝らして必死になって探す。


『アイゼルー!』


 叫ぶ。しかし、声は返らない。

 下はどうなっているのか。煙っぽい瘴気の風が邪魔で、下の様子が定かではなかった。

 まさか、変な所を打ち付けてしまったのでは。兄の脳裏に、最悪の予想が思い浮かぶ。


『兄ちゃん……』

『アイゼル!』


 弱々しい声が聞こえては、もう兄に躊躇はなかった。

 今まで動かなかった足を思い切り動かし、いつもならば慎重に下るところの斜面を、弟と同じくらいの早さで降りてゆく。


『大丈夫か……!?』

『兄ちゃん、これ』


 しかし、いざ下へと降りてみれば、弟は兄の想像に反して、力なく倒れているということもなく、平然と座り込んでいるだけだった。


『平気なのか?』

『兄ちゃん、これ、見てくれよ』


 そればかりか、今しがた派手に転げ落ちたことなどどうでもいいとばかりに、廃材の一つを掴み上げている。

 一瞬、兄はそんなことなどどうでもいいとばかりに怒りかけたのだが、弟の手にするそれを見て、口を噤んだ。


『兄ちゃん、これ……ダイオードだよ』


 弟、アイゼルが手にしていたそれは、人間の頭ほどはあろうかという、巨大なランプのような部品であった。

 長い二本の金属端子は特徴的で、見間違えるはずもない。


『……アイゼル』


 弟の無事と、降って湧いた偶然の幸運に、兄は声に涙の色をにじませ、そのまま弟を抱きしめた。


『……よくやった』

『……うん』


 ダイオード。それは、彼らがここ数週間もの間、ずっと探し続けていたものだった。

 暗く、冷え続ける地下のコロニーを救うための、唯一の部品。

 その発見を、手放しに喜べないはずがない。

 兄は抱きしめたまま何度も弟の背を叩き、声もなく祝福した。

 弟も兄の抱きしめられるがままになり、手に持ったダイオードを大事そうに握りしめた。




 そして、廃材の山の陰から現れた全長十メートル近くはあろう巨体が、二人の兄弟を大きな影で覆い尽くした。



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