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フルフェイス  作者: ジェームズ・リッチマン
4 / コカトリス
17/33

0001


 煌めきの平原。

 見渡す限り果ての無いかのような広大なガラス質の大地は、周辺コロニーの人々からそう呼ばれていた。


 世界に満ちる灰色の瘴気以外には、視界を遮るものはない。

 草木は当然として、山もなければ谷もなく、なだらかな盆地がどこまでも広がっている。見えるものらしい物といえば、一キロメートル置きに稀にある大きな岩程度のものだろう。どこまで目を凝らしてみても僅かな起伏があるばかりで、ただただ足元の滑らかなガラス質だけが存在するだけの大地だ。


 当然、そこは人々への恵みがあるわけでもない。地面のガラス質が多少の産業に貢献している事以外には、煌めきの平原が寄与するものは何もなかった。

 朝と夕に地平線を掠める太陽が平原を照らす時、大地はまるで宝石のように七色に煌めくのだが……その光を愛でるには、平原はこの世界に生きる人々にとって、あまりにも場所を取り過ぎている。




『放射状の痕は向こう側へ続いている。太陽の導きもある。旅は順調だ。何も心配することはない』


 煌めきの平原の只中に、ノイドの集団が立っていた。

 彼らは十人編成の隊を組んでおり、誰もが大きなバックパックを背負い、全身の関節部にはガラス質の砂から保護するための保護ビニールを被せている。

 中には大きな車輪のついた台車を牽いている者もおり、荷台にも同じく、布で厳重に保護された大荷物が積まれていた。


『だが、旅を続けてもう四日目になるぞ。引き返すのであれば今しか無いのではないか』

『ミュラーの言う通りだ。復路分の食料が減る前に、一度全員でよく協議しておくべきだと思う』


 時刻は朝。

 彼らは五時間の睡眠をとって朝食を済ませてから旅を再開し……旅の続行に異議を申し立てたのである。


 異議の理由は簡単だ。

 このまま続けても、煌めきの平原の終わりは見えないのではないかということである。

 彼らはコロニーを出発する際に、非常に多くの食料や水を持ち出した。

 それは二十日ほどの行軍を可能とするだけの十分な物資であったが、それが四分の一ほど尽きて、慌て始めた者がいたのだった。


『問題はない。まだまだ復路に使う食料は充分に残っている』

『しかし、隊長……』

『コロニーを出る前に調査結果を聞いただろう?平原に刻まれた放射線から、大まかな平原のサイズが判明したと。今回の旅はそれまでの無計画なものではない。果てに到達する可能性が十分にあるものだ。引き返す理由はない』

『だが……』

『それに』


 先頭を歩くノイドの一人が振り返り、望遠鏡で肩を叩きながら眼光ランプを光らせた。


『既にこれだけの食料を消耗しておいて、成果無しと報告するためにコロニーへ帰るつもりか?』

『……それは』

『煌めきの平原の果てを解明する。それは何十年も続くアモールコロニーにとって解明すべき謎であり、平原で死んでいったであろう先人探索者たちの悲願でもある』


 隊長のノイドは再び向き返り、道無き道を望遠鏡で眺めた。


『この果てに、他の新たなコロニーが見つかるかもしれない。我々は再び大きく、より多くの人々と手を繋げるかもしれない』

『……』

『希望は、不満かね』

『いえ。自分が間違っていました』

『すみません』

『気にするな』


 それきり、探検隊は黙りこんだ。

 しかし不思議と彼らの足取りは軽くなり、果ての見えない旅は順調に進んでゆく。


 アモールコロニーが送り出した優秀な十人のノイド探検部隊。

 彼らの目標はただひとつ。この広大な煌めきの平原の果てに、人類繁栄の希望を見つけ出すことであった。




『……ん?』


 望遠鏡を覗きこむ隊長が、小さな声を上げた。

 僅かに瘴気の風が吹き付ける中、それを聞き取れたのはすぐ後ろを歩く一人だけ。


『隊長、どうされました。何か、見つかったのですか』

『いや……』


 隊長の足が止まる。望遠鏡を両手でしっかりと握りしめ、より集中して遠方を覗き込む。

 その様子は後続の隊員にも不思議に映ったようで、誰もが列を崩して隊長の周囲を取り囲んだ。


 何かを発見したのか。

 まさか、果てが見えたのだろうか。

 隊員たちが心に上向きの予想を立て、静かに興奮する中、隊長だけは小さな窓から覗く景色を理解することに精一杯であった。


『あれは……動いている……?』


 最初は、ただ瘴気が揺らめいているだけかとも思った。

 歩きながら見ているせいで、ただの岩でしかないと思っていた。


 しかしこうして立ち止まって望遠鏡を覗いてみても、影は僅かにぶれるような動きを止めていない。


『……生き物だ』


 隊長は呆然と、そう呟いた。

 生物その短い言葉に、隊員たちはワッと声を上げて歓喜した。


『走って……ああ、走っている。間違いないあれは……鳥だ』


 鳥。鳥といえば肉である。肉は食料にもなる。

 隊員たちは更に歓喜し、中には両腕を上げる者までいた。


 だが誰もが喜ぶ中……確かな実像を見ていた隊長だけは、自らの手の震えと、湧き上がってくる恐怖心を抑えることができなかった。


『こっちに……走ってくる』




 冒険隊はそれから何日経っても、アモールコロニーに戻ってくることはなかった。


 コロニーの人々は、彼らが野垂れ死んだだとか、果てを見つけてそこにあったコロニーに定住しただとか、様々な予想を立てたが……彼らの旅の真相が明らかになることは、永遠になかったという。


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